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ナビガトリア

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【第四話 花の都と繋がる絆】 5.逢いたい人へ

 飛行機雲の軌跡がかすかに残る空を見上げて、圭がポツリと呟いた。
「ま。逢えてよかったよなー。何年も何十年も待ってたんだもんなー」
 こうやって他人事のように話すのは、他人事にしてしまいたいからだ。
 何が嬉しくて男と抱き合わなきゃならないんだ。
 意識が戻ったときには本当に何がなんだか分からなかった。
 ……今考えれば、そのほうが良かったのかもしれない。
 口を濁すコスモスの代わりに嬉々として語る薄の話の内容に卒倒しそうになったことを思い出して鳥肌が立ちかける。
 ある意味すべての始まりともいえる広場で、朝食にランプレドットのパニーノにかぶりつく。
 やっぱり美味い。これってお供えとかしたら喜ぶかな。
「ふむふむ。それがソティルくんお勧めのランプレドットかい? 確かにおいしそうだねぇ」
「黙れ、どっか行け」
 突如わいて出た声の主を一瞥すらせず切って棄てる圭。
 しかし言われた青年はいたずら心たっぷりの瞳を煌かせて笑う。
「ひどいじゃないかケイ。あんなにもボクを口説いてくれたと言うのに」
「口説いてねぇッ ビオラにちょっとコナかけようとしただけだっ」
 よよよと泣き崩れるビオラによっぽど腹が立ったのか、今まで散々否定していたにも拘らず、さらっと本音が漏れる圭。
 そんな彼ににっと笑ってよく響くバリトンが告げる。
「だってボクがビオラだよ?
 だからボクにコナかけようとしたんだろう? ああ、なんて罪なボク」
「ちっがーうっ てめえはあのビオラじゃなーいっ」
「圭。この方が本当のビオラ様だ」
 あの可憐な少女(ビオラ)を返せと騒ぐ圭に、薄の言葉は届かなかったらしく、ぎゃーぎゃー騒いでいる。
 さて、次はどうしようかとビオラがにやりと笑ったところで、脳天に鋭い一撃が落ちた。
「何をしとるんだ貴様は」
「や、やあフォンダート。元気だったぁ?」
 涙目になりながらビオラが見上げたのは、魔導士姿の青年。
 一昨日会った時と違い、幽鬼のような形相をしていた。
「元気か、だと? どこかの誰かに殴られた上に眠りの術までかけて放置させられて元気な訳なかろうがっ」
「百年越しに恋人たち……もとい、家族が再会できたんだ。
 キミの尊い犠牲のおかげだ。感謝するよ」
「やかましいっ」
 もう一度鈍い音がして、今度こそビオラは崩れ落ちた。
「騒がせて悪かった。これは責任持って連れて帰る」
「いえいえ、大変ですね」
 圭に向き直り深く一礼する彼に、薄は同情を込めて言った。
 そんな彼に恨みがましい目を向けて、フォンダートは周りを見渡した。
「コスモス嬢はいらっしゃらないのか?」
「今日はのんびりするみたいなこと言ってたな」
「公女はお疲れですからね」
 おかげで洗濯が出来ますとにこやかに続ける薄に、フォンダートはふしぎそうに見返し、圭はあやうくパニーノを噴出しそうになった。
「な、なんてことだ。マドンナがお疲れだなんて。これはぜひとも看病に行かなければ」
 よろよろと起き上がりかけるビオラを完全に沈黙させてしまおうとフォンダートが腕を振るうより早く、小さな何かがお調子者の頬を掠めて飛んでいった。
 軽い音は、石畳に跳ね返ったコインのもの。
 放った相手はにこやかな笑顔のままビオラを見ている。
「ビオラ様は良くご存知ですよね? 俺の仕事。
 公女に害なすものは斬って棄てるってことは?」
「ハハハ、ヤダナァ。お休みの邪魔なんてしないヨ。本当だよ?」
 空はどこまでも青く、日差しは暖かく。
 乾いた笑いはすぐに人々のざわめきに隠された。

 階段を下りる足音がして、クレメンティはすぐさま立ち上がった。
 案の定、予想していた人物がすぐにリビングに顔を出す。
導師(マギスタ)、コスモス嬢は」
「寝込んでるわ。まあ、あれだけの術を使ったんだもの」
 しょうがないわよねと笑って、レベッカはソファに座った。
 本家のお嬢様の寝込むまでこき使ったとあってはマズイ。
 看病も兼ねるためにコスモスの泊まっている宿は、美術館の監査終了まで協会で貸しきることにした。ソティルにも迷惑がかかっているので、宿泊代は大分上乗せして払う予定にしている。
「寝込まれる……程度で済んでいるのですか」
「なんといっても本家だし。さすが、導星たる『スノーベル』よねぇ」
 テーブルにハーブやらを並べ始めるレベッカの言葉に、クレメンティはつい呟いてしまった。
「確かに、スノーベル『本人』は偉大な魔導士だと思います。
 でも、血を引いているから、子孫だから。
 それだけの理由で人を導くことが出来るんですか?」
 非難の混じった声にレベッカの動きが止まる。
「何言ってるの、クレメンティ」
 固い声で呼びかけられて、さっと頬に朱が混ざる。
 そうだ。この人もスノーベル家に嫁いだ人だ。反論など許されないだろう。
「そんなの当然じゃない」
 呆れの色濃い声に顔を上げると、レベッカはどうしたものかといった表情でクレメンティを見ていた。
「『スノーベル』は貴女が進みたいと思う道を示さないし、進むべき道も教えない」
「ですが」
 否を唱えかけて気づく。
 嘘だと否定していたくせに、導いてくれるものだと心の底では思っていたことに。
「導星って言葉に惑わされるかもしれないけど、要は北極星よ。
 『スノーベル』は不動のまま、魔導士の最高位にあり続けてるって意味のね」
 数種の薬草を乳鉢に入れてつぶしつつ、静かな瞳でレベッカは言う。
「東に行きたくても北極星は東を指してはくれないでしょう?
 でも、あの星が常に北にあるからこそ、どっちに進めば東かが分かる。
 自分の立ち居地を確認するための『スノーベル』ってことよ」
 有能な若者がいるのはいいことよねぇと笑うレベッカに言葉も無いクレメンティ。
 それでもまだ、『スノーベル』が一番ということには納得できないけれど。あんな術を使って見せた彼女を見る限り、ただの噂や過去の名声だけではないのだろう。
 敵視ばかりするのをやめて教えを請うてみようか?
 そうすれば、近づけるかもしれない。
「ところで導師(マギスタ)。先ほどから何を作られているのですか?」
「薬よ薬、コスモスのね。ニゲラの種子とってくれる?」
「はい」

 階下から和やかな会話がかすかに聞こえてくる。
 普通なら何の気にもならないのだろうけれど。
「……うるさい」
『そうか?』
 小さな呟きを聞いたのは、いまだ仮の姿のままのアポロニウス。
 幽霊達は成仏できたが、彼が元の姿に戻るのは一体いつになるのだろう?
 片隅でそんなことを思いつつも、思考にふけられるほどに体調はよくない。
「頭は痛いし気持ち悪いー」
『相変わらずの反動だな』
「悪かったわねー魔力制御下手でー」
 語尾を延ばしながらも返す彼女に、辛いなら話さなくてもいいのにとアポロニウスは思う。この反動さえなければ、彼女だって超一流の魔導士として活躍できるだろう。
 いや、効率が悪いとされる魔導法をあれだけ使いこなせているのだから、十分か。
『それも魔力が強大すぎるせいなんだろうが……とはいえ、良くやったなコスモス』
「つーらーいー。もう杖使わない。属性魔法使わない」
 褒めても彼女は唸るだけ。
 こんな目にあうのはごめんだとばかりに言葉を連ねるけれど。
 それでも必要に迫られたならば――嫌だといいながら、仕方ないと笑って同じことをするのだろう。
 その様子が容易に浮かんで、アポロニウスは仄かに笑う。
「コスモスさん、お水と薬預かってきたよー」
 ノックと共に入ってきたソティルに、コスモスは重い身体を何とか起こす。
「大丈夫?」
「あはは、辛いかな」
 無理に強がることはしない彼女に笑って、彼はテーブルに置かれたアポロニウスを見る。
『なんだ?』
「話してくれてるのかな?」
 不思議に思ったアポロニウスの問いかけと、ソティルの言葉はほぼ同時。
「うん、話してるわよ」
 苦い薬を少しずつ飲みつつ応えるコスモスには目を向けず、ソティルは心持ち寂しそうに呟いた。
「そっかー。もう、聞こえないんだ」
『ああ……そうだな』
 終わってしまった今となっては、束の間の不思議体験。
 もっと堪能できればよかったなんて思うのは、終わったからだと分かっていても、少し名残惜しい。
「コスモスさんたちってもう少しここにいるの?」
「まあ、多分。大叔母様たちは一月くらいは居ると思うけど?」
 何せあの美術館全部を調べ上げなければいけないのだ、骨が折れることだろう。
 ……頭数に数えられていないことだけを願うけど。
 コスモスは苦い薬をなんとか飲み終わり、口直しに冷たい水でのどを潤す。
「じゃあ、当分お休み無理かなぁ」
 二、三日でいいんだけどなと呟くソティル。
「どこか行くの?」
「うん。ストラーデに」
「ストラーデ?」
 聞き返して思い出す。
 仲の良かった子がストラーデに引っ越していったと確か聞いた。
「逢いに行くの?」
「そ」
 来月には戻ってくるって言ってたけどねと付け加えて、ソティルは恥ずかしそうに笑う。
 迷惑かもしれない。でも、喜んでくれるかもしれない。
『来月に戻って来ることは分かっていたけれど、待ちきれなかった』
 そんな風に告げたなら彼女はどんな顔をするだろう。
 呆れて笑って喜んでくれればいい。そう。あの二人の幽霊みたいに。
「く、薬もう飲んだんだよねッ 下げるから!」
 なんだか急に自分の思考が恥ずかしくなったのか、盆をひったくるように持つソティルに苦笑するコスモス。
『可愛らしいものだな』
「本当にねー」
 挨拶もそこそこに出て行った少年を見送って、彼女は疲れた身体を横たえた。
 大層な理由を並べられるより、逢いたかったから逢いに来た、そんなシンプルな理由の方が、よっぽど心に届くだろう。
 とろんとまぶたが重くなる。疲れと薬の成分と二つが効いてきているのだろう。
『眠るか?』
「うん……おやすみ」
 結局、回復するには寝るしかない。
 だんだんと遠ざかっていく意識の中で、懐かしい「星の軌跡(子守唄)」が聞こえた。
 聞きなれたメロディを紡ぐのは馴染んだソプラノ・ヴォイスではなく、深みのあるテノール。重いまぶたを何とか開けて、サイドテーブルの石(彼)を見やる。
 ほんのりとした笑みを浮かべて、コスモスは眠りについた。

 会いに来いと言いたい所だけど、動けないなら仕方ない。
 こっちから会いに行ってやろうじゃないか。
 人の、アポロニウスに。

 おしまい。