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ナビガトリア

【第四話 痛手からの回復】 2.日の昇る国へ

 エルフという種族をご存知だろうか?
 彼らは髪は金糸のようで肌は抜けるように白く、瞳は森の緑のように艶やかで、男女共に容貌はとても整っている。
 寿命は長く魔術に長け、弓を持てば一流の射手だが、自然を愛する平和主義者。
 特徴はとがった耳。人間との間に子供もできる。

 とまぁこれが世間一般でいわれるエルフの姿。
 もう少し詳しいものが言うならば、過度の人間嫌いで強烈な事なかれ主義に走る事もあり、人間との間に生まれたもの――ハーフエルフ――を極度に敵視していて、不可侵の森に強固な結界を張って閉じこもっている。と、こんな感じか。
 ハーフエルフに関しては人間側からの迫害もひどかったのでなんともいえないが……最近はそんな事は少なくなったらしいんだけど。
 アポロニウスにかけられた術はエルフによるもの。
 それを解こうとするならば、やはりエルフに助力をお願いするしかないのだが。
 ただ今エルフ族の皆々様はかなりの大きさの人類未開の自然たっぷりな島に超強力な結界を張って引きこもり中。
 人間が我が物顔で威張っている世界に出てくることなどほんの僅か。
 ただ中には魔法協会の要職についている者もいて、人とまったくの関わりをもっていないわけじゃないのが唯一の救いか。
 あたしの故郷のパラミシアなんかだと王家の使いが数年に一度位の割合で通ってると聞いたし?
 でも基本は変わらない。
 エルフに比較的友好な国からの使いか……魔法協会あたりの使いならば入れない事も無いだろう。
「そんな連中にどうやって会えと?」
 文献を読み漁ってぼそっと呟く。
 その小さな声でも響いてしまうのはちょっと驚いた。

 魔法協会桜月支部。そこの図書館。
 蔵書量はまぁまぁってとこだけど何も本を読みにここに来たわけじゃない。
 一応建前上は「あたしののろいを解く」ためにあちこち旅するので、途中経過やらなんやらをどーしても報告しなくちゃならないので、叔母さん宅で朝ごはんを頂いてこの国唯一の協会にやってきたというわけだ。
 ちなみに片道3時間。帰りもあるとなると思うと嫌になる。
 心地よいひんやりとした空気とは裏腹にどうしても大きなため息が出る。
「ひーまーだー」
 待ち時間ってのは何でこうも長いのか……
 さかのぼる事約一時間。
 あたしはここの協会に着いてすぐに受付で報告の手続きを取った。
 無論アポロニウスのことを素直に言うわけにもいかないから『家で大切に保管していたものすごく年代物のマジックアイテム』として紹介し、「古いものなのでエルフに見て欲しい」と掛け合ったのだ。
 そうしたら「ちょっと上にお伺いを」ときて今に至る。
 ダメなら駄目でさっさと言え。そんなの聞かなくても分かるだろうがっ
 少々八つ当たり気味に本をどさっと机に並べる。
 すべて呪い関連の本。多少なりともヒントを得られれば良いけど。
 諦め半分でページをめくる事しばし。
『聞いてもいいか?』
 遠慮がちなアポロニウスの声にその手を止める。
 ちろっと扉に目をやると、薄は無言のまま首肯する。
「どーぞ」
 あの様子だと誰も来てないってことだろうし、来たらきたで知らせてくれるだろう。
 流石に独り言を言う人間と認識されるのは嫌だし。
『魔法協会とは?』
「そのまんまの意味よ。魔法を使う人たちの協会」
 あたしの返事に少し間があく。何か考えてるのかな?
『そんなに魔法が使えるものがいるのか?』
「昔に比べたらいないわよ」
 今は科学の天下だもん。
 一部の人間が苦労して使えるようになる魔法と、誰でも使う事が出来る「機械」なら、どちらに軍配が上がるかなんて考えるまでもないじゃない。
『私のときもいなかったが……』
「え? そうなの?」
 あれ? 設立って何年だったっけ?
 記憶を引っ掻き回して何とか思い出そうとする。
「出来たのは確か七百年前くらいだから……前後してるんじゃないの?」
『だろうな』
 どこかやるせない雰囲気でアポロニウスは答えた。
 それきり黙ってしまったのであたしはまた本へと向き直る。
 いつまで待てばいいのかなぁ……

 世界が紅の色に染まる。
 窓の外をぼんやり眺めていると、山も畑も家々も……赤のフィルターがかかったかのよう。時折見える海は金色に輝いているけど。それはそれで綺麗なんだけど。
「一日無駄にしたわ」
 声は不機嫌絶頂。あたしの愚痴に薄は視線だけで同意する。
 結局あの後さらに一時間ほど待たされた挙句「申し訳ありませんが本人が嫌がっておりまして……」とか言ってきた。
 本人が嫌がってるんだったらもっと早くにわかるだろうが!
 無駄にした時間を返せ。
 景色は後ろへ後ろへと流れていく。
 列車に乗ることって実はあんまりなかったから結構楽しいといえば楽しいのだけど。
 それに異国の列車って、鉄道マニアでなくっても楽しいものだし。
 椅子のクッションは良いし足元のスペースも広いし、窓は広く取ってて景色は十分見ごたえあるし、速いし振動も少ないし。
 協会で邪険にされたけど、列車に乗ってるって楽しみがあるからまだましなのかもしれない。
「何のイヤガラセなのかしら」
「そう邪険にするわけにもいかなかったのでしょう」
 手元の本に目を落としたまま隣に座った薄がぽつりとこぼす。その口調にもとげがあるような気がするのはあたしの気のせいだろうか?
 声を落として問い掛ける。
「それってあたしがスノーベルだから?」
 ページを繰る音がする。薄は黙して答えない。沈黙はつまり肯定の意。
『?』
 戸惑うような雰囲気を感じ取ったのだろう。薄が小さな声で返す。
「魔法使いの名家には覚えを良くしたいといったところでしょう」
 だとは思ったけどさ。
「でもさぁ。あたしの知ってる限り、協会で要職に就いてるのってエド大叔父さんだけなんだけど?」
 あたしの問いかけに肩をすくめて答える薄。
「旦那様も名誉はありますよ」
「そね。要職に就いてるわけじゃないけど」
 『伝統』とやらに敬意を払われていると考えればいいのかしらね。
 日が落ちてだんだん闇が迫ってくる。それと同じに気持ちも落ち込む。
 こんな最初から躓いてどうするのよ……
 夕焼け空を眺めながらあたしは小さく息をついた。

 叔母さん家にたどり着いたのは大きな月が中天に差し掛かってからだった。
 疲れ果てて帰ったあたしは結構すぐにでも眠ってしまいたかったんだけど、帰る早々お風呂場に押し込まれた。
 でもそれは正解だったらしい。お風呂って疲れを取るには一番みたい。
 ほこほこといまだ温もったままの体はさっきと打って変わって軽い気がするし。
 いとこ達は明日のテストのための勉強、もしくは寝ちゃったみたいだし邪魔にならないように気をつけて居間へと向かう。
 暖めなおしてもらった夕食を頂きつつ今日の結果報告。
 って言っても、何も前進していないに等しいけど。
「やっぱり誰かエルフを紹介してもらわないとダメなのかなぁ」
 エルフに知り合いなんていないしねぇ。どうしたもんだか。
 あたしの話を向かいで聞いていたおばさんが少し考えてから言葉をつむぐ。
「一人、いないこともないわよ」
「え?」
 いるの? エルフの知り合いいるの!?
「幼馴染……に近い存在に、エルフが一人いるの。最後にあったのは私の結婚式のときだったから、正直連絡取れることに期待はしてなかったんだけど」
 その言い方をするってことは。
「取れたの?」
「ええ。あなたの事を話しておいたから」
「叔母さんありがとっ」
 ああっ 人の親切が身にしみる!! これで何とか希望はつながった!
「で。どこに!?」
 ちょっぴりどころではなく興奮して問いかけるあたしに、叔母さんは苦笑交じりに答えてくれた。
「ディエスリベルよ」
 それはパラミシアに並ぶ歴史深い国。そして、魔法協会本部のある国。

 準備期間はあわただしく過ぎた。
 飛行機の手配をしたりその国の事を調べたり――国ごとに環境だの風習だの風土病だの違うしね――協会に紹介状を書いてもらったりとちまちました事をこなすうちに数日たって。
 出発の日。伯母さんたちはそろって見送りしてくれた。
 長男の榎は淡々と、次男の柊君は逆に激しく泣いて残念がってくれた。
 楸ちゃんは笑顔でまたねの一言だけ。
「もっとゆっくり出来たらいいのに」
 残念そうな顔で椿が言う。
「何かあったら絶対に連絡頂戴ね。必ず助けてあげるから」
「ん。ありがと」
 頷くと少しほっとしたように椿は笑った。
 でもまだ何か心配なのか、ほぼ無理やりにいくつかの魔封石を手渡されたけど。
 おばさん一家に別れを告げて、そうしてあたし達は協会本部のある国――ディエスリベルへと向かった。