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ナビガトリア

【第一話 天文黎明】 8.暁降

「うー」
 うめき声がもれる。
 カーテンを引いているもののそれでも朝の光がまぶしい。
 ベッドから起き上がらぬままサイドボードの時計を見る。
 昨日……いや今朝か、帰ってきて眠れたのは大体四時間。
 今のところもう眠気はしない。頭もどこも痛くないし熱も無い。ただ、おそろしくだるい。
 あれだけの……最高位の攻撃魔法を使った反動にしてはかなり軽いものだという事は分かっているのだけれど。指一本動かすもの面倒なくらいだるいとは。
「あー」
『うめくな』
 サイドボードに置かれたままのアポロニウスが突っ込みを入れる。
「だってだるい~」
 いや、仰向けに寝転がったままうめき続けてる人間見るのはそりゃ嫌だろうけどさ。
『……そんなにだるいのか?』
「んーまあ。でも副作用としては大分ましなほう……」
 話してれば少しはましになるかな?
「で? 何か聞きたい事でも?」
 視線だけをアポロニウスへと向ける。
『いや、その』
 ま、聞きたいことは分かるけど。だから先に答えてやる。
「助けてもらったなんて思わなくて良いわよ。
 あの場合戦わなくちゃあたしも危なかったし」
 本当にたいした怪我もなく、何とか撃退できたから良かったけど。
 自分が怪我するのはもちろん嫌だけど、薄や特にシオンが大怪我なんてしたら精神衛生上すこぶる良くない。
「情けは人のためならず。本来の意味のように回りまわってあたしに返ってくることを期待してるっていうのもあるし」
 言葉を区切って視線をはずす。口調に苦いものが混じるのは否めない。
「イヤなのよ。見なかったことにするってのが」
 彼は黙って聞いている。
「忘れようとすればするほどそういうのって強く残っちゃうじゃない?
 後からやっぱりああすれば良かったこうすれば良かったって思うの嫌だし」
 誰より尊敬できて、誰より大好きな人のことば。
 ――怠ることは最大の罪だと思うんです――
 まぶたに浮かぶ白銀の色。優しい声がよみがえる。
「何もしなければ状況は変わらないけど、その状況が嫌ならやっぱり行動した方がいいじゃない」
『怠ることは最大の罪……か』
「そゆこと」
『そうか』
「とはいえこうだるいのは勘弁だけどね~」
『少し眠った方が良いんじゃないか?』
 奇妙に穏やかなアポロニウスの声。
「だって眠くないし」
『回復には睡眠が一番いい。目を閉じているだけでもちがうぞ』
「う~」
 いやいやながらも目を閉じる。
 なんていうか、結構世話焼きなのかアポロニウス。
 つらつら考えてるうちにいつのまにかあたしは眠ってしまっていた。

 穏やかな寝息をたてて、小さな子供のように眠るコスモス。
 本当に無茶をする。見ず知らずの自分のために。
 私がどんな人間かも知らないのに。まして、話をする変な石の言う事を真に受けて……
 コスモスが眠っても、もうあのまどろみは訪れない。
 また、朝がきた。
 もういいと思っていたはずなのに。
 それでも望むんだ……夜明けを……
「あーもうまた開けてるし」
 思考をさえぎったのは、部屋の主に遠慮してか抑えられた子供の声。
『シオンか。どうした?』
「アポロンいい?」
『……どうした?』
 あだ名をつけられたせいか、一拍遅れて反応する彼をシオンは気にした様子無く持ち上げる。
「じーちゃんとばーちゃんが帰ってきてね。話がしたいんだって」
『……わかった』
 アポロニウスの返事を受けてシオンはそっと部屋を出た。

 ――星に願いをかけましょう 月に祈りを捧げましょう 夜の魔法が解けるまで――
 懐かしいなぁ。
 ぼんやりとした意識でそう思う。
 姫の子守唄。小さい頃はよく歌ってもらったっけ。
 にしても、ずいぶんと声が近いような?
 重いまぶたを持ち上げると、目にうつる。雪の色にも近い銀。
 そう大きくない声なのに良く響いて。
「また眠っちゃうよ~」
「起きたかったんですか?」
 寝ぼけ声でそう訴えれば、くすりと笑って返してくる。
 いつも変わらぬ優しい声とその微笑み。
 見た目はあたしと同じくらい。長い白銀の髪はみつあみにして流している。
 サイドボードに視線を走らせてほっとする。
 アポロニウスはいないみたい。
 ま、その方が都合良いか。姫の存在がばれるといろいろ厄介だし。
「う~だってぇ。姫に会うの久しぶりだし~」
 間延びした受け答えはすごく間抜けだけど、頭が回んないよ眠くて。
 あたしのアミュレット……ペンダントの事だけど、あれを作ってくれたのもこの人。
 『姫』なんて呼んでるけど、どこかのお姫様なんて訳じゃなくて、それくらい偉いというか貴重というか……まぁそういう人。
「大きな魔法を使うからこんな風になるんですよ」
「わぁかってるぅ」
 長い銀髪や身に纏った青のローブとか、彼女を示す色は冷たい色が多いのだけど。
 本人の印象はいたってあったかい。例えるなら春の陽だまり。
 ぽかぽかして……ああ、またねむくなる。
「あのねーひめー」
「なんですか?」
「魔法でねー石に変えられちゃった人がいるの~」
「石に?」
 アポロニウスをこのままにしておくつもりはない。
 自分で言ったことには責任とりたい。真人間に戻して……一発殴る。
 あたしがこんなにやな目にあったんだからそのくらいは良いだろう。でも。
「本人がぁ別に戻りたいって言ってる訳じゃないのに、戻そーって思うのはぁいけないことかなぁ?」
「そんなことないですよ」
 見上げれば、姫の優しい笑顔。
「人として生まれたなら、人として終わらないと」
「そーだよねぇ」
 気のせいだろうか?
 そう言った姫が、とても悲しそうな目をしたのは。
 でも、賛同してくれた事に安心してまぶたを閉じれば、抗えないほどの睡魔が襲ってきて。おまけにまた子守唄が聞こえてきたりして。
 ああもう起きていられる訳ないや。
 あたしは心地よい眠りに身をゆだねた。

「いいよ。かわいい子には旅をさせろって言うしね」
 そんなお気楽な言葉にあたしは思わず脱力しかける。
 あたしの遅いブランチに、帰ってきたおじいちゃんとおばあちゃんがお茶で付き合ってくれているその席上。さりげなさを装って放った『旅に出たいなぁ』の一言に帰ってきたのが冒頭の言葉。
 いや。確かにおじーちゃんはこんな人だけど。
「エドワード。もう少し何か言い方が」
「そうかい?
 うちは結構みんな自分勝手に生きてるからね。コスモスが遠慮することはないんだし」
 おかーさんは十年前にボランティアの旅に出て、婿であるおとーさんは七年前に遺跡めぐりの旅に出た。まさに自分勝手。
 でもそれでいいやって思ってるおじーちゃんも変わり者だよ。
 こういうところ、姫とダブるんだよね。姫はあたしが起きた頃にはもういなかったけどさ。
 アポロニウスを何とかするにはやっぱりあちこち見て回らならきゃいけないだろう。
 それもあって反応を確かめてみたんだけど……
「コスモス」
「はいっ」
 さあ問題のおばーちゃん。ぽけぽけのおじいちゃんとは対照的な女傑。
 でもでもっ旅立ちのためにはせっとくするしかっ
「お前はその『目』で何を見る?」
 え? 何をって。
 あたしとおなじ千里眼。すべてを見通す透視の力。心の中さえも見られるようで。
「世界を……」
 自然と言葉が口から漏れる。
「『世界』を見たい」

「いやー、話分かってくれるっていいわね~」
 あたしは上機嫌で部屋で荷造りしていた。
 買える物は持っていかない。荷物は必要最低限。
『本当に行くのか?』
「こらこら当事者がそんなでどうするのよ?
 それにね、戻らなかったら狙ってくる奴いるかもしれないでしょ? 昨日のみたいにさ」
「単純に暇なんですよ」
 さらりといったのはあたしの唯一の部下。
 おいこら。その言い方は腹が立つぞ。
「それにこのまま城にいるとあちこちから見合いや縁談が」
「だまんなさい」
「失礼しました」
 嫌な事を思い出させるなーっ!
 つーか、それがあるならなおさらもっと急がないといけないじゃない!!
「とにもかくにも拒否権なし。嫌なら自分の足で走って逃げていって頂戴」
 指を突きつけて言うあたしにアポロニウスは沈黙で返す。
 これはまぁ消極的賛成……諦めたってみなそう!
 そうしてあたしは城を出る。
 空は快晴。さぁ頑張るぞ!

◇ エピローグ ◇
 学校から帰ると誰もいなかった。
 でも不思議なことじゃないので自分の部屋に行く。
 荷物を置いて、今日の宿題のプリントと取り出し机に置く。 
 と、机の上に真新しい一枚の便箋。
『旅に出ます。
 お土産待っててね♪ 姉より』
「……っの
 馬鹿姉ー!!」