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ナビガトリア

【第七話 暗躍するもの】 6.壁越しの攻防

 一瞬にして体が固まる。
 音は後ろの方、入ってきたドアから聞こえた。
 恐る恐る目をやれば、壁越しに映し出す。その姿。
 凶悪犯『プエラリア・ロバータ』。
「こんな所に隠れてないで、早く出てきなさい。私はあまり気が長くない」
 鳥肌が立った。
 ドアの向こう、声は悪魔の甘美さを持って響いてくる。
「……入ってこれないのよね」
『「鍵」無き者は決して入ることは出来ません』
 押し殺したあたしの声に、涼やかに答える『スノーベル』の声。
 でも、入ることは出来なくても壊されてしまったら?
『まるで分かっているかのようについてきたな』
 はき捨てるようなアポロニウスの声。
 でも、今更になってあたしはその事に思いついた。
 手に入れたばかりの彼を渡せと、奴らは交渉してきた。
 奴らはどうやってあたしが持ち主だと知った?
 アポロニウスの片割れを、シオンはどうやって見つけ出した?
 魔力波動を追って来たに決まってるじゃない……
 なのに今まで何の対策を立ててなかったなんて、大ばか者だわ。
「他に出口は?」
『ありません』
 突きつけられる現実。
『情報は、糧となり刃ともなる。むやみにまかれるものではありません』
 そうよね。
「ってことはつまり篭城(ろうじょう)決定?」
 口調だけはあえて軽いまま。
 そんなの圧倒的に不利に決まってるじゃない。
 水も食料もない。時間感覚だって、ここで狂っていないと断言できる?
『外と連絡は取れないのか?』
 僅かな祈りを込めて聞かれたその言葉。
 電波は通じてる? 携帯電話……かけるにしても。
『取れます』
 はい?
 ぐりんっと体ごと振り向いて、恐る恐る問い掛ける。
「取れるの?」
 偉大なるご先祖様の残した遺産。『スノーベル』は表情一つ変えることなく。
『取れます』
 断言した。
『連絡をとりますか?』
「……お願いします」
 なんだろう……なんかすっごく気が抜けた。
 いや気を緩める訳にはいかないんだけどっ
 相変わらずドアの向こうでは攻撃魔法の炸裂する音が聞こえてくるし。
 ただ魔法をぶつける位置がドアじゃない辺り、鍵を持たないものにはドアすら見えないように出来ているのかもしれない。
『繋がりました』
『はい。こちらPA内図書館です』
 ちょっと間延びした感じの……でもどことなく不安そうな男の声。
 どういう仕掛けなのか、声は天井から降るように聞こえてくる。
 どこに向かって話せばいいんだか。
 仕方が無いのでちょっと間抜けだけど、上に向かって話し掛ける。
「コスモス・トルンクスですけど」
 名乗った途端。
『生きてたーっ』
 たくさんの歓声が、『スノーベル』の部屋を揺るがせた。

 向こうは多いに盛り上がっている。が。
「それは、どういう意味かしら?」
 そんなに固い声だったんだろうか。電話(多分)の相手は慌てて言い募る。
『他意はないですっ 良くご無事でっ』
『公女?! 公女なんですねっ』
「薄?」
 急き込んだように聞くのは耳になじんだ声。
 ただ、こんなに慌てた声を聞いたのは久々だったから思わず問い返した。
 相手は息を大きく吐き出して。
『あああああああああっ よぉかったぁぁっ
 これで奥様に殺されなくて済むううっ』
 おいおいおいおい。そりゃあ確かにおばーちゃんは怖いだろうけど。
『今どちらに?! お怪我はないですよねっ』
 こんな時に限っては、こいつって護衛なんだったなあと再認識させられるけど。
「場所は図書館の中。怪我は今のところはありませんわ。ただ」
『本当に見事な切り替えぶりだな』
 アポロニウスの言葉は無視。
 あたしの答えに電話の向こうは大騒ぎ。ただ事実は告げなければいけない。
「部屋の向こうに凶悪犯がいますから、いつまで無事でいられるか」
 歓声が、絶叫に変わったのはいうまでもない。

 早口で状況説明が始まった。
 薄たちは、あたしの案内をしていた司書さんが大怪我をして図書館入口まで戻ってきた事から、何かがあったと推測したらしい。
 でもこの変な空間の所為で下手に入れば遭難する確率が高く、少し遅れて捜査員数名が館内に入ったという。
『と、とにかく今から……っていうか……
 ちょっと前から捜査員がそっちに向かってますからっ
 大丈夫です安心してくださいっ きっと必ずお迎えに上がりますから!』
 かなりうろたえてるのが丸分かりなその口調。
 そんな口調で言われると、こっちはすっごい不安なんですけどねー。
「迎えを待ちたいところですけど……」
 どうしても口ごもる。
 壁の向こうの破裂音はだんだん酷くなってる。
 手持ちの魔封石で何とかなるような相手じゃあない。
 なんとしてもこの場を逃げ切らないと。手段は選んでいられない。
「姫はいらっしゃいませんの?」
 姫がいれば、転移魔法で助けてくれる。
 我ながら他人頼みって言うのは情けないけど、正直命のかかったこんな場面でそんなこと言ってられないし。
『出張中で……連絡も取れないんです』
『師匠の阿呆! なんでこんな時に限っていないんですかっ』
 口ごもる捜査員の言葉にアポロニウスの声が重なる。
 でもあんたが言うなそのセリフ。
 仕方ない……
「薄」
『はっ』
 呼びかけに答えるその声はいつもと変わりなくて。
「椿に連絡を。わたくしが助けを求めている、と伝えて頂戴」
 だからあたしもいつもと同じように。余裕ぶって命令する。
『承りました!』
 なにやら向こうは騒いでいるけど、それらはもう耳に入れない。
 目を閉じて、ゆっくりと息を吸い込み。同じ時間をかけて吐き出す。
 落ち着け。椿がきっと助けてくれる。
 この扉が破られるまでは、あたしの命はある。時間を稼げればいい。
「英知を封じし腕輪よ。その片鱗をここに示せ」
 祈るような気持ちで呪を紡ぐ。
「いでよ我が杖ウェリタス」
 光が溢れ、消えた後には左手に一本の杖が現れる。
 属性魔法は出来れば使いたくは無い。
 でも……全力で向かっていかないと逃げる事も出来やしない。
 魔封石を使いきったら、残るはあたし自身の魔力のみ。
 決意を示すように杖を握り締める。
 壁越しの敵の姿を捉えるあたしの千里眼。見えるのは完全に余裕ぶった敵の姿。
 無理も無い。相手にとって見ればあたしなんて本当に弱いんだろうから。
 だからって負けてたまるか!
 唇を引き結んで、魔封石の力を解き放った。

 風が逆巻き、炎が走る。
 また一つ。魔封石から色が抜け落ちる。
 今ので火の石は最後。
 舌打ちしたいのをこらえて次の石から力を呼び出す。
 けれどあたしの放った雷撃は、敵に届くことなく霧散する。
 不意を打ったつもりでタイミングや方向をずらしてみても結果は同じ。
 出し惜しみする訳じゃないけど……残りの石はあと三つ。
 時間はどれだけたった? 助けはいつ来る?
 焦りに心を支配されそうになる。
『コスモス』
 苦痛に満ちた、アポロニウスの声。
「だいじょうーぶだって」
 あえて明るく返すのはあたしの癖。
 他人にはどうしても弱みを見せられない。
 弱みを見せればそこを突かれる。そうなれば倒されるのは時間の問題。
 貴族社会なんて華やかに見えてもそういうとこ。
 だから精一杯の意地を張る。プライドだけは高く持ってる。
 部下の前で惨めな姿を晒す訳にはいかないから。
 怖いし、出来るものなら逃げ出したい。これは本心だけど。
 でもあたしは一人じゃない。姿は無いけどここにいる。
 あたしよりももっと抵抗できない……弱いアポロニウスがそばにいる。
 誰かがいれば強がれる。パニックに陥る訳にはいかない。
 だから……最後の最後まで諦めたりなんかしてやらない。
「あいつの目的とかわかればな……対策の立てようもあるのに」
 とはいえ、ぶつぶつとは言っちゃうけど。
『スノーベル!』
『情報をお探しですか?』
 悲鳴のような呼び声に、返るのは涼やかな声。
『ああ。探している』
 こんな状況でいきなり何を言い出すんだろう。
 不思議に思うけど、何もいえない。
 魔法を使うには何より集中する事が大事。
 だから本当は気をそらすような真似はして欲しくないんだけど。
 また一つ魔封石が色を失う。
『凶悪犯「プエラリア・ロバータ」について』
 そっか!
「あったまいい!」
 ここはPA。なら凶悪犯の情報があって当然。
 すくなくともどんな犯罪犯したとか、そのくらいの情報はありそう。
 アポロニウスの問いに答えようと『スノーベル』の唇が言葉を紡ぎかけたその瞬間、部屋に白い光が溢れる。
 見る間にあたしを中心に部屋いっぱいに描かれていく、見覚えのある魔法陣。
「あああっ なんてタイミングでっ」
『何?!』
 頭を抱えるあたしの声とアポロニウスの驚愕が重なり、次の瞬間強い魔力が吹き荒れる。

 まるで台風の中で立っているかのような強い奔流。視界が白一色に染まる。
 急流に落ちた木の葉のようになす術もなく流されて行く。
 これだけ力が荒れ狂っているのに、耳に痛いほどの静寂。
 唐突に流れが無くなった。
 そう思った瞬間に甦る。数々の音と、視界。

 最初に聞こえたのは大きな安堵の息。
 顔を上げれば、真っ青な顔をして杖に寄りかかっている彼女の姿。
「良かった……間に合って」
「ゴメン」
 今にも泣き出しそうなその声音に、少々困りながらもあたしは返した。
「助けてくれてありがとね。椿」