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ナビガトリア

【第四話 痛手からの回復】 4.確執

 ここで話すのもなんだからと、連れてこられたのは休憩室。
 彼が慣れた手つきでコーヒーを淹れるのを見やって、それとは分からないよう息を吐き出す。
 そりゃエルフは長寿種なんだから、こんな事態は想像してしかるべきだったんだけど。
 目の前にいるのは、年のころは多めに見ても十歳を過ぎたくらいの少年。
 黄色の桜草の色にも似たさらさらの金髪に萌黄色の大きな瞳。
 肌は白くて線は細くて。お人形みたいって表現がぴったりくる。
 こんな人が出てくるなんてのは正直予想外。
「はじめまして。コスモス・スノーベル?」
「はい。お目にかかれて光栄です。コスモス・トルンクス・スノーベルと申します」
 差し出されたコーヒーカップを受け取って微笑めば、彼も嬉しそうに目を細める。
「へぇ! 本家だ!? ってことはヴァイオレットの娘!
 そっかーこんな大きな子供がいるんだぁ」
 その発言にがくりとなりつつも相槌を打つ。
「母の事もご存知なんですね」
 そりゃ叔母さんと知り合いみたいだし、おかーさんのこと知っててもおかしくないけどさ。
 双子で仲良くてよく一緒に行動してたらしいし。
 けどさ? 見た目はただの子供に親を呼び捨てにされるとなんというか……ねぇ?
「まぁ幼馴染みたいなものだし? あ。やっぱり瞳が紫だ」
『それが何か関係あるのか?』
 いつものように聞こえないと踏んだのか、ごく普通に疑問を口にするアポロニウス。
 レンテンローズは悪戯っぽく微笑んで、顔に似合わない低い声を出す。
「関係あるんだよ。コロナリア会長の遺産くん」
「!?」
 ちょいマテ。
 コロナリア会長? いや元・会長か。
 でもでも彼女って魔法協会の会長で!
 それはつまり魔法使いのトップに立つといっても過言じゃない事で!!
 そんでもってその地位につくのは設立者のスノーベルを除くと唯一の女性だったはずなんだけど!?
『聞こえるのか?』
「そりゃあエルフだし」
 混乱中のあたしをよそに、アポロニウスの問いにレンテンローズさんは軽く頷き、少々心外そうな口調で言う。
「人間に魔力で負けてたら泣くよ流石に。でも人間で聞こえるのは少ないと思うよ。
 まぁスノーベルみたいな規格外は別として」
 はいはい。どーせあたし達は規格外ですよ。人類の基準とは違いますよ。
 あたしもコントロールが出来ないだけで魔力が弱い訳じゃないし。
 むしろ強すぎてコントロールできないって言った方が正しいかもしれない。
 でもそういう口ぶりをすると言う事は。
『じゃあ私の声が聞こえるか否かは、やはり魔力量に関係しているんだな』
「そゆことになるね」
 憶測は彼の言葉により確信となる。
 でもさっきさらりと言われた事に関してどーしても聞いておかないといけない。
「それもですけどコロナリア会長って!? あの!?」
「そう。あの『炎の魔女』と呼ばれた烈女だよ。
 あの人の手腕は見事だったよね。さすが大戦の英雄だね」
 アネモネ・コロナリア。
 約五十年程前に起こった『魔法の』戦争を終結に導く活躍をした魔法使い。
 現在有名な魔法使いを五人数えるとしたら必ず入るほどの人。
 残念なのはすでに鬼籍に入っていること。
「あんた早く言いなさいよ」
『私も知らなかった』
 知らなかったって……まぁ出会った時期によってはほとんど何も知らないでしょうよ。
 あたしだって直接会ったことが一回あるだけだし。
 おじいちゃんがPAを引退する時にいろんな人が訊ねてきてその中の一人だったと思う。
 でも話した記憶はないなぁ。挨拶くらいはしただろうけど。
「人格を持つ石。遺産争いで紛失する事を恐れて近所の子にやったって聞いてたけど」
「プリム……っ」
 そんな人からもらったものをすんなり人にあげるんじゃない。
 ああでもあの時は事情が事情だったしなぁ。
 改めて考えれば確かに時間のつじつまは合うけど……まさかプリムにそんなコネがあるとは思わなかったしなぁ……
「ま。スノーベルなら絶対に粗雑に扱わないし。結果オーライってとこかな」
 本当に結果オーライかはとことん怪しい……いや、間違いなく計算されたものだろう。
 あたしに直接持っていけばおじーちゃんなりおばーちゃんなり障害は入る。
 狐や狸の巣窟みたいな魔法協会を長年束ねてきた人だもの。そのくらい簡単だろう。
 それにしても。これは結構厄介な事になるかも。
 気持ちを切り替えて彼に向き直る。
 知りたいことはあっても、知られちゃあいけないことも多い。ああ、なんて厄介な。
「良くご存知なんですね。あたし達の事」
「君たちは有名なんだよ」
 ある程度は『スノーベル』について知っているということか。
 それについてはおいおい探りを入れるとして今は。
「では単刀直入に申します。ラオネン、という名に心当たりは?」
 エルフがどれだけ互いの事を知っているのかは分からないけれど、知り合いの知り合いという可能性もある。
 しかしその一言にレンテンローズは眉をひそめる。
「……どういうことだい?」
 怪訝そうにしているものの、実際はかなり動揺しているのが見て取れる。
 何か心当たりあるなこいつ。
「これの名はアポロニウス。本人が言うには七百年前の人間とのこと。
 そのラオネンというエルフに精神と肉体とを分かたれ、封印されたと言っております」
 とはいえこれはこちらのいい分。すべてが事実って訳でもないし。
 それなのに彼は。
「じゃあ元に戻りたいってこと?」
『当然だ』
 否定する事もしない。
 そんなことをする訳がない! って反論が来ると思っていただけに、これは怪しい。
「残念だけど心当たりはないよ」
「嘘をおっしゃらないで下さい」
 キッパリと言い切れば、当然のようにムッとした反応を返す。
「ちょっとなんで嘘なんて……」
 言いかけて何かに思いついたように口を止めて、観念したかのように息を吐く。
「千里眼、か。ヴァイオレットもスミレも妙な『目』もってたもんね」
「話が早くて助かります」
 あたしの微笑みに、彼は苦虫をかみ締めたような顔をする。
 どうやら彼はよっぽどおかーさんたちの事を知っているらしい。
 そこそこにしか仲が良くない相手に、自分達の手の内を見せるような真似はしない。絶対に。
 がりがりと頭を掻いて彼は言葉を吐き出す。
「あーもうわかったよっ!
 ラオネンは……僕の祖母だよ」
『祖母だとっ!!』
「アポロニウスうるさいっ」
 気持ちは分かる! あたしも怒鳴りたい!
 でもね。あんたはあたしの耳についてるんだってば!!
 気を取り直して改めてレンテンローズを見据えて問いかける。
「ラオネンさんはご存命なんですね」
「うん。だいぶボケちゃってるけどね」
 だからあの話もウソだと思ってたのに……とぶつぶつ呟いている。
 さてこれからが難問なんだけど。
「お会いできますか?」
 あたしの問いに案の定苦い顔をして彼は答える。
「それなんだけど、年取ってかなり頑固になってるし……何より周りのヒトが人界に来るのを許さないと思う。純粋に体力が心配って言うのもあるけど。
 でもかといって人間がエルフの森に入るのはちょっと無理だと思うし」
「……やっぱり」
 暗黒時代と称される歴史の一時期、人はエルフを迫害した。
 人に似て人では在らざるもの。人と比べ物にならない魔力と……寿命をもつ故に。
 不老不死という愚かなモノを手に入れようとして、その実験のために……
 人間の感覚では大昔の話だけれど、エルフにとってはそうじゃない。
「エルフの……フォスキアの森は基本的に人間立ち入り禁止なんだよね。
 竜族とかなら歓迎されるけど」
「人間は嫌われてるんですね……」
 分かっていた事だけれど。改めて言われるとやっぱり辛いし悲しい。
「ボクはあの時代を知らないから人間全部を一括りにして考える方も方だと思うけど。
 相当根深いみたいだよ」
 深刻になるのを嫌ってか、軽い口調でレンテンローズは言う。その気使いはありがたい。
 そしてあたしの目をひたと見つめて。
「でも君なら何とかなるかもしれない」
「あたしなら?」
 あたしなら大丈夫。そういわれる理由……考えられる事は、一つだけ。
「スノーベルだからですか?」
「そういうこと」
 スノーベルの血……それがすべてを物語る。
 いや、正確に言えばそれ以前の……
 ぴっと目の前に指を立てて言葉を紡ぐ。
「方法は二つ。まずは魔法協会会長の紹介状をもらう事」
 成る程。
 エルフと人間はまったく交流がないわけじゃない。
 ある程度の交流はしているのだから、そういう紹介状があれば入れるかもしれない。
 しかし抱いた希望を砕くかのように肩をすくめてレンテンローズは軽く言う。
「ただ会長は多忙を極めるから会うのにどれだけかかるか分からないし、紹介状が発行されるまでにも時間がかかる」
 そうだよねぇ。会長だなんて、絶対激務だろうし……
 だとするともう一つの方法に頼るしか……
 祈りを込めて次の言葉を待つ。
「残る最後の方法は……」
 その唇から紡がれたのは。