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ナビガトリア

【第七話 暗躍するもの】 3.匿われて

「たすけてだれか……」
 用意された部屋でベッドに突っ伏してあたしはうめいた。

 アポロニウスが狙われていて、その持ち主であるあたしも無論狙われている。
 んでもって相手が国際的な指名手配犯な訳で、例えそうでなくてもかなりの魔導士な訳で。PAが全力で守るってこと事体がかなりの例外だろうってことは簡単に想像つく。
 これが現在の状況。頭が痛いことこの上ない。
 でも、頭痛の種はそれだけじゃない。
 PAに滞在して二日。どこに行っても視線が痛い。その理由は。
「どーこーの~どーいーつーだー。あたしの素性ばらしたのは~」
「いや今回は仕方ないでしょう」
 妙に冷静な薄の突っ込みが入る。
「事情聴取もとられたし、そこで偽名使うわけにはいきませんしねぇ」
『それにあんな登場すればな』
「プラスして、最初に来たときに顔を覚えられてた可能性も高いですね」
 最初は魔法使い尊敬の的のおじーちゃんと、魔法協会副会長なんてお偉いさんの大叔父さんと一緒に。今回は空から巨鳥に乗って現れて……確かに注目浴びまくり。
 とはいえ畳み掛けるように言うな。注目されるこっちの身にもなってみろ。
 廊下を歩いててもご飯食べててもトイレでばったり会っちゃってもっ
 うわあスノーベルだ。ああ彼女が。
 って目で見られるんだぞーっ ちくしょうっ
 スノーベルの血族なんてここには山ほどいるだろ―がっ あたしは珍獣かっ?!
 いや、本家だからって珍しいってのかなぁ。
「とはいえ公女、そろそろ昼食ですよ」
 しょうがないのでむくりと起きて食堂に向かう。
 ここでの滞在は食費だけでいいから嬉しいのは嬉しいし、食堂のご飯も安いし味も悪くは無いし。
 問題なのは……唯一痛いのは周囲の視線。ただそれだけ。
 ちくちくちくちく刺さる刺さる……それでも微笑を絶やさないのは小さな頃からのしつけの賜物。こんな時におばーちゃんの教育のありがたさを感じるなぁ。
「お久しぶり。ミス・スノーベル」
 悪戯交じりの楽しそうな男の声。
 この声は聞き覚えがある。だからにっこり笑って振り返った。
「あら槐さん。おひさしぶりですわね」
「……なに、その喋り」
「どうかなさいまして?」
 こらひくな。そんなに変か、あたしがこんな喋りをするのは。
「前会った時にはただの敬語だったと思うんだけど?」
「お気になさらないで。ただの処世術ですから」
「令嬢モードならぼろも出にくいですし」
『確かに切り替えは見事だな』
 部下達がいらんツッコミをするけど、とりあえず無視。
「わたくしも一応は公爵家の娘。しつけはきちんとされていますのよ」
 公爵家なんていっても、領地は島ひとつ(大半が迷いの森化)、(自由に使える)財産も少ない。あるのは歴史と一応の身分と魔力だけって感じだけど。
 もっとも家が必要とされている理由は最後の一つだけだから。
 それはそれでいいのかもしれないけど。
 あたしの内心を見透かしてるだろうに、のほほんとした棘のある口調で薄が言う。
「こんな話し方をしてれば近寄ってくる人は少ないんですよ」
「ああなるほど。近寄りがたい雰囲気をかもし出せればそれに越した事は無いねぇ」
 いやそれは確かに狙ってたけどね。
 令嬢らしく振舞ってれば近寄りがたいらしくって遠巻きに眺められるだけだし?
 なまじ普段の庶民感覚でフレンドリィでいたら、それこそもみくちゃにされちゃうし。
「魔導士の中には『スノーベル』に極度に憧れを持っている人多いですからね」
「これなら幻滅される事は無いね」
 妙に納得する男連中。
 好き勝手言いやがってっ どうせ素を出せば幻滅させるわよっ
 いい加減怒りのゲージがたまってきたときに、涼やかな鐘の音がして。
『コスモス・スノーベル様。コスモス・スノーベル様。お電話が……』
「ありゃ呼び出しだね」
 涼やかな女性の声に肩をすくめて槐さんは言い、先に立って歩き出す。
「事務所までご案内しますよ」
「ありがとう」
 ローブをドレスのように翻し、しずしずと令嬢らしくあたしは従った。
 にしても……やっぱり猫かぶりは疲れるな……

 古めかしい真っ黒で重い受話器を受け取ってみれば。
『どもッ 元気そうで何よりだねっ』
 やたらと元気なその声。
「あらレンテンローズ支部長。あの時は本当にありがとうございました」
 心からの礼に電話の相手はしばし沈黙し、ややあって紡いだのは。
『何その喋り?』
 あんたもか。
「まぁ支部長までそんな事。わたくしがそんなに珍しいです?」
 否定はしないけどさ。普段のあたし知ってたらね。とはいえ少し悲しくもなったり。
『……なんか苦労してるの?
 ま、それはおいといて。本借りてくれた?』
「本?」
 はて。本……本。そういえば……
「こちらの図書館の本ですの?」
 問いかけに、彼はすんなり頷いた。
『うんそう。
 今から委任状持たせた人を使いにやるから、図書館から借りて彼に渡してくれる?』
「差し出がましいようですけど、そんな管理でよろしいの?」
『……まずいとは思うけど、お願いするよ』
 正直いいのかなぁって感じはするけど。
 人もいないって言うし、彼には散々お世話になったし……
「承りましたわ。使いの方のお名前はなんとおっしゃいますの?」
『プラムだよ。茶色の髪のハーフエルフ。よろしくね』
「では後ほど。失礼致します」
 受話器を置けば、ちんっと古めかしい音がする。
「図書館の利用許可を頂けますか?」
 振り向いてのあたしの言葉に、槐さんはため息とともに書類を差し出した。

「ここが図書館でしたのね……」
 図書館の前に立って、それをぽかんと見上げるっていうのは間抜けな事なんだろうけど。
 白っぽい石造りの堅牢そうな建物。
 窓が少ないのは大量の本が納められてるせいだろうか。
 だってさーしょうがないじゃない?
 ここって、姫に会う時に通された建物だよ。
 あたしとしてはてっきりおじーしゃんと一緒に逃げ込んだとこかと思ったんだけど。
 あ、あそこは資料室だったっけ。
 あー……でも支部長が『館長は銀の賢者』っていってたか。
 ならおかしくないんだろうけど。
 ぼんやりとしてたら耳元からげんなりとした声が聞こえた。
『……また師匠に会うのか』
 こらこらアポロニウス。
「お師匠様でしょう? そんなに会う事が苦痛ですの?」
『…………いや出来れば会いたくは』
 声がとことん小さくて震えている。
 なんだろう……姫に会ってからのアポロニウスってなんてーか。ヘタレ?
「師事してらしたのでしょう?」
『た……他人だったと』
 何故にそこまで萎縮する?
 いや確かにエルフの里での姫は怖いものがあったけど、要は怒られるようなことしなければ良いだけの話じゃあ?
 ここで問答してても始まらないので、分厚い両開きの扉に手をかけようとする。
 と、すっと薄が前に進み出た。そのまま扉を開いてあたしに向き直り小さく一礼。
「どうぞ公女」
「ありがとう」
 そーね。令嬢が扉あけたりはしないのよね普通は。
 どうやらここにいる間は薄もあたしを令嬢扱いするらしい。

 中は大きなカウンターがあって、白い壁にタペストリィが飾られていた。
 そっけないけど上品な感じ。物は必要最小限でいいって感じに整えられている。
 カウンターの上の呼び鈴を鳴らすと、その奥の扉から一人の少年が出てきた。
「いらっしゃいませ。スノーベルの姫君」
「はじめまして」
 おいおいおいおいどこまであたしの顔は知られてるのよっ?!
 出てきた少年は耳がひょこんと長い。
 そうはいっても支部長のものよりは短いから多分ハーフエルフだろう。
 外見年齢は十六、七といったところか。
「こちらの本をお願いしますわ」
 カウンターの上に支部長から預かったメモを差し出す。こういう貴重な本ばっかりを収蔵している図書館は、書庫から司書に本を持ってきてもらって閲覧室で読むのが普通。
 でも彼はメモを受け取らずに、カウンターから出て横のドアを開いて。
「ではこちらへどうぞ」
 へ?
「司書以外のものが書庫に入っていいんですか?」
「ええ。こちらでは借主についてきていただくことになっています」
 薄の問いに微笑んで彼はいう。
「ただし、魔導士以外のものは入ることは出来ませんから」
 つまりはあたし一人でって事で。
 一瞬薄と顔を見合わせる。
 明らかに彼は大丈夫ですかって表情。あたしも正直不安だよ。
 でもPA内にわざわざ追われてる凶悪犯がくるとは思えないし。
「多分大丈夫でしょう。いってきますわ」
「お気をつけて……」
 どっちにしたってここにいつまでもいるわけにはいかないし。
「それでは参りましょうか」
 ハーフエルフの少年の呼びかけにあたしはこっくりと頷いた。