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ナビガトリア

【第二話 彼らの思惑】 1.かつてあったと思うこと

 扉を開けると、予想もしなかった来客だった。
「ラティオ?!」
「この子を頼みたい」
 久しく姿を見せなかった『息子』のいきなりな言葉に、さすがの彼女も眉を潜める。
「久しぶりに姿を見せたと思ったら、いきなりなぁに?」
 よくよく姿を見てみれば、旅装束を身に纏い手には昔からの愛用の鞄。
 まるで今すぐにでも旅立てるかのようだ。
 視線を下ろすと、その足元に小さな男の子。年は十にもまだ届いていないだろう。
 父親と同じ赤い髪。母から継いだ翠の瞳。
 父のマントの端を握ってじぃっと彼女を見上げている。視線は彼女の髪に釘付け。
 息子を見下ろしラティオはほんの少しだけ苦笑する。
 まるで昔の自分を見ているようで。
 彼女に初めて会ったときは、今の息子よりは大きかったから良く覚えている。
 雪のように白い銀の髪。
 『雪』など見たことがなかったから、ただただ呆けたまま見ていた。
 彼女は変わらない。あまりにも、変わらない。
 そのことに少しの嬉しさと、思い出してしまった寂しさとを表に出さぬまま、突然の訪問の要件を再度告げる。
「しばらく預かってもらえないか?」
「ユーラは? どうしたの?」
 母親にあたる人の名を上げて後ろをのぞくが、あの元気な顔はない。
 日に良く焼けた肌も、鮮やかな金髪も。どこにも見当たらない。
 あることに思いついて彼女は小さなため息をつく。
「あの子について行っちゃったのね」
 愛しくも意外に頑固で行動力のありすぎる姪の姿が思い出される。
 彼女が国を出たということは今や世界のどこでも知れ渡っている噂だ。
 無二の親友でもあり、護ると公言しているユーラのことだ。
 噂を聞いて慌てて飛び出していったのだろう。
「ラティオには悪いけど、ユーラがついていてくれるなら安心だわ」
「相変わらずの『親』バカぶりだな」
「ええ」
 ふんわり微笑んで、ラティオにとっても師である彼女は言葉を紡ぐ。
「あの子が笑顔でいてくれたら十分よ。あの子もノクスもユーラも幸せになって欲しい。
 もちろんラティオ、あなたもね。わたしの自慢だもの」
 他人が聞いたらきっと理解できないであろう。
「全部ノクスが悪い」
「そうね」
 照れ隠しのラティオの言葉にくすくす笑いながらも同意を示す。
 愛しい姪はノクスの無茶な願いを叶えてやったのだろう。
「でもあのラティオがお父さんになっちゃったのね。お名前は?」
「あぽろにうす」
 舌足らずな言い方に、座り込んで目線を合わせてにっこり微笑みを返す。
「はじめまして。アポロニウスさん」
「息子には敬語か」
「う~ん。何度練習しても駄目。あなたたち四人以外にはこうなの」
 自慢の『子ども』たちだから特別なの。
 ふんわりとした微笑に胸が締め付けられる。
 きっと彼女は気づいている。もうここには戻れないことを。
 今まで一度も隠し事がばれなかった事などなかったのだから。
「ずっと……姉とも……母とも思っていた」
「そういう言い方は駄目よ。お父さんなら責任持ってこの子を迎えに来て頂戴」
 俯いてしまったラティオを顔を下から覗き込んで少し怒ったように言う。
「成すべき事はたくさんあるわ。それを果たさないまま逃げるのは許しません」
 そこでふっと言葉を切り、ひどく優しい笑みを浮かべる。
「わたしより先に、いかないで頂戴ね?」
 ラティオは知ってる。この微笑みは彼女にとって泣いている事と同じだと。
 冗談めかした言葉は長生きして欲しいという祈り。
 この場にはアポロニウスがいる。不安にさせてはいけない。
「それはできない相談だ」
 もともと約束されている時間が……寿命が違うのだ。
 でも。
「せいぜい長生きするさ。ノクスのバカを捕まえたらすぐ戻ってくる」
「いってらっしゃい。四人で仲良く帰ってきてね」
「おとーさんいってらっしゃい!」

 そう、そうして私は師匠と暮らし始めた。
 いつまで、だったかな……?
 薄れ行く意識の中、アポロニウスはぼんやりと考えていた。