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ナビガトリア

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【第四話 花の都と繋がる絆】 2.終幕の音

 午前中までコスモスたちが作業していた部屋に一直線に向かったレベッカは、鍵をかけてようやくほっとしたように息を吐いた。
「大叔母様?」
「ああ、ごめんなさいねー。
 ちょっとほんっきで厄介ごとだから頭いたくって」
 へらへらと笑ってコスモスに席を薦める彼女は普段どおりに見える。が、これは。
 怒ってる?
 コスモスはどちらかといえば腹芸は得意な方だ。
 貴族社会なんて華やかに見えてもそういうところ。
 裏の裏を読まなければすぐに没落してしまう。
 君子危うきに近づかずとは言うけれど、関わらなければいけないこの身が恨めしい。
「何が起きたのでしょう?」
「協会で盗難事件が起きたの」
「それは……めずらしい」
 協会にはいろんな魔法のアイテムがあるから泥棒は多い。
 とはいえ、魔法の罠も仕掛けてるから、そうそう被害にあうこともないのだけれど。
「そーなのよ。こんなときなのに困っちゃうわよねぇ」
「大叔母様は戻られなくてよろしいのですか?」
「責任者が離れるわけにいかないでしょう? 隠蔽工作されるかもしれないし」
「それはそうですけれど」
 すっかり忘れていたとは口に出せない。
 ソティルの件――ポルタ・トリフォッリオに関することだけを調べればいいのではなく、美術館全体の監査もコスモスはやらなければいけないのだった。
 もっともポルタ・トリフォッリオの件が最優先事項であることは確かなのだが。
「何を盗られたんです?」
「吸魔石を一個」
「わざわざ?」
「そう」
 首を傾げるコスモスに困ったようにレベッカも返す。
 協会で盗難の定番と言えば魔道書か魔封石が主で、吸魔石が盗られるということは無い。魔封石に比べて値段の桁が二つほど低いという理由もあるし、扱い方を間違えれば使い物にならなくなるため、うまみが少ないのだ。
「十年前の地震のときにあちこちの遺跡も崩れて、その際にいくつも発見されて持ち帰ったものなんだけれどね。古い吸魔石は価値が下がる一方なのに……不思議よね」
 心底不思議そうな顔をしているものの、所々機嫌の悪さと言うかそういったものが感じられる。
 いくらあたしの千里眼でも、怒りのオーラは見えないはずなのに。
 何故だろう、それが見える気がするのは?
「問題は、それをビオラがしたってことなんだけれど」
 ああ納得。孫がそんなことをすれば確かに怒りも……
「え」
「そうなのよっ」
 ワンテンポ遅れて反応したコスモスに思いっきり詰め寄ってレベッカは訴える。
「今までどこほっつき歩いてたか分からないような馬鹿孫がなにしてかしてるんだかねえッ」
「は、はあ」
「今回のことだって本当はビオラに囮役やらせるつもりだったのよ?
 というより、私だけ憑かれたのが悔しいから、ビオラに憑かせてしまえと思ってたんだけど!」
「えーと」
 それはひどい気がするのだが気のせいだろうか?
「周期も計算してタイミング計ってたのに!
 おかげで罪も無い男の子があんなことに」
 よよよと泣き崩れるレベッカに同意していいものか。
 とりあえず思ったことを口にしてみる。
「では、なぜ周期も近いというのにビオラは出かけたんです?」
「調べることがあるからってパラミシア――というより、本家に行ったのよ」
 はて、おじーちゃんからはビオラが来たというようなことは聞かなかったけど……行き違ったんだろうか?
 アルテ国内に戻ったものの姿をくらまし、現したと思ったら協会から吸魔石を持ち出す。
 ビオラは一体何を考えているのだろう?
「その吸魔石が今回の件に必要だった、ということは考えられませんか?」
「それならそうと私に一言あるでしょう?」
 ごもっともです。励まそうと思ったんですけど無理でした。
『……コスモス、今更だが門の吸魔石はいくつあった?』
 ためらうような固い声は、すっかり存在を忘れていたアポロニウスのもの。
「左の門柱に一つ、ですけれど?」
 ぶつぶつ物騒なことを呟いているレベッカに聞こえないように小さく答えると、長い長い沈黙の後、搾り出すような声が返った。
『あの頃は左右の門柱に一つずつ埋められていたんだが』
「復元された門には吸魔石が一つしか残っていなかった……?」
「え、何? どうしたのコスモス?」
「アポロニウスが言うには、かつて街門には吸魔石が埋め込まれていたそうです。
 左右の門柱に一つずつ。
 でも、ポルタ・トリフォッリオには左の門柱にしか埋め込まれていませんでした。
 右側はほとんど復元されたものですから、当然かもしれませんが」
 確信を持った言葉にレベッカも真面目な表情になる。
「コスモスが『視た』のなら確かね。
 ということは……ビオラ持ち出したのは、対になる吸魔石?」
「可能性は高いと思います」
 ビオラにやらせるつもりだったということは前から例のレポートを見せていた考えていいだろう。ならば、どこかからか同じ結論にたどり着いたのかもしれない。
「まあそれは本人を捕まえればいいことよね。ここに来るだろうし」
 納得がいかないのか、それとも腹立たしいのか、髪をかきあげて唸るレベッカ。
 どうやらこの話はここで決着しそうだ。後はビオラを捕まえられれば万事解決。
『コスモス、気づいているのか?』
「何のことですか?」
 未だ固い声のアポロニウスに不安を煽られて小さく返す。
『私は今まで、吸魔石が二つあると思って話をしていたんだが?』
「ええ。それが?」
 レベッカが聞いているために猫かぶりを続けるコスモスに違和感を感じつつも、噛んで含めるように彼は続けた。
『吸魔石は空気中に漂う魔力の調節のために使われるものだ。
 街門に設置されたものとて同じ。
 違うといえば、門を通過した際に魔力許容量の一割を持っていかれるくらいで』
 何を今更、分かりきったことを言うのだろう?
 そう思っていることに気づいたのか、さらに温度をなくした声が続ける。
『あの幽霊が魔力を利用して、人にとり憑いていることは確実だ。
 その魔力はどこにあった?』
「え?」
『今回ソティルにとりつく前と後で、空気中の魔力の濃度が変化したな?』
「あ……」
 念を押すように言われて、背中を冷たいものが落ちる。
 空気中の魔力を利用してとりついた。
 つまり、美術館に設置してある吸魔石では吸いきれないほどの魔力が漂っていたということ。
「もう、容量一杯ということ?」
『注意していれば昨日に比べて濃くなっていると思うが?』
 アポロニウスの指摘にコスモスは答えられない。
 魔力のコントロールが出来ない彼女は、魔力濃度の増減にひどく鈍感だ。
 だが、察することは出来た。
 基本的に魔力量の多い魔導士が三人も居座り続け、規格外の『スノーベル』たる自分がいる。周囲に漏れる魔力量は推して知るべし。
『それに言っただろう。昔のものは許容量を無視してどこまでも吸い続けると。
 おまけに片方しかない以上、壊れて周囲に魔力をまき散らかすのも時間の問題だ』
 最悪の数歩手前の状況に頭痛を覚えつつ、コスモスは顔を上げる。
「大叔母様、一刻の猶予もありません。魔力封じの腕輪を頂きたいのですけれど」
「ええ。フォンダート君はストラーデについてないみたいだから、代わりの子に持ってくるように伝えてるわ。あと二時間後には届くはずよ」
「そうですか」
 二時間で事態は急変することはないだろう、と思う。
 だが、こういったときに限って予想外の事態は起きてしまうことは良く分かっている。
「さ、そろそろ午後の調査に入らなくっちゃね」
 顔に面倒と大書きされているにも拘らず、陽気な口調で言うレベッカ。
 むしろそうでもしないとやっていけないのかもしれないが。
「大叔母様は今日は何を?」
「二階の収納庫の調査。コスモスは門の件よろしくね」
 部屋を出て職員用通路を行きつつ、レベッカは軽く笑う。
 角を曲がれば一般用通路。こっそり入りこめればいいけど。
 そんなことを考えていたコスモスの目が見知った姿を捉える。
「あら」
「お待ちしておりました、公女」
 片膝をつくとまではいかないものの、深く頭をたれる薄の姿。
 やけに恭しい彼の姿にピンと来る。
「報告を」
 ただ短くそれだけを問う。
 レベッカの目がなければ「何があった」と詰め寄っているところだろう。
「昨日、圭が会ったという少女が入館した模様です。現在二人に探させています」
「そう」
 彼女の顔を知っているのは圭だけだ。
 彼に探させておいて、報告に来た理由は分かる。
「他には?」
 ただそれだけのことを伝えるためだけに来ないだろう。
 確信を持っての促しに、慇懃な部下は口角を上げた。
「鼠が悪あがきをしているようですが、如何いたしましょう?」
「ねずみって……館長あたりがでてきたの?」
 レベッカの問いに答えは無い。
 ほの淡い笑みを浮かべるのみ。沈黙は、即ち肯定。
 往生際が悪い。逃げればそれだけで立場が悪くなるというのに。
 今なら、まだ一協会内のことで済む。
 しかし逃げ出したとなれば捜査団が腰を上げるだろう。
 個人的にはこのまますぐにしょっ引いてしまいたいところだ。
 判断を仰ぐためにレベッカを見やれば、彼女は重く頷いた。
「容疑者を逃がす訳にはいかないわ。
 見つけたら即確保して頂戴。手段は問いません」
「分かりましたわ。すぐに捕まえます」
 お墨付きをもらえれば、実力行使は厭わないとばかりにコスモスは華やかな笑みを浮かべる。
 探し物をするのに向いた「目」を持っている彼女は、すぐさま周囲を見渡す。
 ただの廊下や壁しかない場所でも、それらの障害物をすり抜けて目標を捉える千里眼。
 不審な行動をしている相手を見つけるのも時間の問題だろう。
 程なくコスモスの視線が固定される。
「薄。一階の大ホールへ」
「御意」
「コスモス。私は放送室に行くからよろしく」
 主の意を汲んで薄は走り出し、レベッカもまた陣頭指揮を執るためにこの場を離れた。
 コスモスもまた、事態を収束するべく歩き出す。
 奇しくも、役者は件の街門へとそろいつつあった。

 彼はかねてより不満を持っていた。
 古より受け継がれてきた魔法の品々は時による浸食を受けず、在りし日のままの姿をとどめ置く。その美しさをめでたいと思うのは当然ではないか。
 だというのに、魔法協会(あいつら)は権力を笠に着て彼にコレクションを引き渡せと言う。これらはすべて自分のものだ。自分が集めたものだ。
 後からしゃしゃり出てきて何を言う。
 彼の反論は法の下に棄却され、いつも協会ばかりが勝利を得る。
 粗忽者のヴァレリが何を言うか。
 相手がスノーベル? それがどうした。渡すものか。このように大切な品々を。
 彼の目利きで一級品を思える品々だけを選別し、詰めたカバンを手にしてそ知らぬ顔で見学者に混ざっていれば苦をせずとも外に出られるだろう。
 そう踏んでいたが、追手は意外なほど早く来た。
 昨日見た桜月人。黒い瞳に剣呑な光を秘めた若い男。
 視線が合った瞬間に、闇色の瞳が笑う。
 何故分かった?!
 冷たいものを背中に感じつつ、彼は走る。
 このときばかりは周りにいる見学客が鬱陶しい。
 行く手を阻む位置にいた少女を押しのけて進もうとして、彼の視線は反転する。
 倒れこむときに、グラスの割れるような高い音が聞こえた気がした。