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ナビガトリア

【第一話 天文黎明】 6.帳が下りる

「うー」
 ベッドにうつぶせに突っ伏したままうめき声がもれる。
 家に帰って即行で倒れて早二時間弱。一向に体調は回復の兆しを見せない。
 頭は痛いし、気分は悪いし。
 これだから魔法を使うのはいやだったのよ!
 魔導法……昨夜明かりをつけたみたいに、魔導石から石に込められた魔力を使うのはぜんぜん平気だけど、自分の魔力を使うのは意外に体の負担になる。
 フツーの人は平気らしいけどあたしの場合はこれが顕著に出る。
 風を止めた術。あの程度なら……補助魔法程度なら体にさしたるダメージは無い。
 でもやっぱり攻撃魔法となるとそうもいかない。
 とはいえあの時は魔封石なんて持ち歩いていなかったし、反撃しないのも腹が立つし。
 後先考えずにしたわけじゃないから覚悟はしてたけど辛いものは辛い。
 だからこっそりと笑うな薄! 姿消してようがあたしには見えるんだっ
 控えめにドアの閉まる音がした。
 あたしの怒りの波動を感じてかどうやら去っていったらしい。ったく。
『大丈夫か?』
「……多分」
 嘘は言わない。だってあんまり無理したって仕方ないし。
 ごろりと寝返りを打って横目でアポロニウスを見つめる。
「でさ……何か心当たり、ある?」
『……さあな』
 何だその間はとかちょっと突っ込みたい気分はあったけど、とりあえず黙っておく。
「じゃさ。前の持ち主さん関連では?」
『そこそこの資産家だったが』
「遺産争い?」
 うわーやだなー。それこそ人事じゃないじゃない?
 あたしはそんなの正直回避したいからなぁ。
 もう何もいらないよ、全部シオンにあげるっていうか任せる。旧家は面倒なだけだし。
 まぁ形見は何か欲しいかも。
 っていうか祖父母両親亡き後っていうのは考えたくないなぁ。
『いや、彼女に子はないし。
 大分前に遺産は全部どこかに寄付するだのといっていたような気がする』
 ならもう寄付はされていると考えていいのかな?
 頭痛のせいで考え事もまとまらないよ、本気で。
『良いんだぞ』
「なにが?」
『別にどこかに売り払っても。
 ……好き好んで厄介ごとに巻き込まれる必要も無いだろう?』
「そりゃね。あたしだって面倒ごとは避けたいとは思うけどさ」
 願う事なら平穏な人生を送りたいとは思うけど、この家に生まれた時点でそれは諦めた方が……っていうか諦めざるを得ないっていうか。
「おもいっきり喧嘩売られたし。プリムの頼みっていうのもあるし」
『それだけでわざわざ危険な目にあうことも無いだろう?』
 諭すような口調のアポロニウス。
「心配してくれるんだ? やさしーね」
『あんな術程度で倒れるのを目の当たりにすればな』
 ……前言撤回。イイ根性してるじゃないのさ。
「自分の身が危ないかもっていうのによく平然としてられるわね」
『……そうか?』
 なんだろう。なんか根底にどーでもいいやって思いがあるように見えるのは。
 不信を口に出そうとした瞬間、ノックの音が遮った。
「入ったよ」
 あどけなさの残る高い声。声音に少し不満そうなものが混じっている。
「入る前に言いなさい」
 視線を向けると、不満そうじゃなくてあきれ果てた表情のシオンがいた。
「ドア開けっ放しで何言ってるのさ」
「風が通って気持ち良いんだもん」
「それはともあれ、はい薬」
「ありがと~う」
 何とかベッドに起き上がってマグカップを受け取る。
 薬といっても錠剤なんかじゃなくて液体。
 薬草を煮詰めたもの……これがすこぶるつきでおいしくない。
 いや、薬においしさを求める事が間違いだってことは承知してるけどさ。
 ま、この味にもいい加減慣れたから良いけど。
「あーまずいー」
「自業自得じゃん」
「そりゃね」
 しばし薬を飲むあたしを凝視していたシオンだったが、意を決したように口を開いた。
「街中で攻撃魔法使うもんじゃないよ」
「んぐむっ」
 急に何言い出すんだかっ 気管に入るかと思ったぞ!
「急に何言い出すのよ」
「目を逸らすな。何でまた街中で魔法攻撃されたのさ」
 ……今日の事知ってるってわけね。
 アポロニウスはあたしがずっと持ってたし。
 シオンの背後に立つ薄に目をやれば、心外だとでも言うように首を振られる。なら。
「あんた、瑠璃君に姉の素行調査させてた訳?」
「何でそんなことするんだよ」
 疑いの眼差しで見れば、シオンは呆れ顔。肩の瑠璃君はぶんぶか首を振っている。
「じゃあ何でいきなりそんな事言い出すのよ?」
「学校の帰り道にウォレンさんやラナさんが次から次へと来て教えてくれた。
 危ないからって橋まで皆して送ってくれたよ」
 恐るべきご近所パワー……
 そーよね……プリムたちには気づかれなかったかもしれないけど、他の通行人とかは気づいてたよね。
「んで姉ちゃんが絶対に犯人探し出して仕返ししに行くだろうから気をつけろって忠告までもらった」
『よく分かってるな』
「本当にね」
 ああもうありがたいんだか迷惑なんだか。
「で。アポロニウスの片方探しに行くの?」
 相変わらず聡い事で。
 でもまぁ会話内容まで聞いていたのならそう思ってもおかしくないか。
「まーね。だからシオン、アリバイ作りよろしく」
「……千里眼持ってるばーちゃん相手にどうしろと?」
 うろん気に見られるとあたしも困るんだけどな~。
「それなら問題ないっすよ」
 器用に翼を動かして瑠璃君が喋る。本当にこの鳥はしぐさが人間くさい。
「台風のせいで飛行機が飛ばなくなったから、帰りが一日遅れるって電話があったって。
 さっきマギーさんが言ってましたっす」
「よっしゃ好都合!」
 何とか薬を飲み干して空のカップをシオンに手渡そうとして。
「何で受け取らないのよ」
 すると奴は満面の笑みでこうのたまった。
「置いていったら、告げ口するよ」
 子供の考える事だなぁ。後で怒られようがやった者勝ちでしょ。
「ダメよ、危ないから」
 予想してはいたんだろう。それでも腹は立つのかちょっと膨れた顔で問うてくる。
「じゃあどうやって探すのさ」
「あたしの『目』を馬鹿にしてるわけ?」
 すべてを見渡す透視の力。千里眼。
 流石におばーちゃんほどには使いこなせはしないけど、探し物には便利な力。
「片っ端からみて回る訳?」
「う」
 思わずうめき声が出る。
「使いすぎたらすっごく疲れるんでしょ?」
「まぁ」
「一時的に視力が落ちちゃうこともあるし」
「そーね」
 あああ可愛くないっ いちいち言う事が正論なもんだから言い返せないっ
「アポロニウスの魔力波動、覚えたよ」
「なにっ」
 魔力波動! その手があったっ
 魔法のアイテムというものは何らかの魔法がかけてあるからこそそう呼ばれるわけで。
 もちろんそれ自体が何らかの魔力を宿している。
 で、魔力を探知する方法を知っている魔法使いが……目の前にいたりする。
 まだまだ子供だけどこのシオン、並大抵の魔法使いじゃない。
 魔法検定でこいつが合格している級は実はあたしより上だったりするし。
 それに加えて魔法を使っての戦闘とまではいかないか……喧嘩? にはすっごく慣れている。
 この辺りは、話し出すと情けなくなるので割愛。
 戦力にはすごくなる。けど連れて行くには抵抗がありすぎる。
 せめてあと三つほど歳が上だったなら迷わないけど。
「あー……今度だけよ」
「やたっ
 じゃまた後で!」
 カップを受け取り軽い足取りでシオンが出て行ってから数秒。
「いいんですか?」
『連れて行くのか!?』
 珍しく固まった薄の声とさすがに慌てるアポロニウスの声。
「あたしだって気は進まないけどさ」
 ため息つきつつ、いそいそとベッドに横になり、上を向いて伸びをする。
「連れて行かなかったら、こっそりついて来るわよあいつ」
 きっぱりと宣言してやれば返ってくるのは沈黙ばかり。
「それで変な事に巻き込まれるよりは連れて行ったほうがましでしょ?」
『そうかもしれないが』
「そうですねぇ。公子は結構魔法つかえますもんね。公女と違って」
「一言多いわよ」
 ぶすっと言って布団を被る。ああ、あったかひ。
「少し寝るわ。後で出発ってことで」
 そういい残してあたしは心地よい眠りに包まれた。

 ふっとかげる意識。
 そうか。
 ようやくその可能性に結びつく。
 コスモスが眠りについている間はこのまどろみに落ちるのだ。
「あの娘は別の者に託したようですね」
 突然聞こえた中性的な男の声。霧のように輪郭のはっきりしない、纏わりつくような不快なその声には聞き覚えがあった。
 そう、昨夜に聞いた声。
 心なしか以前よりも明瞭に聞こえるような気がする。
「まったく強情な娘だったよ。だが、厄介な相手に渡してくれた……」
 思わず凍りつく。
 こちらの声にも聞き覚えがある。コスモスと相対し、見事に撃退された男。
 何故こんなものが聞こえる?
 考えられる事は……彼らのそばにいるという事だ。
 一組のイヤリングに封じられた自分の意識。その片割れが。
 視界は闇に閉ざされたまま。箱にでも入れられているのだろうか?
「厄介な相手?」
「コスモス・トルンクス・スノーベル。トリア・リーベリーの姫君だ……」
 最初からそうと知っていれば、あのような交渉は持ち掛けなかった。
 そういった悔恨の念が見え隠れする。
 だがアポロニウスも彼と同様に歯噛みしたくなった。
 コスモスの素性がばれている。
 彼らが何故自分を狙っているのかは知らない。
 だがこれ以上周りを巻き込むのはごめんだった。
「それが、なにか?」
「王位継承権をもっている。あまり手荒な事はできんし、もみ消しも……難しい」
 その言葉に少しほっとする。
 こう言う以上、手を出してくる確率は少なそうだ。
「成程」
 大して分かっているとは思えないもう一人の声。
「俺は降ろさせてもらう。役者不足だ」
「ええ。ではこれで」
「続ける気なのか?」
「もちろんですよ。相手がスノーベルならなおの事……」
「……何を、する気なんだ」
 会話を息を潜めて聞く。
 自分が狙われる事情。そして何より、彼女に何をするつもりなのか?
 しかし答えはアポロニウスの予想を裏切る……彼にとって最悪の答えを述べた。
「いえね。目覚めさせたいだけですよ……大きな犬を、ね」
 背筋が凍る。目覚めさせるだと? まさかあれを?
 詳しい話をもっと聞けるかと思ったが、今度は意識がはっきりと覚醒していくのを感じた。自分の意思とは裏腹にまどろみから抜け出す。

 目が醒めてからは一気に行動を開始した。夕食をとってから装備の確認。
 空は早くも闇色に染まりつつある。
 本当なら夜中に出るのはご免なのだが、思い立ったが吉日。
 それに……急がざるを得ない理由もある。
 見張られてる。
「ヤな感じ」
『なにがだ?』
「ううん、こっちの話」
 動きやすいようにシャツとズボン。
 ベルトのポーチには念のためにいくつかの魔法の道具。
 左には金属製の細いブレスレット。右には細かなビーズ細工のブレスレット。
 ビーズ、といったけど本当はすべて魔封石。
 我ながら物々しい格好だとは思うけど、昨日の男みたいな連中がいる以上、警戒するに越した事は無い。
 外に出るとすでに準場万端の薄。
 よっしゃシオンは起きてきてないな。普段あいつは寝ている時間だし……と思ったら。
 少し離れた場所で、綺羅星にしっかとつかまっているシオンの姿。
「根性ね」
「置いていこうとしてたからね」
 ……連れて行くしかないか。
 諦めて綺羅星にまたがり、前にシオンを乗せる。
「で、どっちの方?」
 聞くあたしにシオンが答える。
「ベナトナシュ霊廟。あっちの方角からするよ」
 今夜は満月。明かりに困る事は無い。

 あたし達は霊廟へと夜の道を駆けた。