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ナビガトリア

【第八話 ときを越えて】 1.流れ流れて

 瞬きすら惜しんでソレを凝視する。
 荒れ山の一角にたむろする男達。その先には壁のごとく盛り上がった土砂。
 土砂で埋まった先には、大きく口を開けた地下への入口。
 ちゃんと確認してから左手のトランシーバーで指示を出す。
「あーそこあと一メートルくらい」
『了解!』
 見る間に土がどけられて、大きな扉があらわになる。
『おおっ あったぞ!』
『すばらしい』
『ありがとう我が娘っ』
 トランシーバーの向こうは大喝采となった。

 本日も快晴。
 天気予報もずっと晴れだといっていたから当分心配はしなくっていいだろう。
「うあー。疲れた!」
「お疲れ様です公女」
 薄がタイミングよく飲み物を差し出してくれる。
 礼を言って受け取ってそれを一気に飲み干す。
 だってさぁ。ここって蒸し暑いんだもん。
 しょっちゅう水分補給しないと倒れるって。
 今いるのはブラン大陸の中央付近。
 町の名前は……リティークとかっていってたっけ。
 そこから数キロ東に行った山岳地帯。ここで発掘真っ最中。
 PAを発ってからこの大陸に渡って過去の歴史を洗いまくり、千里眼を駆使して遺跡を大捜索。
 にしてもこれで早二年近く。いい加減疲れたなぁ。
 おかげで千里眼は使いこなせるようになったけどさ。
「やっぱり時間かかるものねぇ」
 ぼやくのは仕方ないでしょ?
 すでに発掘されてた遺跡は全部ハズレ。発掘された石像もただの石像だったし。
 一体どこにいるのかアポロニウスの本体は?
 で、見つからなかったからこうやってとーさん率いる発掘隊に身を寄せているんだけど。
 発掘メンバーはあたしと薄を入れて十二人。
 少なすぎるんじゃ? とか思われるかもしれないけど、全員魔導士だったりする。
 この世界、考古学をするには魔法のこともある程度知っておかないと辛い。
 昔は魔法技術が凄かった訳だし? 変なものに触ったらそれこそ呪われちゃうしね。
 それに魔導士っていっても最下級の魔法が使える程度のレベルだけど、魔法が使えれば水なんかの心配しなくていい分やっぱり便利だし。
 発掘隊の人とも仲良くなって、同情される事も多くなった。
 アポロニウスのことじゃなくて、とーさんがとーさんなだけに、ね。
 家族おいて発掘に心血注いでる父親と娘。仲が良いと限らないし。
 あたしに関して言えば杞憂に過ぎないんだけど、いろいろ気を使ってくれた。
 男所帯に数少ない女性――今では紅一点になっちゃったけど――ってこともあるかもしれないけど。
 などと考えつつぼけーっと休憩してたら、ホクホク顔でとーさんがやってきた。
 名前はライアン・D・スノーベル。五十歳。
 年の割には太ったように見えないのは、今もこうやって現場に出てるからだろう。
 結構力持ちの筋肉質だしね。髪は羨ましいくらい鮮やかな金髪、瞳は深い青。
 あたしはとーさんよりはかーさんに似てるらしい。
 でもそれは容姿の話。性格面ではよく似てる。
「あったあった! 横穴のしっかりしたダンジョンが!」
 わくわくしてるのが丸分かりな口調。精神年齢は子供だよねぇ。
「魔法使いの住処っぽい?」
「ああ。どっかで見たことあるよーなシンボルあったし」
 あてになんないなぁ……
 なおもとーさんはぶつぶつ言った後、握りこぶしで力説してくれた。
「お義母さんには頼めなかったが、やっぱり便利だのぉその眼!
 父さんうれしいぞ!」
 そりゃーそーでしょう。
 基本的に遺跡ってのはなんかの手がかりがないと探すのは難しい。地図とか資料とか口伝とかね。
 それでも長い年月の間に地殻変動とかあって、地形が変わってしまう事だって多い。
 今回の遺跡だって頼りは口伝だったし、火山が二、三百年前に噴火したとかで地形はだいぶ変わってる。地元の人には無茶だって笑われた。
 この辺の山はごつごつしてて、草はまばら、木はほとんど生えてない。
 つまり目印もない。
 その上噴火の折にしっかりと埋まってくれてたもんだから、あたしみたいな千里眼もちでないと発見なんて出来なかったろう。
「本格的な調査は明日からじゃの。目ぼしいものがありゃあいいが」
「どだろうね? そこまで保障できないわよあたし」
 千里眼ったって距離的限界はある。
 明日はとーさん達と一緒に遺跡に行って見てみる必要があるなぁ。
「ところでコスモス。お前もそろそろ」
「却下。拒否。否認します」
 こほんと咳払いして言いかけるとーさんを切り捨てる。
 どーも二十歳を過ぎてから周りがやったらと結婚を勧める。
 確かにその年にはかーさんはもうとーさんと出会ってたんだろうけど!
 ほっとけっていうのが正直な感想。
 そのまま無視して立ち上がってテントに向かう。
『いいのかほっといて?』
「いーのよ。まったくあたしのことなんだからほっとけって言うの」
 そりゃいつかはとは思ってるけど、彼氏なんていないし。
 ……あたしに近寄ってくるのって、あの筋肉王子しかいなかったのよね……
 いや元々もてるなんて思ってもないけどさ。
 あ。虚しくなってきた。
「ライアン様は発掘隊のメンツとくっつけたいんじゃないんですか?」
「それこそ余計なお世話だっての」
 大体ここのメンツは既婚者が多いし。
 独身者は……正直ご遠慮願いたいような人たちなのよ。あたしにとってはっ!
「だいたいさ『この人と結婚したいの♪』で『うんいいよ』って返す父親ってそんなにいると思う?」
『まったくいないとは思わないが……』
「旦那様とかそんなタイプみたいですが」
 ぐ! 薄ったら厳しいツッコミしてくれちゃって……確かにとーさんとかーさんが結婚できたってことは、おじーちゃんがそういう態度とったっぽいんだけど……
 いやいや! 流されちゃ駄目だ!
 あえてジト目で低い声で問い掛ける。
「あんたまで見合い勧めたりしたらどーしてくれましょうかね?」
『勧めん勧めん』
 疲れた口調で投げやりに言ったのでよしとしよう。
 ……薄の返事が無かったのがものすっごく気になるけど。
 他愛ない会話を交わしながらテントへと向かう。
 茶色い大地に長い影が伸びる。山の端に落ち行く太陽。
 あれから二年。今のところゴーレムの襲撃はない。
 魔力波動を探知できないように魔法をかけてもらったせいなのか。それとも?
 でも……諦めたわけじゃないだろう。
 考えられるのは、あたし達を動きを知っていて泳がせているという事。
 警戒はしておかないといけない。
 見つかるような事があれば、そこが決戦の地になる。
「そのためには確証得た時点で万全の体制にしときたいんだけどな」
 ポツリとした呟きは、今の自分の本音。
 一番星が妙に際立って見えた。

 発掘の朝は早い。
 他のとこはどうか知らないけど、少なくともとーさんのとこは早い。
 その代わり夜はすぐに寝ちゃうんだけど。
 東の空が白々と明け始める頃、手に手に道具をもって現場へ向かう。
 山の中腹、僅かに木の生えた辺りに入口があった。
 年代を感じさせる古い石造りの、両開きの扉。
「遺跡って感じしますねぇ」
 呟いたのは薄。感心したように遺跡を見上げている。
「うんうん♪ なにがあるかな?」
「本当は遺跡を見つけるまでが大変なんだけど、お嬢さんのお影で助かりますよ♪」
「いいえ。あたしの目的にも付き合って頂いてる訳ですし」
 スコップ持った隊員の人におだてられて、適当にかえす。
 今日の発掘組は八人。残りはテントの見張りや買出しに行ってる。
 果てさて? なにが眠っている事やら。
 スコップで扉の周りの土砂を全部どけて、とーさんが扉に手をかける。
「開けるぞ」
 誰かが息を飲む音。何度か立ち会ったけどやっぱり緊張する。
「…………」
「とーさん?」
 なにを遊んでいるのか、とーさんは扉を押したり引いたりしてる。
 ってもしかして。
「魔法がかかっとる! あああっめんどいっ」
「ちょっとどいてとーさん」
 とーさんを押しのけて杖を呼び出し、その切っ先を扉に突きつける。
「閉ざされしものを解放せよ。アペリー」
 あたしの呪文に応えて小さな音がする。
 軽く押してやれば、今度は何の抵抗もなく扉は開いた。
「おおっ 流石わが娘!」
「とーさんもこのくらいの魔法使えるでしょ?」
「そりゃそうじゃけど、あんま使えんし」
 確かに。
 とーさんもまったく魔法を使えない訳じゃないけど、魔力の量は正直少ない。
 ……あたし達と比べる事事体が間違いとか言わない!
 一般人と比べてもってことなんだからっ
 にしても入口封印とは徹底してるなぁ。
 ちょっと思いついたので聞いてみる。
「こんな風に入口から閉ざされてるって珍しいの?」
「うんにゃ? 滅多にないな」
 滅多に無い? これはもしかすると……
 あたしが考え込んでる間にも明かりの準備をしたり、遺跡の中に明かりの術を放り込んだりしている隊員さん達。その一人が声を上げた。
「ライアンさん! ここ何か書いてあります」
「なに?」
 呼びかけに、入ってすぐの右手側の壁にとーさんが向かう。
 通路幅は人が三人並んで歩けるくらい。
 空気はやっぱりよどんでいて、なんとなくやな感じはある。
 ここで襲われたらやだなぁ。
「…………?」
「なんて書かれてるんですか?」
 せき込んで聞かれるのに、とーさんはしばし沈黙した後、困ったように。
「それが……『開けちゃダメ☆』らしい」
「は?」
 思わず呆れた声出しちゃうよ! 何それ!
「何か妙なものを閉じ込めてるとかですか?」
「奥に進んだらモンスターの研究してました♪ ってなってたらあたし帰るわよ」
 自分で言ってて背筋寒いよ。でもありえないことじゃないしなぁ。
「それは分からんけど……エルフ語ってとこがのぅ」
「「『エルフ語!!』」」
 あたし達の声が揃う。
 びっくりした顔で見られるのをごまかして、薄と内緒話突入。
「ってことはもしかして」
「当たりかも知れませんよ?」
「よね! あのお軽い注意書きといい!」
「ようやくですね」
 うわーなんか興奮してきた! 同時に緊張もしてくるけど。
「とにかくここにいても始まらんな。出発するぞ」
「「おうっ」」
 とーさんの呼びかけに威勢良く応えて、かくて遺跡探索は始まった。