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ナビガトリア

【第七話 暗躍するもの】 7.戦う決意

 柔らかな色合いの壁に白々と光を放つ蛍光灯。
 勉強机に部屋の雰囲気にそぐうクッションやらベッドやら。
『どこだここは?』
 今までいた場所とは明らかに違う状況に呆然とするアポロニウス。
 ま、仕方ない事だろうけど。
「桜月のおばさんの家よ」
 さらりと言い放ったのは無論あたし。
 窓の外を見てみれば町並みは黄昏色に染まっている。
 あんまり時差がない場所でよかったかも……
 ようやくほっとしたのか、ちょっと自慢するかのように椿が説明する。
「私の召喚魔法でコスモスを引き寄せたの」
『召喚魔法?!』
 アポロニウスが驚くのも仕方ない。
 僅かな時間に距離を移動するような魔法はとっくの昔に……いやこないだ体験したけどアレは例外。そんな魔法は存在しないって言うのが世間一般の常識。
『……召喚魔法?』
 今度はいぶかしげな声。それも当然のこと。
「確かに召喚魔法って言ったら、ふつーは別の空間からこの世にいない魔物とか幻獣とかを召喚するものだけど、椿のはちょっと違うのね」
「この世界にいる血の繋がった人間なら誰でも問答無用で召喚できるの」
『それはまた……乱暴な』
 術自体も乱暴だけど、方法も結構乱暴。
 しかも呼び出される側には拒否権はまったく無し。
 どこで何してようがお構い無しに引っ張り出されるんだから結構たまったもんじゃない。
 とはいえ今回はそのお陰で助かったんだけど。
「ありがとね。椿。ほんっとうにまずかったから」
「それは後でしっかり聞かせてもらうから。
 まずは無事だってことを伝えた方がいいんじゃない?」
「うん。そーする」
 促されて、あたしはポケットから携帯を取り出す。
 呼び出し音の後すぐに電話はとられて。

 それから数日間、あたしは説教づけの毎日を送ることになった。
 椿に始まり、叔父さん叔母さん。電話越しに大叔父さんにまで色々言われた。
 それでもおばーちゃんやおじーちゃんからの叱責が無かったのはありがたかったけど。
 PA本部に戻ったのは、それから十日程経ってからの事。

 視界が白く染まって浮遊感がして。目をあけるとそこは団長さんの部屋だった。
 淡いクリーム色の壁。年代物だけど木目の綺麗な大きなテーブル。
 部屋の中央に現れたあたしに、ほっとした空気が流れた。
 椿の術は召喚だけで送還が出来ないからなあ……助けてもらっておいてなんだけど。
 つまり助けて貰ったはいいものの、おもいっきり密入国!
 そんな状況で普通に飛行機に乗って戻る訳にも行かず、あたしは叔母さん宅でお世話になっていた。
 そして今日、姫の術で無事PAまで戻ってこれたのだけど。
「公女、よくご無事で」
 あたしを出迎えたのは珍しくほっとした顔をしている薄。
 その後ろで大きく息を吐く団長さんと小さな笑みを浮かべてる姫の姿。
 再会の挨拶もそこそこに、何があったかの説明とかをする。
 すべて話し終えるとため息混じりに薄が言った。
「寿命がちぢみましたよ……」
「わたくしだってもうあんな事は避けたいですわ」
「申し訳ない。重ね重ね申し訳ない」
 平伏しているのは団長さん。
 ここまで謝られると、ここに逃げ込んだのは間違いだったかなとか思える。
 でもなぁ。個人で出来る事なんてたかが知れてるし。
 話題を変えるように団長さんがテーブルの上の紙を手に取る。
 あたしの証言を元に薄が描いた似顔絵。
 コイツ意外に小器用だったりするから侮れない。
「確かにこの顔はプエラリア・ロバータ。
 こういっては何だが、怪我一つしなかったのは奇跡に近い」
 しみじみと紡がれたその言葉に、今更ながらにぞっとする。
 命のやりとりなんて一生縁が無いものだと思いたかったのに。
 ってか姫の前でそんなこと言わないでっ 絶対怒られる~!!
 内心汗だくで姫の様子を伺えば、肝心の彼女はこちらを見ておらず何一つ言葉を発することなく難しい顔のまま何かを考え込んでいる。
 ……これはどう判断すればいいの?
 平伏している団長さんよりかなり気にかかるけど。
 疲れてるだろうからって理由で部屋にいたのはほんの少しで、あたしたちは部屋を辞して借りていた自分たちの部屋へと向かった。

 かちりっと鍵をかけて、部屋を包むように風の術をかける。
 これで中の声は外に漏れない。
 にしても今回のことで魔封石が結構からになっちゃった。
 後で何とかしないとな。
「で? 状況は?」
「といわれましても……」
 ベッドにぽすっと座ったあたしに、薄は肩をすくめて答える。
「あまり動いていませんよ。結局奴には逃げられたみたいですし」
「そっか」
 心を読める薄をもってしてそう言わせるという事は、やっぱり進展は無かったか。
 図書館の入口は捜査員が固めていたはず。
 一体どうやって逃げ出したんだろう? 入口は他にもあるんだろうか?
『コスモス』
「却下」
 おずおずとした呼びかけを一刀両断に切り捨てれば、不満そうに唸られた。
『……まだ何も言ってないんだが』
「あんたを渡せばあたしは無事って状況じゃもう無いの。何度も言ったでしょ?」
 まったく諦め悪いったら。
 このやりとりは叔母さん宅でも何度も繰り返したっていうのに。
「まだ続けるんですか?」
 さらに言い募ろうとしたあたしを止めたのは、げんなりとした薄の声。
 こっちにも諦めが悪いのがいたか。
 顔を向けて不適に笑う。
「途中で投げ出すのってかっこ悪いし。
 今回のことで多分捨てたとしても狙われること間違いなし」
「保障されても困るんですけど」
 ため息一つ。薄が念を押すように聞く。
「つまりは……売られた喧嘩は買うってことですか」
「よ~く分かってるじゃない」
「公女の負けん気の強さは存じてますから」
 そう。何のかんのと理由をつけてはいるけど、一番の理由はそれ。
 うちの一族は、売られた喧嘩はきっちり買って倍返しにするのが基本になってるとこあるし。本気で勝てないケンカはしたくないけど、出し抜くことは出来そうだし。
 アポロニウスは誤解してるかもしれないけど、あたしはそんなお人よしじゃない。
 あくまで売られたけんかを買ってるだけ。
 うまくいって人間に戻れたなら今みたいに守ってやる気はまったく無い。
 暴言はいた御代代わりに一回殴って……あとはまぁ頑張って♪ って声援を送るだけの予定だし。そりゃあ天涯孤独の身の上だったら職を斡旋とかはしてあげようかなーとか思わなくは無いけど、お師匠様がいるんだったら問題ないしね。
 あと昔の知識なんかを教えてもらおうっていう打算もある。
 薄はそこのとこ分かってるみたいだけど。
 この話はここまでといった感じで軽く手を打つ。
「じゃあ早速対策会議。
 多分アポロニウスを狙ってるのは『プエラリア・ロバータ』で間違いないわよね」
「後で資料と見比べてみればいいですね。あっちも出さざるを得ないでしょうし?」
 もちろんそのつもりである。
 危ない目にあわせて……とさりげなく匂わせて、見られる資料は全部見せてもらう。
 こういっちゃなんだけどPAはあてにならない。
 自分で動かないと追い詰められそうな気がひしひしするし。
「ヤツの目的はアポロニウスの肉体を何かの器にするためみたいだけど」
 言ってて正直自信ない。
 こんな話になるとおとぎ話じゃなかろうかとか思うもん。
 案の定薄も苦笑いで応える。
「おとぎ話なら神か魔王の復活かってところですね」
「そうそう。よくある話よね~」
『魂だけで封印された魔導士が他人に憑依するって事もあるんだが』
 ぽつりと呟かれたその言葉に笑いが止まる。
「そんな事出来るの?」
『ああ。当時でも邪法として忌まれていたが』
「……それが一番ありそうね」
 これはちょっと真剣になった方がいいか。
 とはいえそんな術を使えるものは数少なかったろう。
 相手が本当にそんな存在だとしたら相当厄介かも。
 ……さっさと情報を集めてここを出た方がいいかもしれない。
 何しろ相手はあたしの居場所をわかってるし。
 あ。その前に姫にちゃんと追跡を防止する魔法かけてもらおう。
 魔封石も調達しなきゃね。
 天井を見上げて唸りつつ提案する。
「一刻も早く本体見つけて、そこに姫に来て貰うってかんじかしら」
「賢者様に?」
「うん。元に戻せる魔法扱えるんだって」
 のんびり父さんの連絡を待ってる場合じゃない。
 とっととブラン大陸に渡って、まずは一般解放されてる遺跡から回ってしまおう。
 幸いあたしは探し物に向く目をしているし、解放されてなくたって見ることは出来るんだし。
 旅立つにはまたちょっと準備しなくちゃいけないけど、遅くとも五日後には出てってやる。
『仮にうまくいったとして、どうやって普通の石像と見分けるんだ?』
「あんた自分の容姿忘れたの?」
 さっきから茶々入れまくって。
 あんたには決定権なんざないっていってるのに。諦めが悪いったら。
「問題ありませんよ」
 にこやかに薄は言って。
 っておいおいなんでそんな尊敬の眼差しであたしを見る?!
「そういう時こそ公女の出番!
 石化された人間なら透視すれば骨や内臓が見えますからね。公女、勇者です」
 うわーあ。勇者扱いされちゃったヨ。
 いやそりゃ最終的にはその手が一番有効だってことはあたしも覚悟してたけどさ?
 ……見たくないかも。
「やるわよ。やってやろうじゃないのさ」
 自分で言うのもなんだけど、かなり元気のない声であたしは宣言した。
 正直これから先どうなるか分からない。
 でも、それもまた一興。
「じゃあ行くわよ。ブラン大陸に」