1. ホーム
  2. お話
  3. ナビガトリア
  4. 第五話 1
ナビガトリア

【第五話 賢きもの】 1.やるせなき想い

 当然の事だが、世界は私が眠ったり微妙に起きている間に色々変わっていた。
 地面が土でなくなっていたり、信じられない位高い建物が建っていたり、空を何かが飛んでいたり。
 起きている間に少しでも何かを知ろうと今まで思わなかった事が恥ずかしい。
 しかし。
 スノーベル――
 ブルーローズ――
 懐かしい名前を聞くにつれて、コスモスと出会った事すら何者かの思惑と思えるから不思議だ。
 あるいはそれを運命というのかもしれないが。

 今回の目覚めは今までと違いよく頭が冴えている。考え事もまとまりやすい。
 私の声が聞こえるか否かは、予想通り持ち主の魔力に関係あるらしい。
 とすれば、それだけ彼女の魔力が強大なものだという証だろう。
 もっとも私の知る『スノーベル』の血を引いているのなら当然かもしれないが。

 四賢者という者達の話を聞いたとき、心当たりといっていいのかは不明だが二人の影が脳裏に映った。
 一人はわが師匠。
 確かに比類なき魔力と知識を兼ね備えた人なのだが、如何せん威厳というものはまったく無い。間違いなく優秀な魔導士であるにも関わらず、だ。
 だがエルフ並の寿命を誇る彼女なら、いまだこの大地のどこかにいる可能性は高いだろう。
 師匠が四賢者でないにせよ、生きているなら知恵を借りる事は出来ると思う。
 会った途端長々と説教は食らうだろうが……

 そしてもう一人。
 気高く美しく聡明な彼女。
 光の加減によって薄紫のヴェールを纏う銀の髪。紫水晶の瞳。
 父母の友人であり、師匠の姪でもあり……間違いなく優秀な魔導士。
 何より「半人」に当てはまる。
 名前は確か……彼女と初めて会った時に……

 初めて出会うその人をただぼーっとアポロニウスは見上げていた。
 その視線に気づいて、彼女はひざを曲げて視線を合わせて微笑んでくれた。
 すがすがしい朝の光にちらちらと薄紫の光を纏う銀の髪。
 優しい光を閉じ込めたかのような紫水晶の瞳。
 瞳の色は違うけれど、後に彼の師になる人とよく似た面差しで――受ける印象は違うのに笑顔はとてもよく似ていた――見つめられて妙に落ち着かなかったのをよく覚えている。
「アーポーロー」
 途端に肩をがっしり抑えられてびっくりして見上げれば、妙に迫力のある顔で微笑んでいる彼の母親。普段は大好きな母親だが、マラカイトの深い瞳が妙に怖い。
「ポーラは綺麗だろ?」
「うん」
「そーかー」
 普通は母親とその息子との微笑ましい会話だと思うだろう。
 だが。
「いくらあたしの息子といえど男は寄るな。あっち行け」
「ユーラ……」
 キッパリ言い切った親友に、あきれ果てたポーラの声。
 アポロニウスも正直戸惑った。
 ははうえは、いったいどうしちゃったんだろう?
 ちなみに当時の彼は四歳にもなっていない。
「アポロニウス。こっちにおいで」
 ひょいと抱き上げたのは彼の父親。
 紅葉のような鮮やかな髪に落ち着いた海老茶の瞳。
 細身のわりに力はあるのは知っているけれど、生命力溢れる母と比べるとどうしてもおとなしく感じてしまう。
 父に並んで立っているのは同年代の黒髪の男性。
 がっしりした体躯で精悍な顔つき。立派な鎧を身に付けばさぞ凛々しい騎士の出来上がり、といった感じだろうか。
 その男性が口を開く。
「お前それは息子に言うセリフか?」
「うるさいっ てめぇはポーラに近寄るな!! ってゆーかお前が一番近寄るな!!」
 至極もっともな問いに訳の分からない答えを返すユーラ。
 ユーラにしてみれば自分は身分はともかくとして騎士であり、ポーラは剣を捧げた相手で何より大切な幼馴染でもある。
 変な虫をつけまいと思うのは分からなくはない。
 だが、自分の息子にそれはないだろう。それに……
「ユーラ」
 妻の行動をようやく諌める気になったのかラティオが口を開く。
「いい加減にしろ。ノクスとポーラはもう」
「あたしは認めてねーっ!!」
 絶叫に三人は顔を見合わせため息をつく。
「お前……よくあいつと結婚したな」
「……俺も時々そう思う」
 男性陣の呟きは風に溶けて、ユーラの耳に入ることなく消えていった。

 ポーラの名前を思い出そうとして一連の出来事を思い出し。
 アポロニウスが思った事はただ一つ。
 思い出すんじゃなかった。