1. ホーム
  2. お話
  3. ナビガトリア
  4. 第八話 4
ナビガトリア

【第八話 ときを越えて】 4.賑やかに行こう

「説明って言われてもねぇ」
 ぽりぽりと頬を掻きつつあたしは微笑む。
「とりあえずありがと、助かったわ♪ もっとかんばって♪」
「なんでじゃあ!
 一、何で椿姉にしか使えない術をねーちゃんが使ってるのか!
 二、ここはどこなのか!」
 うーん。流石にごまかせないか。でもあえてあたしはごまかす道を選ぶ!
「ほらほら休んでる暇ないよ。また来たよ」
「はぁ!?」
「マスター確かにゴーレム増えてますっ」
 そう。瑠璃君のいう通り、こっちに向かって次々ゴーレムがやってきている。
 人型のものから虫っぽいものまで多種多様。
 ……今更ながら、本当にかなりの使い手。
 凶悪犯(コントラーリウス)に指定されるだけのことはある、か。
 千里眼を使ってみれば、プエラリアは先ほどの場所から移動してはいない。
 ゴーレムで完全にこちらの戦意を無くしておこうということだろうか?
 確実に近寄ってくるゴーレムたち。
 並の魔導士ならそれだけで恐慌をきたすかもしれない。
 正直あたしだって嫌だもの。風の結界張ってるからまず安心だとは思うけどさ?
 対するシオンは焦らず騒がず術を組み立て、確実にゴーレムを破壊していく。
 本来ゴーレムは相手にするには厄介なはずなんだけど……雑魚に見えるのは気のせいかなぁ?
 それもある意味当然か。
 国際魔法犯罪捜査団――つまり早い話がPAに所属してるんだもんね。
 椿から聞いたところによると、シオンたちは十五歳という最年少でそこに籍を置く事になったって言うんだから。
 でも入団一年目でこれだけ戦う事が出来るって言うのは予想外だったけど。
 ……三年前にあれだけの術使えてれば当然か。
 この間あたしもぼけーっと見ているだじゃない。
 一応魔導法でゴーレムを倒しているんだけど……
 明らかにシオンがやったほうが早いっていうのがなんかやる気をそがれるんだよねぇ。
 にしてもあんまり氷ばっかり使うとまずいんだけどなぁ。
 遺跡内の環境変わっちゃうよね?
 文句言える立場じゃないのは分かってるけどさ。
 などと考え事をしてる間にまたゴーレムが砕け散る。
「さっすがあ! シオンつよーいっ」
『本当に強いな……』
「マスター。よーしゃないっすね」
「でもって何でこんなのに襲われてるんだ!!」
 あたし達の賞賛に何故か怒鳴るシオン。放たれた術がまたゴーレムを屠る。
 う~ん話しながら術を使えることが器用というか、突っ込まずにいられない事が忍耐力が無いというか。……やっぱ状況説明くらいはしておくか。
「まず二はブラン大陸のリティークの街の近くの発掘中遺跡。
 一は椿に術を魔封石に封じてもらったから」
 あたしの答えにシオンは一瞬固まって。
「この規格外っ!!」
 怒鳴り交じりに術を発動。それは部屋の入口を完全に凍らせた。
「普通そんなんで使えるか!」
 そりゃ確かに普通は魔導法っていったら地水火風と光と闇。
 この六属性の内一つの力が込められてるだけであって、そこから力を引き出すわけなんだけど。
 火を例にするなら封じられているのは火の力だから炎の術は使える。
 でもそれの効果は属性魔法の火系列の魔法とは起こる現象が違う。
 普通に力を呼び出せば術者の目の前くらいに炎が出るだけ。
 火の矢を出そうと思うならそれをイメージして力を引き出さないといけない。
 難しいこと言ったけど、強制召喚術を封じた魔封石だからってその術を使う事は出来ないってこと。
 でも実際使えるし。使えるんならいいじゃないかとかあたしは思う。
 それに何より気に入らないのが。
「あんたが言うっ?!」
 短呪であれだけの威力ある術を組み立てといて!
 さっきから魔法バンバン使ってるのに全然疲れたそぶりも見せないくせに!
「やかましいっ」
 怒声と共にあたしに杖を突きつける。
「こら何すんのよ! それは宣戦布告の証でしょーが!」
「三年ぶりの再会がこれでおとなしくできるか! 置手紙なんてオーソドックスな方法で家を飛び出して、ずっと音信不通になっておいてっ!!」
 ありゃ。その事でも怒ってたのか? 置き去りにされて淋しかったとか?
 なんだかんだ言っても愛い奴よのぅ。
「なぁに? もっと感動的にして欲しかった?」
「そーいう問題じゃないっ」
 おねーちゃんの胸に飛び込んでおいでぇといった感じで腕を広げれば、うがーと叫んで地団駄を踏む。まったく何が不満なのやら。
「むぅ。ワガママねぇ」
「どっちが?! ああもうこの馬鹿姉っ」
「姉に向かって馬鹿とは何よっ」
「馬鹿だから馬鹿って言ってるんだこの馬鹿ーっ」
「それが姉に対する態度?!」
「だったら姉らしい事しろっ」
「ちゃんと育ててやったじゃないの!」
「どこがだよ!
 厄介事は背負い込むし絶対俺を巻き込むし荒事になったら俺に押し付けるしっ
 ねーちゃんなんか最悪で災害で災厄で最低だーっ!」
「ああああマスター落ち着いてっ」
『こんな事してる場合じゃないだろう!』
「「うるさい元凶黙ってろ!!」」
 思わずハモった言葉。空気が音を立てて凍りついた……ような気がする。
 あたしとシオンは顔を見合わせる。シオンの目もあたしとおんなじ色が映ってた。
 つまり。ありゃ言っちゃったー。って色。
 しばしの沈黙の後、アポロニウスが静かに訴える。
『プエラリアが近くにいるのに兄弟げんかなんかしてる暇はないと思うんだが』
 それはごもっとも。
 でもさりげなく声が震えてる辺り、かなり傷ついてるっぽい。
 そりゃまずいこと言ったなぁとは思うけどね。
「プエラリア?」
 聞き返したのはシオン。
 さっきとは打って変わって表情は真剣そのもの。
「プエラリア・ロバータ!?」
「そーよ。アポロニウス狙ってたのよそいつが」
 聞き返したシオンにこともなげに答えると、再びあたしに噛み付いてくる。
「なんで凶悪犯に因縁つけられてるんだよっ!」
「いやアポロニウス狙いでね?
 あんたも一緒に戦ったでしょうが、ベナトナシュ霊廟で」
「……あの頃から狙われてたんかい」
 げんなりとした声で言う。
 気持ちはわかんなくはないけどね。しつこいのは確かだよねえ。
「で、プエラリアはどこに?」
 聞かれてもう一度透視をする。
「一階上のとこ。ゴーレムはべらしてうろついてる。ここに来るつもりかしらね?」
 間違いなくそうだろうけど。
 ちくしょう、どうせならあたしがあけた穴から降りてくればよかったのに!
 その先に罠張ってたのにっ!!
 あたしが悔しがってると、シオンが急に入口側を向いて杖を構えた。
「何?」
 返事は無い。一瞬何かの力が強まった、と思った。
 氷が砕け散る!
 シオンがすばやく術を立ち上げ。
「呼ばれてとびでてみました~♪」
 のんきな声と共に出てきたのは一人の少女。ってこの声!
(ひさぎ)?!」
「ひーちゃん?」
 椿の妹にしてあたしたちのいとこ。
 ふわりとした栗色の髪をポニーテールにして黒のローブに身を包み、シオンとそろいの白いブーツを高らかに鳴らして近寄ってくる。
「あれこーちゃん? お姉ちゃんが呼んだんじゃなかったんだ~?」
 ……間違いなく本人だ。ってこの子どうやってきたの?
 聞こうとしたら瑠璃君の悲鳴が上がる。
「楸さん後ろうしろっ!」
 道を閉ざされていたゴーレムたちが、ひーちゃんの背に襲い掛かる!
 でもひーちゃんは恐れることなく軽く指を振った。
 それだけでゴーレムはただの土くれに戻る。後に残るのは土の山と、無傷の魔封石。
「うあーい♪ 魔封石もうけ~♪」
『嘘だろう……』
「どーして?」
「土の精霊に干渉したんだろ」
 呆然とするあたし達に、シオンは肩をすくめて言う。
 まるでなんでもないことのように。
「どゆこと?」
「精霊への干渉力、楸に敵うような奴いないよ」
 あ、そっか。

 ゴーレムというものは……まぁいろんな材料はあるけれど、製法としては大地の精霊の力を借りるか、死霊を寄り付かせるかのどちらか。
 そして今回は前者の製法だったんだろう。
 プエラリアが用いているのは火の石だけど、それはゴーレムを動かすための電池みたいなもの。ただのゴーレムより丈夫に、強くするために用いているんだろうから、精霊との干渉を切ってやれば動く事は出来ないってことか。
 そしてシオンの言うように、楸ちゃんの精霊に対する干渉力は恐ろしく強い。
 精霊術士として溢れるほどの才能は……非常に悲しい実例を挙げるなら、うちの家の周囲の森を迷いの森に変えてしまったことからも察していただけるだろう。
 すべてのゴーレムを土に戻しておいてから、しゅたっと手を上げて朗らかに楸ちゃんは言う。
「ひっさしぶりこーちゃん♪
 ところでしーちゃん呼んだのってこーちゃん?」
「そーそ。すごいっしょ♪」
「うんすごいすごい~」
 まったくシオンもこのくらい素直にすごいって言ってくれればいいのにさ。
 そこで楸ちゃんはシオンに向き直ってにへらと笑う。
「しーちゃん急に消えちゃったから本部おー騒ぎだよ」
「あああああああああ」
 あ、そか。確かに周囲の人間にとっちゃミステリーよね。
「しかもお説教中にでしょ? 団長なんか倒れちゃったんだよ~」
「俺に言うなよっ」
 うあ。これはあたしに全責任があるな。
『コスモス……』
「わ、分かってるわよ」
 団長さんごめんなさい。
 でもね。あたしにやった事……っていうか、あたしの身の安全を護ってくれなかった事を考えれば安いものだと思うのね?
 あたしの内心を知らず、相変わらずの朗らかさで楸ちゃんは言葉を続ける。
「で、何があったか分からないから、一応チームの皆が来る事になったのね。
 仲間想いでしょ~」
「ってことは、梅桃(ゆすら)とカクタスは?」
「入口付近でおじさんに会ったから、黒いおにーさん……薄さんだっけ?
 その人と一緒に発掘隊の捜索に行ったの~」
「発掘隊? っつーか、とーさんいるわけ?」
「よかったぁ。流石に他人に何かあったら寝覚め悪かったのよね」
 安堵の息が出るよ。人数が増えれば探しやすいだろうし、PAの捜査員って言うのならまず足手まといにはならないだろうし。
 そういや他に人がいるって事はシオンに言ってなかったな。反省反省。
『ちょっと待て、みんなで来たと言ったが一体どうやって?』
 突然の声にきょとんとした楸ちゃんに、あたしはイヤリングを示す。
「あ。アポロニウスくんか。ひさしぶりー相変わらず石のまんまだね」
『……ヒサギも元気そうで何よりだな』
 こらこらこの程度で機嫌損ねるな。そんなんじゃつきあっていけないぞ?
「こんな短時間でこれるんだから、姫の転移魔法に決まってるじゃない」
「アポロニウスくんてばおばか~?」
「楸!!」
 答えに、アポロニウスは沈黙する。
『……師匠、もう来てるんだ……』
「地上にいるよ~」
『いるんだ……』
 その言葉にますます落ち込むアポロニウス。
 おいおいあんたのお師匠様でしょ? そんなに苦手意識もっててどうするのよ?
「アポロニウス、姫の弟子なんだ?」
「そうらしいわよ。ってそれはともかく、他に何か情報ある?」
 あたしの言葉に楸ちゃんはふるふると首を横に振って。
「梅桃ちゃんたち捜索組がいてー。姫がおじさんたちを護ってる待機組でー。とりあえずごたごたしてるっぽいしーちゃんのとこにあたしだけもう一回転移させられたのね。
 で、なにがあったの?」
「アポロニウスを、凶悪犯のプエラリア・ロバータが狙ってるんだと。
 で、現在遺跡の中に潜伏中」
「ええっ」
 投げやりなシオンの言葉に大袈裟に驚く。
 確かに結構ハードな事だから驚いて当然なんだと思ったけど。
「凶悪犯に会うなんて初めてだね!! 捕まえたらお給料上がるかな?!」
 嬉々として語るのは全然予想外の事。
 シオンもがっくりした様子で問う。
「それを真っ先に思いつくか?」
 その言葉にきょとんとして小首をかしげて。
「汚名挽回で名誉返上?」
「逆逆!! 汚名が返上で名誉は挽回!!」
 お約束な事言ってるよ。その後もシオンと楸ちゃんは口論を繰り返している。
 口論てより、楸ちゃんが徹底的にボケてるような気がする。
「なんか漫才見てるみたいねぇ」
『本当に、こんなことしている場合なのか?』
 最終決戦のはず、なんだけどな。
 頭のどこかが麻痺したまま。しばしあたしはその光景を眺め続けた。