【第六話 遥けき彼方の地へ】 3.異境の地
深い深い森の中。
視界を占める色はありとあらゆる緑。どこかからか響く鳥の声。
「え~っと?」
きょろきょろ辺りを見渡し首をかしげる。
どこだここは?
「いや、森でしょう」
心を読んで薄が答える。
とはいえ奴も事態の把握はあまり出来てないっぽい。
「森は分かってるけど。どこよここ?」
「というか、何故いきなり森に?」
?マークが飛び交うあたし達に姫が答えを教えてくれた。
「ここがフォスキアの森ですよ」
ってことは。
「じゃあここがエルフの森?!」
ちょっとマテ。あたし達がついさっきまでいたのはディエスリベルのPA本部。
そこからこんな短時間でこれるってことは。
「転移魔法……」
「えっ」
薄が珍しいくらいに狼狽してる。当然といえば当然だけど。
転移魔法は理論的には出来ない事はないっていうのが世の通説。
実際伝説の類ですら、この魔法を使いこなす魔法使いはほんっとうに登場しない。
つまりは人間が本来もつ魔力じゃあ発動しないってことだろう。
あたしは実はこの術、姫が使えるって事は知ってた。
何度か目の前に急に現れたりとか、ぱって消えられたりとかあったし。
……ま、コレとは違うけど、おんなじくらい妙な術を使う親戚もいることだし?
『結界とか張ってあるんじゃあ?!』
悲鳴のようなアポロニウスの声。
あ、そーいえば。
人間嫌いのエルフさんは堅固な結界張って引きこもってるってゆーれっきとした事実がある。
いくら転移魔法といえど、結界には引っかかったりするんじゃないだろうか?
そんな疑問に姫はにっこりと。世間話の口調でこう言った。
「距離だけじゃなくて空間も越せるように改良してみました。
理論上は出来てましたけど、大丈夫でしたね」
さらりと言われた言葉。その意味を理解するのに数秒かかる。
「……使うの初めてだった、とか?」
「これほど堅牢な結界で試すのは、ですけど」
恐る恐るした問いかけにもさらりと答えられて。
なんかもぅ……大味だよねぇ姫って。
いやでも、長く生きてるとそうなるのかなぁ。
いちいち細かい事にこだわっていられんわー!とか?
驚きが過ぎると本当に言葉って出ないんだねぇ。
押し黙るあたし達を眺めて、つと姫の視線が動く。
近くにある比較的大きな木の上のほう。
つられて見てみるけど特に変わった様子は見られない。
姫はにっこりと微笑んでこう言った。ただし、声のトーンはいつもより低く。
「アースが来た、とお伝えください」
反射的に千里眼を使えば、表情の固まったエルフが二人。
しかも一人は射る気満々に矢をつがえてるし!!
ああああっ もしかして「侵入者、殺ス」とかいう奴?!
彼らは何事か交わした後に、一人が森の奥に進んでいった。
「ね、ねぇ姫。勝手に来てよかったの?」
正直エルフに敵対なんかしたくない。
弓の腕は超一流。魔法も一級品。
いくらあたし達スノーベル家が人間離れしてるっていっても、あくまで人間ならという前提のもと。
恐る恐る聞いたあたしに姫はあっさり答えてくれた。
「大丈夫ですよ。いきなり襲ってきたりとかはしませんから」
さっき矢をつがえてたんですけど?
口には出さずにとりあえず言葉を濁しておく。
「ならいいんだけど……」
でもそーだよね。いくらなんでも話もせずにそんな無茶は。
「もし何か仕掛けてきても、危険な目に遭わせませんから」
『師匠……無駄に男前です……』
アポロニウスの意見に大賛成。
姫に守られるってのが、ねぇ? いやそりゃ強いのは知ってるんだけどさ~?
それは昔々の物語。あたしがまだ十歳のいたいけな少女だった頃。
シオンと一緒にたまたま訊ねてきた姫に預けられた時に、変な奴らに襲われた。
といっても、その頃もうすでに珍しくもなくなってきたんだけど。
その数ざっと五、六人。子供の誘拐にしては多すぎるその人数。
全員がっしりとした体躯の男相手に、姫はまったく引けを取らないどころか、数分も立たぬうちにのしてしまったのだ。素手で。
それ以来もう姫には逆らえない。
まあ、怒られた事すらないけどね。
そりゃあ確かに今は平和な世の中で、彼女からしてみればこのくらいの事は危険でもなんでもないのかもしれないのだけど。
「さて、長老様にご挨拶に行きましょうか?」
「エルフの長老様?」
すごいなぁそんなヒトにコネあるんだ。
「どのくらい生きてるのかな?」
「想像つきませんね」
「そんなにつきません? 大して長生きでもないですよ」
あたし達主従の言葉に姫はほわんと笑って、森の一角を目指し歩き始めた。
知り合いならそんな風にいえるかもしれないけどさ。
『大して長生きじゃない』っていう根拠はどこにあるんだろ?
あたしの疑問を読んだかのように、またまたさらりと落とされる爆弾発言。
「多分私の半分くらいですから」
半分?
足を止めかけて慌てて姫の後を追う。
声をひそめて……っていうか、あまりの事態に声がかすれて……薄に確認する。
「今半分ていったわよね?」
「はい確かに。でも半分て」
『年齢……だよな?』
「ちょっとアポロニウス! あんた師匠の年も知らないの?」
『女性に年を聞くのは失礼だからって親に止められたんだ。
……とはいえ、父の名付け親でもあるし……それを考えると……』
思わず先を歩く白いその姿を凝視する。
丁度あたし達の遅れに気づいて立ち止まっていた姫と視線が交わる。
返るのは、いつものようなやわらかな笑み。
……やっぱり姫は侮れない。んでもって、つくづく味方で良かった……
ええい、もう後戻りは出来ないんだっ
「よし! 行くぞぉっ」
かなりやけっぱちに叫んで、あたしは一歩を踏み出した。