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ナビガトリア

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【第四話 花の都と繋がる絆】 4.夢が終わる日

 行儀悪くぶらぶらと足を揺らして、ソティルは暇をつぶしていた。
 館内放送に従い、外に出てからしばらくして、薄にこの部屋――昼前までコスモスと共にいた場所に連れてこられた。
「ここに置き去りにされてもなー」
 後でまた呼びに来るからと言っていたけれど、一体いつまで待ち続ければいいんだろう。
 文句を言ったのが良かったのか、軽いノックが響いて薄が顔を覗かせた。
「待たせたなソティル。元気か?」
「遅いよススキさん。何してたのさ?」
「下準備が必要だったってこと。ま、くれば分かる」
 むくれてみせても意味がなかったようで、薄はすぐさま踵を返す。
 留まっていても仕方ないのでソティルもついていった。
 廊下を行き階段を下りても、職員用通路を使っているので場所の見当がつかない。
「どこ行くんですか?」
「ソティルも良く知ってる場所だ」
「いや、そー言われても」
「ついてのお楽しみ、だな」
 どうやら教えてくれそうもないことを悟って、ソティルは口をつぐむ。
 楽しそうなのはよくわかる。で、楽しそうにしてると妙に不安になってくる。
 なんていうか……こんな人と良く付き合っていけるなぁコスモスさん。
 そんなことを考えたのが悪かったのか、急に薄は振り返ってにっこりと笑ってきた。
「え。え?」
 何このタイミングのよさッ
「もうすぐ着くからな」
「あ、はい」
 なんだ。到着を教えてくれるだけだったんだと胸をなでおろすソティルだったが、薄は心の声が聞こえるので、脳内で報復プログラムを汲み始めていた。
 ま、公女に小言いわれない程度にしないとな。
 そんなことを考えていることはおくびにも出さず、廊下を行きホールへと向かう。
 入口でソティルに道を譲るため、薄はそっと後ろに下がった。
「ほら。お待ちかねだぞ」
「あ、はい」
 なんだか妙に緊張してソティルはホールに入る。
 中央にはこの姿になる原因となった街門。
 そこに、男が一人こちらに背を向けて立っていた。
「あれ、ケイ。そんなところで何してるの?」
 皆が待っていると聞いていたのに。
 不思議に思いつつも、ソティルは圭に近づいていく。
 二人の距離が先ほどの半分ほどになった頃、ようやく圭がソティルのほうを向いた。
 その顔は、先ほどまでの良く見知った黒髪黒目の桜月人ではなく、金髪の青年に代わっていた。
「え?」
 見たこと無い人だと思った。でも、懐かしい。
 さっきまでラフなシャツにパンツだった服装も、妙に形式ばった物に変化している。
 腰に下げられた古びた短剣が、何故かとても目についた。
 その『彼』は、今にも泣き出しそうな笑顔でこう言った。
「『貴女は必ず戻ってくると言ったけれど』」
 知ってる/知らない声が告げる。知らない/知ってる言葉。
 いいえ。『わたし』は知っている。
 必ず迎えに来てくれるといった人。
 だけど戦争はひどくなる一方で、フィオーラが攻め込まれた際に、父が逃がしてくれた。
 『わたし』一人を『あの人』の国へ。
 突然の再会にびっくりした『あの人』に『わたし』が言ったんだ。
 ――貴方は必ず迎えに来るといったけれど。待ちきれなくて、来てしまったわ。
「『待ちきれなくて、迎えに来てしまいました』」
 苦笑する『あの人』の顔をよく見たいのに、視界がぼやけて仕方ない。
 そう。パラミシアで暮らした数年は幸せで……どうしようもないくらいに幸せで。
 だからこそ、置き去りにしてきた家族のことが気にかかった。
 どうしても家族の無事を一度確かめたくて、今度は『わたし』が『あの人』を置いて行ってしまった。
「『もっと、早く迎えにくればよかった』」
 肩に置かれた手の暖かさに、ますます涙腺はゆるくなるけれど、伝えたいことが、ある。
「『いいの。ちゃんと帰らなかったわたしも悪いの……ありがとう、迎えに来てくれて』」
 その胸に飛び込めば、昔のように抱きしめてくれた。
「『プリシラ』」
「『レオ』」
 長かった。とても、逢いたくて。逢いたかった。逢えて良かった。

 百年のときを越えた恋人の逢瀬にもらい泣きしているクレメンティの横で、しれっと薄が締めくくった。
「とのことです」
「……背景が分かるのは良いけれど、なんていうか」
「これでも大分意訳して糖度抑え目にしたんですよ公女?」
 心底不満そうに訴えてくる部下に、コスモスは胡乱げに視線を向ける。
 確かに背景を知るなら心を読んでしまうのが早いかもしれない。
 けれど、こいつの意訳ってあたりがなんというか……全部は信用できないというか。
「結局……どういうことなんだ?」
「昔、セシル・スノーベルの供として、レオ・セシルはこの街にやってきました。
 そこで彼女――プリシラ・アンジェリスと出会ったんです」
 コメントに困って問うたヴァレリに淡々と応える少女。
「アンジェリス……ソティルのファミリーネームと同じ?」
「ええ。血のつながりがあるかどうかまでは分かりませんけれど」
『この国ではよくあるファミリーネームだからね』
 おちゃらけたバリトンを無視して彼女は続ける。
「二人は恋仲になりましたが、戦線が拡大したことでレオ・セシルは主と共に故郷に帰ることになりました」
「そして二人は別れた、と」
 合いの手に、普通ならそこで終わりだろうけれどと小さくかぶりを振る。
 まあ、そこで終わらなかったらしいというのは薄に『プリシラ』の心境実況中継をしてもらっていたから分かるけど。
「フィオーラが戦渦に巻き込まれた際に、プリシラの家族が愛娘を疎開させるべく、身一つでレオの元へ嫁がせました」
 幸せに暮らしていればいるほどに、故郷の家族の安否が気にかかったんだろう。
 そして、それを確かめようと故郷に戻って……亡くなったのだろう。
 彼が待っている――彼を待っている。
 必ず戻ると――迎えに来ると。
 約束した。
 現在と過去が分からなくなって、それでも逢いたいという気持ちだけは変わらず。
 何年も何年も経って……相手のことも、自分のこともあやふやになっても。
 そっと抱きしめあう二人から視線を外すコスモスに、部下はこそっと耳打ちする。
「ところで公女、どうしてテンションが低いんですか? 中々に感動的な場面ですよ?」
「冷めてるくらいがあたしらしいでしょ」
 小さく返してさらに視線をそらす理由はただ一つ。
 コスモスの目は真実を映し出す。
 故に、とり憑いている幽霊同士――恋人同士の抱擁ではなく、見知った二人が抱き合っている様子がはっきりと見える。まあ、事実そうなのだが。
 感動しないわけではないが、あれだ、舞台の裏側を見てしまった心境。
 しばし抱き合っていた二人が身を離して、圭――いや、『レオ・セシル』がコスモスに向かって恭しく頭をたれた。
「『お力添え、誠に感謝いたします。コスモス公女』
「いいのよ。貴方は生涯我が家に仕えてくれた。そうでしょう?」
 穏やかなコスモスの笑みと言葉に『レオ・セシル』は深く頭をたれた。
 それから優しい笑顔でコスモスの左側――薄たちのいる方へと手を差し伸べた。
「『お前のお陰でプリシラとまた逢うことが出来た。ありがとう』」
「えっと」
『礼を言われるほどでもないけどねッ』
 少女は照れくさそうに口ごもり、おちゃらけた声が得意げに応える。
「『レオ?』」
「『わかりませんか?』」
 不思議そうなソティル――『プリシラ』にはぐらかす『レオ・セシル』。
『プリシラ』は薄たちを見つめたまま何かを考えているようだったが、ぱっと顔を綻ばせた。
「『あの子なの? わたしたちの子』」
「『ええ』」
 涙ぐむ妻に微笑んで、『レオ・セシル』はもう一度手を差し伸べた。
「『さあ還ろう。家族みんなで』」
「『還りましょう。ね、「イリス」』」
 両親に促され、少女――『イリス』は大きく頷いた。