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ナビガトリア

【第一話 天文黎明】 5.落日

 気がつけば、またあのまどろみの中にいた。
 ここから出られたと――ここにいられると――思っていたのに。
 暗闇の向こうから声が聞こえる。否、声が頭に響く。

――戻りたくはないか?――

 知らない男の声。
 霧のように輪郭のはっきりしない、纏わりつくような不快な声。
 だがしかし、何のことをいっている?
 戻る? どこへ?

――本来の姿に戻りたくはないか?――

 本来の……姿?
 何をいまさら……戻ったところで何になる? 何が、変わる?

――その偽りの姿から解放してやろう――

 解放?
 そんなものは望んでいない。姿がどうなろうと関係ない。
 解放なんてどうでも……いい。本当に……

――我らに身を委ねよ――

 解放……してほしいのは、

――応え――

 姿じゃなくて。

――応え――

 姿じゃ……

「おーはーよー?」

 はっきりと聞こえたのはさっきまでのものとは違う、のんびりとした声。
 暗闇が消える。世界が光に照らされる。
 あのまどろみはどこへ消えたのか、意識もすっかりと冴え渡った。
 最初に目に入るのは金の……太陽の、色。
 そしてこちらを見つめる鮮やかな紫の瞳。

『コスモス?』
 なぜかずいぶんととぼけた声でアポロニウスが答える。
 なんと言うか、初めて会った時と同じというか、寝起きというか……自分で思っておいてなんだが、石って眠るものなんだろうか?
「……やっぱり夢じゃなかったのね」
『……いきなり何の話だ?』
 心の葛藤と裏腹に声はひどく落ち着いて、変わらぬ現実を述べていた。
 こんなものを……失礼、こんなヒトをプリムに押し付けられたってことを、いまさらながらに自覚しただけのことなんだけど。
「ううん。こっちの話。
 今日はプリムたちを送らなきゃいけないから、アポロニウスの話は後で聞かせて?」
『……ああ』
 声はどこか暗かったけど、了承取り付けたからいっか。
 夕べは結局何も聞けなかったし。

 城というものは居住性には決して優れていない。攻め込まれても簡単には落とされないように、それはそれは面倒な仕掛けがいたるところにある。
 何が言いたいかっていうと、一階に下りるってだけでも大変だって事。
 案の定、きょろきょろしているお客二人を見つけた。
「おはようシレネ、レイモナ」
 あたしの方から声をかけると、二人は大きく肩を震わせてからこちらを向く。
「お……おはようございますっ」
「おはようございます」
 態度が昨日と全然違いますが。
「……いきなりこんな卑屈になられても……」
「で、でもでもっ」
「……例えどんな方が相手でも礼儀を尽くすのは当然ですわ」
 少しばつが悪そうにシレネが言う。
 劇薬だったと思うよプリム……
「昨夜は良く眠れまして?」
「あ……は……」
「良い記念になりましたわ」
 微笑んで答えるシレネ。
 なんだ、こんな優しそうな顔も出来るんだ。
 ちょっと間があったあと、少し考えるような顔をする。
「プリム、元気そうでした?」
「え? うん」
 昨日は元気いっぱいって感じだったし、どこか体でも悪いのかな?
 疑問が顔に出ていたのか、声をひそめて教えてくれる。
「実はあの子。ストーキングされていましたの」
「なっ」
「お静かに!」
 注意されて慌てて口を閉ざす。確かに廊下で大声出すと響くし。
「……本当?」
「……寮の部屋にも何者かに入られて……精神的にかなり参っていましたの」
「そう、だったんだ」
 全然そんな風には見えなかった……
「ここにもついて来るんじゃないかって心配してたんですけど……」
「それは……大丈夫だと思う。もしそうなら気づかない事はないから」
 あたしも結構いろんなのにストーカーされることは多い。
 スキャンダルを狙って報道の連中やらは後をたたない。
 だからこそ能力を駆使したり、薄っていう護衛がいるんだけど。
 少なくとも薄が何も言わないってことは昨日はつけられていないってことだろう。
 あたしの言葉に少し安心したのかほっとした表情を浮かべる二人。
 なんだ。第一印象良くなかったけど、それほどじゃないみたい。
「この旅で少しは元気になってくださると良いんですけど」
 それにはあたしも賛成だ。
 明るい朝の光が廊下に溢れていた。こんな風に、プリムの気持ちも晴れればいい。

「ではごゆるりと」
「さ。いきますわよ」
 あたしが一礼をしてからプリムたちは去っていく。
 観光名所を軽く一回りして、お土産を探しにショッピングモールに立ち寄った。
 集合時間を指定して、それまでは各自ご自由にってやつ。
 コレはあたしにとっても貴重な休憩時間。
 指定場所に馬車を止めてからすたすたと歩き出し、目的地を目指す。
 観光客向けの大通りから一つ外れた小さな小道。
 目指すは手作りの看板が微笑ましい赤い屋根の小さな喫茶店。
 おお。今日も盛況みたい。
 ドアを開けると軽やかなベルの音がして、店内の客がいっせいにこちらを向く。
「こんにちわウォレンさん」
 笑顔で店主に挨拶すれば、にっこり笑って答えてくれる。
「いらっしゃいドミナ。うちに来てくれるのは久々だな」
「ごめんね来れなくて」
 ちょっとした挨拶を交わしていつもの席につくと、ウォレンさんもすぐに厨房に引っ込んでいく。
 通りの見える窓側の席。空けておいてくれるのは嬉しい。
 常連さんだから注文も聞かれない……それは当然なのかもしれないけど、たまには別のもの頼もうかなぁ?
「元気そうだねドミナ」
「うん」
「儲かってるかい?」
「まぁそれなりに」
 観光客は素通りする地元民愛用の店だから、ここにいるのは皆知り合いばかり。
 お年を召した方が多いせいか、あたしやシオンが来ると皆かわいがってくれる。ご先祖様たちのおかげか、領主だったときからこの地の人たちとの関係はすこぶる良好。
 と、見慣れない黒服の男が店内に入ってきた。
 きょろきょろとあたりを見渡し、あたしの方へとやってくる。
 席は空いてるにもかかわらず、だ。
 警戒する薄を目で制して黙らせる。
 店内の視線がさりげなく注がれているのに、相手は気づいているのだろうか?
 考えてるうちに彼はあたしの前に立って向かいの席を目で示す。
「よろしいですかな?」
 何者だろう? 新聞記者のような感じではないけれど……相手の狙いは分からない。
『危なくないのか?』
 気配を敏感に察知したか、アポロニウスが問うて来るが、この状況では答えられるはずもない。
 正直危ないとは思うけれど……相手の狙いを知らなければ対策の立てようもない。
 それを知るためには……あえて危険に向き合うことも必要。
 こくんと頷くと、男は優雅なしぐさで向かいに座った。
 年のころは三十半ばくらい。中肉中背の、よくいる話好きなおじさんのようにも見える。
 でも、目が違う。
 猛禽類のような、獲物を狙う鋭い目。
 何度か来た、暗殺やら誘拐やらをたくらんで近寄ってきた奴らと同じ目。
 警戒は怠らぬままにっこり微笑んでみせる。
「ご旅行ですか?」
「ええまぁ。探し物ついでの旅ですがね」
「探し物?」
 そこで気づいた。男が見つめるものに。
 さりげない風を装ってはいるけれど、視線がずっとあたしの胸元のペンダント……アポロニウスを見つめている。
「実はこういうものでして」
 すっと差し出されたその左手には、細い金属製のブレスレット。
「魔法使い?」
『なに?』
「ほう。さすがスノーベルの治める土地ですね」
 魔法……正確に言えば属性魔法と呼ばれるそれは、個人専用の杖がなければ使うことが出来ない。杖は魔法協会で一定科目や実技を修了すればもらえるものなのだけれど……正直持ち運びにすっごく困る。
 それから考え出されたのが杖を『収納する魔法』を使って小さなものに封印する方法。
 コレが改良を重ねて、いまや杖自体を変化させてブレスレットに見せかける方法が主流になっている。
 とはいえこのことを知っている人間はごく僅か。
 魔法使い自体が少ないのだからしょうがないといえばしょうがないけど。
「不思議な石ですね?」
『なに?』
 アポロニウス狙いか……まぁあたしの物になったからなぁ。正直厄介事はごめんなんだけど。
 彼の声が聞こえているのかいないのか。それによっては対応を変える必要がある。
「だったらどうだと?」
 挑発的に問い掛ければにっこりと……悪人の笑みを浮かべる。
「悪いものです。捨ててしまいなさい」
「それは譲れといっているととってよろしいの?」
『何故だ? 何故私を狙う?』
 声が聞こえているのかいないのか、彼は黙したまま答えない。
「一つよろしいかしら?」
 こうした物言いになるのはしつけの賜物。慎重になろうと思うとき、逆にとっても怒っているときなどは物言いが丁寧に……格式ばったものになる。
 面と向かって交渉してきたのは何故か。
 あたしに交渉してきたのならば、その前は?
 つと鎖を持ち上げて問う。
「コレを探してらしたものなら……手に入れるために策をめぐらせたのも、あなた?」
 口の端をゆがめて笑う。話が早いというように。
「いえる事は、不幸になるという事だけです」
 あたしがプリムよりも交渉しやすいと読んだんだろうか?
 話が順当に進んでるように見えて嬉しいのかもしれないけれど、あたりの空気に気づいていないのか?
「それだけの価値があるということですわね」
 くすっと笑って言うあたしに表情を消して彼は言う。
「好奇心は猫を殺しますよ。お嬢さん」
 こう言えばおびえるんだろう。普通の子は。
 でもなぁ、こういう言い回しされるのって、いやなことに慣れてるし。
 すっと窓に目をやると。
 ああ、いるいる。
「……表の方の事をいってらっしゃるの?」
『なっ』
 絶句するアポロニウス。ふつーはこういう反応をするものらしい。
 でも、見たとこ五人くらいだし……この人数だったら普通に切り抜けられるんだけど。
 というか自分の心配した方が良いと思うのだけど。
「中々に、目ざといですね。
 それがわかっているなぐわっ」
 ほら倒れた。
 何が起こったかというと、ずっと聞き耳立ててた店内のおじさん方がそーっと近寄ってきて、男を椅子で張り倒したのだ。
「な、何を」
「やかましいっ」
 よろよろしながら起き上がった男にウォレンさんが怒鳴る。
「それはこっちのセリフだよっ」
「ドミナに何してるんだい!?」
「まっとうな話じゃないみてぇだからな。ええ?」
 ずずいと近寄るおじさんあーんどおばさん方。
 皆様農業従事者なだけあって筋骨隆々とまではいかないものの、迫力はかなりのもの。
『すごいな……』
 うんあたしもそう思う。
 可愛がってもらえてるとは思っていたけれど。これほどとは。
「あんたなんかに食わせるもんはないよ! とっとと出ていきな!!」
 そうして男は叩き出され、あたしはおじさんたちに見守られつつ、のんびりとお茶を楽しむ事が出来た。

「いい風……」
 ほぅっとプリムが呟く。
 プリムたちと合流して駅へと向かう途中のこと。確かに海風が気持ち良いのだけど。
「にしても……よく買い物なさいましたね~」
 思わず呆然とするくらいの量。良かったよ馬車に乗って。
 というか、頑張れ綺羅星。駅はもうすぐだから。
「公女」
 押し殺した薄の声に軽く首肯する。
 薄はいわゆる『ニンジャ』みたいな感じで、殺気とかそういうものにかなり敏感だ。
 交渉決裂したからには奴は脅してくるだろうと踏んではいた。
 でも、早すぎる! プリムたちがいるのはあたしには不利だ!
 なんとしても無事に送り届けたい。彼女が狙われたのはアポロニウス関連だろうし……プリムを不安にさせる訳にはいかない。
 となれば先手必勝あるのみ!
 例え先手は取れなくても何とか対応できるようにしておかないと。
 手綱を右手だけで握り締めてそっと呟く。
「英知を封じし腕輪よ。その片鱗をここに示せ」
 この弓手に力を与えるためのキーワード。
「いでよ我が杖ウェリタス」
 一瞬のうちにあたしの左手に杖が現れる。
 銀色の細い……大き目の緑色の宝珠を抱いた杖。あたしが持つ力。
『え?』
 戸惑った声に胸元を見やって思わず苦笑する。
 よくよくあたしは緑の石に縁があるんだなって。
 緑は風に揺れる木々の色。あたしの属性、風を示す色。
『襲ってくるのか?』
「そね」
 後ろに気づかれないように小さく返す。
 おしゃべりに夢中になっているみたいだから取り越し苦労かもしれないけど。
 多少ならあたしも魔法が使える。出来ればプリムたちに気づかれたくないけれど……
 どこから狙ってくるか、よね。
 一度軽く目を閉じる。そしてもう一度その目を開く。
 視界がいっぺんに開ける。
 家の中で談笑する人々、道路の下の水道。そういったものがすべて鮮明に見える。
 壁や石畳をすり抜けて……
 あたしのもう一つの得意技。おばあちゃんゆずりの『千里眼』。
 探し物には便利な力。もっとも使いすぎると、視力が落ちたようにほとんど何も見えなくなっちゃうんだけど。
 ともあれさりげなく辺りに目をやる。
「もう少し上の方です」
 上ね。
 薄の助言に従い軽く見上げると……いた。
 右の前方のレストランの二階。柱の陰に隠れるようにして杖を片手にしているさっきの男。その足元に描かれる魔法陣。
 属性魔法を使う場合には必ず術者を中心に魔法陣が描かれる。それは魔法によって変わるもので、魔法陣を見れば詠唱を聞かなくてもどんな魔法かはある程度分かる。
 魔法陣を描く光は淡い緑、ということは風の呪文。なら……
 口の中でこっそりと呪を紡ぐ。
 放たれる呪文。直線距離に建つ店ののぼりや看板が風にあおられ、飛ばされる。
 あたしは慌てず騒がず、杖を眼前にさし出し魔法を放つ。
「マラキア」
 あたしの術の干渉に、荒れていた風がぴたりと静まる。
 そのまま再び呪を紡いで男を見据えて杖を持った左手を振る。
 狙いたがわず男の左腕を掠める風の刃。血はほとんど出ていない。
 恐怖に引きつる男の顔。
 あちらからこっちの表情までが見えるはずはないけれど、醒めた顔であたしは男を見つめる。
 これは警告。次に手を出してきたら、容赦なく――潰す。
 男の背中が小さくなるのを見送ってから瞬き一つして視界を通常のものに戻す。
 なんとかのりこえた、かな?
 充実感とは裏腹に。少しずつ忍び寄る嫌な、けれどいつもの感覚。

「またね。プリム」
「ええ……コスモスも元気で」
 別れを惜しむ間にも、発車ベルが鳴り響く。
 精一杯の笑顔を浮かべて列車を見送り、ふぅっとため息。
「つーかーれーたー」
「まだ早いですよ。さっさとお戻りください」
 そこまでつっけんどんに言いますか?
 嫌な感じに頭痛が激しくなってくる。
 ちくしょう……属性魔法を使った後のいつもの反動とはいえ辛いなぁ。
「薄が意地悪言うよアポロニウス~」
『泣きつくな。しかし……また襲われないか?』
「大丈夫でしょ?」
 あれだけ脅しておけば。
 本来見えないはずの相手から攻撃されたんだから。その恐怖は並みのものじゃない。
 とはいえ一人追い払ったからそれでOKという訳にはいかないだろう。
 無論あたしはこんな状況が続くのもご免だ。
 となれば。
「ま、とっとと帰ろっか」
 明るく言って馬車に乗る。
 中天に差し掛かったばかりの太陽をまぶしく見上げて心の中でそっと呟く。
 アポロニウスの片割れをさっさと見つけてしまえばいい。
 何かがあることは確か。街中で攻撃魔法を使うのを厭わないほどの価値がある何か。
 元の持ち主が何を考えて二つに分けたのか分からないけれど、おもしろそうだからこの際乗ってやろう。
 そして片割れを手にしたら。
 迎え撃つのだ。敵を。