1. ホーム
  2. 第一話 7お話
  3. ナビガトリア
  4. 第一話 7
ナビガトリア

【第一話 天文黎明】 7.七夜の星

 夜の町を一頭の駿馬が走る。
 家からあまり離れてはいない場所……というか家の敷地から出るのに時間がかかるんだけど。
 森の半分ほどについた頃、不意にシオンが口を開いた。
「姉ちゃんさ。何でそんなに急いでるの?」
「善は急げって言うでしょ。お喋りしてると舌噛むわよ」
「フツー夜中に出る?」
 シオンの言葉にしばし考える。
 確かに今回あたしは積極的に動いてる。焦っているといっていいほどに。でも。
 急がないといけない気がする。取り返しがつかなくなる前に。
 女の勘……それとも魔法使いとしての勘だろうか?
 シオンも何か感じているのかもしれない。軽口を叩きつつも表情は固い。
 それに、見られているという感覚は今も続いている。
 たぶん水晶球か何かで覗かれているんだろう。こちらの反応をどう取るか。
 ため息の代わりに鞭を入れて道を急ぐ。月は中天を過ぎていた。

 ベナトナシュ霊廟。
 家の代々のご先祖様の眠る場所にして観光地。しっかし……夜中に自分とこのとはいえお墓に行くって言うのはやっぱり嫌なものなんだけど……
「着いちゃったね」
 ここは霊廟の周囲をバラ園が囲んで、南側には結構大きめの広場。
 地の利があるのは悪くは無いんだろうけど。
 バラ園の手前で綺羅星を手近な木に宥めて括りつけていると、シオンが自分の杖を呼び出した。
「何するの?」
「防御の結界張る」
 成程。きな臭い事が起きなければそれで良し。
 でも起こらないとは限らないしなぁ。
「実はついて来たの後悔してる?」
「ちょっと」
 素直でよろしい。正直あたしだって怖い。瑠璃君なんか一言も話さないし。
 とはいえそんな事顔に出したらますます怖がるだろうし。
「じゃあここで留守番してて。綺羅星のことお願いね」
「うん」
「で、どの辺り?」
「多分建物の方」
 シオンの言葉に従って、あたし達は霊廟へと向かった。

 夜の闇に浮かび上がる無数の白い花。
 建材の色のせいで同じく浮かび上がって見える建物。
「なんて言うか、効果バツグン?」
『肝試しじゃないぞ』
「分かってるわよ」
 ただ軽口でも叩いてないと怖いだけで。
 にしてもなんかなー。
 どーもアポロニウスの口調がすごく投げやりというか、探さなくていいのにとか思ってるのが見え隠れしてるのよね。……その辺は終わってからゆっくりと問いただそう。
 気を取り直して建物を視る。
「人がいる……?」
 おかしいな。ここの管理は家がやってるから、こんな夜中に人がいるはずが無い。
 それに知らない顔だし。一体何者?
『見えないぞ?』
「だって建物の中だし」
『何故そんなものが』
 問いかけて何かに気づいたのか、小さく声をあげる。
『千里眼か?』
「あや博識ね」
『話には聞いたことはあったが……』
 珍しいでしょ~。家にはそんな人材がそれこそわんさかいるのだよ。
 何とか気を紛らわしつつ霊廟へとたどり着く。
「ここまで来てなんだけど、厄介だよ絶対これ」
『どうかしたのか?』
 ずっと千里眼で覗いていたから、建物の中の人がふいと体を動かした時に見えたのだ。
「見えたのよ。緑の石のイヤリング」
「待ち伏せされていた、ということですね」
 そう。寝るとこがなくて忍び込みました、なんて理由じゃなく、間違いなくあたし達を待ち構えていた。取引を持ちかけるために。
 もしかしたら妙に急いでここに来たのも、アポロニウスを媒介に何らかの術をかけられたせいかも知れない。
 普通の三階分の高さの建物。
 本当は二階建てで、中も吹き抜けになっているから天井まではかなりある。
 大きな扉を見上げて深呼吸。
 先行していた薄がノブに手をかけ。
「大変です公女。カギかかってます」
 はぁ?
「何でよ! 中に人いるじゃない」
 いや確かにあたしもカギ持って来てないけどさ。
 不審に思いながらもノブに手をかけゆっくりと……回ったぞ?
「開いてるわよ?」
「そんなはずは……」
 言いつつも薄はまたノブを握り、ゆっくりと扉を開けた。

 まっずぐに続く絨毯、正面にある女神像がステンドグラスを通した月光の中で神々しく浮き上がる。その足元には一段高くなった場所。そこに埋められているプレートにはスノーベル家の偉業をたたえる祝辞が彫られている。
 そんな静謐な場所に似合わないものがいた。
 建物の丁度中央辺り、こちらに背を向けて女神像を見上げている黒い影。
 開け放たれたままの扉から一陣の風が入る。
「お待ちしていましたよ。魔道の祖の血を引く方」
 振り向いた拍子に見えるその風貌。
 御伽噺にあるような魔法使いの黒いローブ。
 それから除く手足は枯れ木のように細くて異常に青白い。
 顔は頬の肉が削げ落ちてってことは無いけどやせぎすな感じ。
 そして、不吉なほどの深い茶の瞳がこちらを見ている。
 なんつーか、全体的に生気が無い。第一印象は『こいつヤバイ』の一言に尽きる。
「はじめまして。良い月夜ですこと。お待たせしてしまいました?」
 作り笑顔で応対し、早速本題に入る。
 だって絶対すんなり済むはずないしね。ならば先手を取って短く済ませるべき!
「たいした時間ではありませんよ。
 相談なのですが、あなたのお持ちのその石。譲っていただけませんか?」
「理由をお聞きしてもよろしいかしら」
「たいした事じゃありませんよ」
 滑らかに動いているはずの口。
 何故だろう? 一瞬それが固まって見えたのは。
「ただ、目覚めさせたいものがあるだけです。
 それに関して丁度いいものを見つけたので穏便に譲っていただこうかと」
 穏便に、ね。
 駆け引きはどっちかって言うと得意な方なんだけど。
 流石に決裂が分かりきっているものをまとめる事は出来ないなぁ。
『目覚めさせるといったな』
 ため息を押し殺すあたしとは対照的に、アポロニウスが低い声で問う。
『何を、目覚めされるつもりだ?』
「私ではそれを目覚めされる事は出来ませんでしたからねぇ」
 アポロニウスの声は聞こえていないのか、はたまた無視をしているのか。
 妙に粘っこいその声。こうして聞いているだけで不快になる。
「貴女が起こしてくださって助かりましたよ」
 ……アポロニウスを起こす事ってそんなに難しい事だったんだ。
「つまり、彼の持つ知識が欲しいと?」
 魔法使いにとって過去の知識はすっごくありがたいものだ。そりゃもうのどから手が出るくらい。
 失われてしまった知識や魔法は数多い。そして、歴史の闇に封じられた魔法も。
 しかし彼は頭を振る。
「中身など別にどうでもいいのです。我々と共にきませんか?
 そうすれば、もとの姿に戻れますよ。人であった頃に」
 中身はどうでもいい?
「公女」
 ぼそりと薄が呟く。彼には珍しい、とても固い声。
「読めません」
 なに……?
 慌ててあたしは集中して視る。
「あの方に捧げるに相応しい者はそうそういませんから」
 なるほどね……
「一つ質問いいかしら?」
 心持ち後ろに下がって言う。声が固くなるのは否めない。
「それは、どちらで手に入れられたの?」
 瞬間炎があたし達を襲う!
 でもこれは正直予想済み!
 魔封石から力を呼び出して風の結界を作り、やり過ごす。
 炎が収まらぬうちに薄が炎風に隠れた影に肉薄する!
 薄を迎え撃つ『彼』の瞳がらんらんと光っている。
 血のような色の赤い輝き。瞳に見せかけた――魔封石の、輝き。
「外へ!」
 言われるまでもなくあたしはすでに走り出してる。
 こんな時は逃げるに限る! 
 胸を張れることじゃないが、命の危機にさらされたことは一度や二度じゃない。
 だから自分ができることはわかりきってる。
 固い何かがぶつかり合う音。開いたままの扉へあと少しというときに視界が陰った。
 夜の闇より濃い黒。男のローブの色。すでに手にともっている光。
 反射的に前に倒れこみそのまま前転するのと頭上での衝突音は同時だった。
「なに!?」
『鳥が奴にぶつかったんだ!』
 鳥?
 疑問に思うと、後ろから甲高い悲鳴が飛んできた。
 と思ったら悲鳴と共に近づく羽ばたきの音。
 声の主はそのままあたしの肩にとまる。
「怖かったっす怖かったっす怖かったっすよおおおっ」
 大口――大くちばしか?――開けて喋りつつも、くわえたものは離さない。
「瑠璃君……」
「こんな事やらせるなんてマスターのオニー!」
 そーか、シオンめ中々やるじゃないか。
 つーか肩にとまるな。結構重いんだぞ君。
 でもあたしのピンチを救った上に、アポロニウスの片割れも奪ってくるなんて。
「こぉいつぅ♪ 美味しいとこもってっちゃって♪」
「うえーんボク死にかけたのにそれだけで済ますなんてコスモスさんもオニー!」
『ピンチ……なのか?』
 サラウンドへと変化したアポロニウスの突込みと、後ろで繰り広げられつつある戦闘をよそに、あたし達は外へと駆け出した。

 まったくどうしたものかしらね!
 薄には悪いがしばらく時間を稼いでもらおう。元々あたしは接近戦には向いてない。
 千里眼を駆使して相手に気づかれないところからの牽制をもっとも得意としているんだから。
 とにもかくにも、反撃するためには戦略的に一時撤退あるのみ!
 霊廟から逃げ出しバラ園を行く。ああもう無駄に広い~!!
 にしても、いい加減肩にとまってないで自分で飛んで欲しいんだけどね、瑠璃君や。
『私を渡してくれ』
「は?」
 突然の言葉に思わず問い掛ける。
 胸元からと瑠璃君の止まった肩からと。どっちからも声がする。
『他人に迷惑はかけたくない。変なことに巻き込まれることもないだろう?』
「そりゃそうかもしれないけどね!」
 変なこといわないで欲しい。危うく足を止めかけたじゃない。
 確かにできれば平穏に暮らしたいけど。
『なら、見なかったことにすればいい。最初からなかったと思えばいい』
 淡々と言うアポロニウス。小さくうめく瑠璃君の声。
 彼は知っている。その言葉はあたしにとって最大の禁句だと。
 見なかったことにすればいい。
 アポロニウスの言葉がこだまする。その言葉は嫌な記憶を思い出させる。
 見なかったことに?
 ……できるわけ、ない。
 だから断言してやった。
「ぜったいヤだ」
 それをしたらあたしはまたあの頃に戻ってしまう。
 あたしがあたしでなくなってしまう。
『いやしかし』
「決めた! あんたを解放してあげる!」
『は?』
「だからそれが成功した暁には一発殴らせなさい」
 面倒ごと? ドンとこいだ!
 嫌なことを思い出させてくれたんだ、おもいっきりどついてやる!
『いやしか』
「決めたったら決めたの! あんただって真人間に戻りたいでしょ!」
『真人間て』
「とにかく、拒否権はないわよ? 動けないんだしね」
『う』
「それに……あんたを渡しても」
 ついでであたしを殺すつもりみたいだし?
「後味悪いしね」
 心の言葉は留めたまま。別の言葉を口にする。
 それを聞いてアポロニウスは深い深いため息をついた。
 この件はひとまずこれで保留。
 さてシオンを迎えに行かないと。

 月明かりに照らされて、ぽつんと浮かび上がっている小さな影。
 杖を手にしたまま手持ち無沙汰そうに星空を眺めている。
 そう見えなくても、とてつもない力を秘めた……未完の魔法使い。
 て、そんな感慨にふけっている場合じゃないんだけど!
 大きく息を吸い込んで鋭く呼ぶ。
「シオン!」
 弾かれたようにこちらを向くシオン。困惑と恐れのようなものを貼り付けた顔で恐る恐る、といった感じで問い掛けてくる。
「え? なに?」
 ああもうまどろっこしいっ
「いいから来るっ」
 言い捨てて手をとり、踵を返してバラ園へと戻る。
 目指すは南の広場! そこで迎え撃つ!!
「なん……でえええぇぇえっ!?」
 あっけにとられたものの、文句を連ねる前に言葉は悲鳴に変わる。
「なんすかーっ!?」
 知るかああっ
 気のせいでなければ回りを火の矢が走っていったと思う。
 うわああ火事になったらどうしよう!
 とはいえ後ろを気にしていたらスピードが落ちて追いつかれる。それに。
「守り給えっ」
 シオンの呪文に応えてあたし達の周囲に薄い水の膜ができる。
 いやー便利だなあ弟って。ビバ優秀な魔法使い。
 時折周囲を走る紅の光。後ろから聞こえる水が気化する鈍い音。
「すごいっ さすがっ えらいっ」
 あれだけの呪文でこれだけの結界すんなり使っちゃうなんて!
「じゃなくてっ」
 心からの賛辞を何故かシオンは跳ね除ける。
「何やってんだよっ」
「襲われてる!」
「胸張って言うことかああああ!!」
『来るぞっ』
「薄何とかしてえええ!!」
「御意っ」
 遠くから聞こえる薄の切羽詰った声。激しい攻防が少しずつ後ろに下がっていく。
 ようやく広場にたどり着き、中央辺りまで来てから手を放す。
「シオン。アレやるわよ」
「あれって……アレ? いいの!?」
 不信そうなシオンの肩をぽんと叩いて軽く言う。
「大丈ー夫! 責任は姉ちゃんが取ってあげるから!
 元々見抜けなかったあたしの責任だし」
 ひそめられる眉。あえてそこから目をはずす。
「人間じゃないのよ。人の形してたから油断してたわ……」
 口調が苦くなるのは否めない。最初から千里眼を使っていればさっさと分かったろうに。
 人のように見えていたのは魔法による幻影。
 マネキン……いやゴーレムか?
 あの奇妙に光っていた瞳は魔封石。操ってた奴はどこか遠く……安全な場所で高みの見物してるんだろう。
 にしても、敵ながらこの手は使えるな。覚えておこうっと。
 ともあれ人でないと分かったなら遠慮する事は無い。
「英知を封じし腕輪よ。その片鱗をここに示せ」
 左手を前に突き出し呪を紡ぐ。この手に力を呼ぶための呪文。
「いでよ我が杖ウェリタス!」
 一瞬まばゆい光が手に集まり消える。あとには左手に握られた一本の杖。
 あたしは属性魔法を使わない。その理由は魔力のコントロールが出来なくて反動が来るから。
 補助魔法でさえああなのだ。攻撃魔法を使ったら倒れる事はほぼ確実。
 でも……それを回避する方法が無い訳じゃない。
「目覚めよ。天より降りし生命の源泉」
 シオンが厳かに詠唱を始める。子供らしさのかけらもないその声音。
「空へと還りて宙に舞い、寄りて集いて陰雲となれ」
 彼を中心に地面に描かれる魔法陣。
 淡い光を放ちつつ少しずつその文様は複雑さを増していく。
 二人以上で発動するほど大きな魔力がいる術。それを使えば反動はかなり少ない。
 ようはとんでもなく面倒な魔力のコントロールをシオンに一任するのだけど。
 術の発動に合わせて空の端にある星が陰る。
 少しはなれて隣に立ち、あたしも杖を両手で構えて眼前に据える。
「闇に宿りし光の覇王」
 あたしを中心にして描かれる魔法陣。
 正直こんな大きな魔法で実験した事ないから、反動は怖いのだけど。
 風が出てきて月が陰る。闇に包まれ、頼りになるのは僅かな街灯のみ。
「我が招きに応じ、その大いなる力を示せ」
 静かに、でも確実に近寄ってくる戦いの気配。
 ちらっとシオンを見やって続きを唱える。
「轟け 弾劾の怒号」
 呪文が唱和する。
 バラ園から抜け出てきた二つの影。
 別々に描かれていた魔法陣が一つに合わさり、更に大きさを広げていく。
 また一つ薄が傷を負う。
 ごめん。でもあと少し耐えて!
「奏でよ 断罪の調べ!」
 風が強い。
 薄が弾かれ地に伏せる。
 かすかに聞こえる遠雷の音。だんだん近づいて。
 集中しろ。すべての魔力を出し切ったってかまわない!
「来たれ 裁きの雷!!」
 敵を見据えて杖を上へを振りかぶる!
 応える様に空が鳴る。
 狙うは眼前の異形。迫り来るその姿。あと少し、引きつけて。
 杖を振り下ろす。
「ディウム・トナーテイオ!!」
 白い光が天より来たりて地を穿つ!
 閃光に耐え切れず目を固く閉じる。轟音で耳がおかしい。

 どれだけの時が経ったのか。
 視力を取り戻した瞳が捉えたのは――
 安堵の表情を浮かべて座り込んだ薄の姿。