【第七話 暗躍するもの】 2.それは突然やってくる
まさかこんなところで……いや、考えるべきだったか。
歯噛みしたいような気持ちで眼前の敵を睨む。
黒髪に黒いローブ。
別段目立つ容姿じゃないし、黒ローブは指定服だから確かに紛れ込める。
陶器のような。
いや、陶器みたいなもので出来ているであろう――人形。
今回はばっちり千里眼使っていたおかげで、かくかくとしたうごきがよ~く分かる。
彼を動かしているのは、瞳に見せかけた魔封石。
「昨日の件、考え直していただけましたか?」
口から漏れるように聞こえる声は男のもの。
霧のように輪郭のはっきりしない、纏わりつくような不快な声。
あの時と、同じ声。
狙いはアポロニウス。
冷たい汗が流れた気がした。
「ずいぶん唐突なこと」
余裕そうな声を出す事には成功した。
でも、あたしが否といったなら、速攻でここを潰すと言ってるも同じじゃないっ
『コスモス。私を渡せ』
アポロニウスがあたしに囁く。
『この状況で他に手はないだろう?
渡されたからといって、すぐに何とかなるわけじゃあないだろう』
そんな軽く言うけど、渡したからってすんなり引くとも限らないんだよ。
大体敵の言うことをそんな簡単に信用できる?
言葉には出せぬままに相手を睨みつける。
でもこいつを倒したからって意味がないのもよく分かってる。
これを操ってる魔導士がどこにいるのかも分からないし。
一歩、ゴーレムがあたしに向かって近寄り。
「コンゲラティオ!」
呪文とともにゴーレムが一瞬にして凍りつく。
「うぇ?!」
「何やってんのこっちっ!!」
あまりのことにぼーぜんとなるあたしの手を、思いっきり引っ張ったのは小さな支部長。
「支部……」
「いいから逃げるっ
まったくスノーベルってのはいっつも厄介ごとに巻き込まれるんだからっ」
見れば彼の手にはいつの間にやらロッドが握られていて。
意外に強い力でもってあたしを窓へと押しやる。
窓の外は綺麗に整えられた中庭。そこへあたしはすとんと降りる。
……図書室が一階で良かったなぁ。
「ちょっと乱暴なんじゃ?」
「何言ってるの!! ゴーレム使いなんかに目つけられてっ」
おお流石エルフ。見ただけでゴーレムだって分かるなんて。
あたしに続いて窓から中庭へと飛び降りて、がりごりとロッドの先で魔法陣を書き始めながらもお説教は止まらない。
「あれ絶対に凶悪犯だよっ?!
あっちに着いたらちゃんと証言するんだよ?!」
「公女!」
薄が窓を飛び越えてやってくる。
……この状況で荷物まで持ってくるか?
いや確かに普段からまとめてあるし、たいした荷物はないけどさ?
あまりのことに呆れ果てているうちに、支部長は魔法陣を書き終えて呪文を唱える。
この呪文は。
「召喚魔法?」
あたしの考えを肯定するように、光があふれて魔法陣の中から一羽の鳥が現れる。
問題はその大きさ。
人が背中に乗れるくらいおっきいんですけど?!
あまりの事に、あちこちから上がる悲鳴。
「ちょっと支部長っ」
そりゃそうだろと思いつつもとりあえず抗議する。
でも彼はあたしに向かって唯一言こう怒鳴った。
「頼んだからね! 元気でねっ」
なにを?
聞き返そうと思ったら、薄に担がれてあっという間に巨大鳥の足に掴まらされて。
鳥が一声高く鳴く。
風なのか圧力なのか、ものすごい力に耐えるように必死につかまってるのが精一杯。
あたし達は反論するまもなく大空へと連れて行かれた。
耳元で唸り、体全体で感じる風。
正直寒い。そこそこの防寒性は誇る魔導士ローブだというのに。
「ちっちゃいころさぁ。空を飛んでみたいなっておもったことない?」
「ああ。ヒーローモノなんかであこがれましたねぇ」
『小さいころはそう思ったな。鳥はいいなと』
うつろなあたしの声に応える薄やアポロニウスの声もうつろで。
眼下を流れるのはたくさんのビルに車に……こっちを見つけて唖然とする人々。
こんな都会で、こんなでっけえ鳥が空を飛ぶ……
明日の新聞に載ること間違いなし?
いや、今からでも下手すりゃ生中継される?
でも今のあたしに出来ることは、振り落とされないようにしがみつくことくらい。
『どこに向かってるんだ』
「あたしに聞かないでよ。どこに運ばれるわけ?」
「私も知りませんて。あの場から逃げれたことは確かですけど」
そりゃそうだけどさ?
つうか支部長。なんつーことしてくれたんですか。
いや助かったけど。
「パトカーが追ってきてますね」
「そこの鳥止りなさいって?」
止まれるもんなら止まりたい。
『この状況で止まれないだろう』
そりゃそうか。
こんなでっけえ鳥、どこに着陸しろと?
うつろに思っていると、鳥が旋回を始めた。
だんだんと高度が下がっていく。
降りるのね?
どーかしちゃったんじゃなかろーかというあたしの思考が、少しずつはっきりしていく。
広々とした中洲。公園みたいに整った……魔導士たちの羨望の場所。
橋の手前で止まったままのパトカーと、建物から出てくる人々。
それにつれて聞こえてくる地上の声。
派手に土煙を立てて巨鳥が着陸する。
「何やってるんですか」
咳き込むあたしの耳に聞こえたのは、団長さんの呆れた声だった。
さーむーいーっ
毛布に包まってがたがた震えるあたしを横目に、団長さんはため息つきつつコーヒーを差し出してくれた。
表にいた警察も、鳥がここに着陸したのを見て帰らざるを得なくなった。
PA本部。
ディエスリベル国内にあるけれど、どこの国もここの自治権を犯すことは出来ない場所。
多発している魔法犯罪。
特にその中でも凶悪なものを取り締まることが出来るのは彼らだけなのだから。
だから数多の国が利害やらなんやらを捨ててまで協定を結んだ。
それほどまでに強大な魔法を操る魔導士は脅威だから。
「で、何があったんですかな? 本来なら、ここの敷地に召還獣で乗りつけるなんて真似は決して許されるものじゃないんですよ」
いやそれはよーく分かってます。
鳥さんはあたし達を送り届けると、すぅって消えちゃったし。
「そもそもは公女が変なことに顔を突っ込むから今回のような厄介ごとになるんですよ」
「変なこと?」
反論したいところだけど、とりあえずは体温を上げるのが先。
つーか、あとで覚えてろ薄。
怒りの念を感じ取って、薄は今度はまじめに話を始める。
まずはアポロニウスを手にした理由。
ゴーレムとの戦いに、協会支部で襲われて支部長に助けてもらったこと。
「完全自立型のゴーレム……」
「そうみたいです」
ようやっと温まってきたあたしも口を開く。
「術者が近くにいたかもしれませんけど、見つけることは出来なかったし……」
自分で言っておいてなんだけど、いくら千里眼で見てみたところで発見できたとは思えない。属性や召喚魔法なら……杖が要るし、魔法陣も描かれるから見つけることは可能だけど。
魔導法の場合、いるのは小さな宝石モドキだけ。
魔法陣も描かれないから見つけ出すのはすっごく難しい。
「そんなことが出来る魔法使いって多いんですか?」
「まさか」
薄の問いかけに団長さんは首を振る。
「ゴーレムっていうのは本来簡単な命令しか聞かないのよ」
相槌を打ってコーヒーを一口。
「そういえばレンテンローズ支部長が『あれ絶対にコントラーリウスだよ』とかって言ってましたけど」
「凶悪犯?!」
「え? ええ」
いきなり身を乗り出してきた団長さんにちょっと引きつつも答える。
「ちなみにそのゴーレムってどんな感じでした?」
なんか尋問口調なんですけど?
「ええと」
正直ゴーレムの容姿なんて答えても意味がないような気がするけど。
特徴……特徴。
「目に当たる部分が魔封石でした。あとその魔封石は二回とも『火』の石」
「成る程……」
え。何がなるほどなんですか?
しばし考え込んで、団長さんはすっと背筋を正して。
「ご安心ください。貴女の身柄は我らが責任もってお預かりいたします」
「どういうことです?」
「コスモス嬢を狙ったのは、凶悪犯の『プエラリア・ロバータ』と見て間違いないでしょう」
えーとだから。
「コントラーリウスというのは?」
薄の問いに団長はちょっと意外そうに答える。
「国際的に指名手配されている凶悪な魔法犯罪者のことです」
知らなかったんですかとばかりに聞かれて、思わず顔をそむける。
いや、おじーちゃんも仕事のこと家では話さなかったしさ?
一般常識じゃないかといわれれば返す言葉もないのだけど。
「ともあれ、しばらくはこちらに滞在ください」
「あ、ありがとうございます」
答えたものの……いきなりPAに滞在決定?
あたし、これからどーなるの?