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ナビガトリア

lycoris-radiata
【第四話 花の都と繋がる絆】 1.カウント・ダウン

 正午を告げる鐘が鳴って、コスモスはソティルをともなって部屋を出る。
 美術館横のカフェテリアで、薄たちと合流しなければ。
 パニーノと飲み物を買ってオープンテラスで待つことしばし、いつもどおりの薄と妙に元気のない圭がやってきた。
「お待たせしました」
「ううん。で、成果は?」
 せっかちに問いかける主に苦笑して、薄は小さなメモを取り出す。
「ほとんど無いようなものですね。
 今現在もこの町に住んでいる『被害者』の裏づけが取れたくらいです」
「じゃあ、大叔母さんのレポートは信用して良いってことかしら」
 ほんの少しだけ思案して、次に圭へと視線を向ける。
 と、彼はうなだれたままにパニーノにかぶりついた。
「俺のほうからは本当に何も無いぞ」
 もぐもぐと咀嚼して飲み込んでから口を開く。
「一応は噂とか調べたけどな、さっき薄に全部知ってるっていわれた」
 ああ、それは凹むか。
 ぶすっとした顔でエスプレッソを一口飲んで話し出す。
「霊が出始めたのは移された十年前からだと。美術館への移築なんて滅多にないことだからってうちの先生方も手伝いに行ったり、観に行ったりしたみたいで、その中の一人が」
「とりつかれた、とか?」
「そのとーり。でもソティルみたいに姿が変わったってことはなくて、夜になるとふらふらと出歩いて、門のあった広場に行っちゃってたって話」
「なるほどね」
 確かに知っている内容ではある。
 が、そこまで卑屈にならなくても裏づけが取れただけでもこちらにとってはいいのだが。
 生暖かい目で圭を眺め、空気を換えるようにコスモスが口を開く。
「こっちは広場で石碑を見てきたわ。うちのおじーちゃんも寄付してた」
「へー」
 いじけてるのか、興味なさそうに返事をする圭。
 話の詳細までは話していないソティルもパニーノに夢中であまり注目していない。
 人の話は聞きなさいと心のうちだけで愚痴ってコスモスは続ける。
「で、ここからはおじーちゃんに聞いた話だけど。ポルタ・トリフォッリオは百年前に建てられたって言われてるけど、『再建された』が正しいらしいわ」
「再建、ですか?」
「そう」
 カップを傾けてのどを潤す。妙に苦く感じたのは心情のせいだろうか。
「最初に建てられたのがいつかまでは分からないけれど、再建するきっかけは――大戦で破壊されたからよ」
 まぶたを伏せて告げられた言葉に三人の動きが止まった。
 かつての大国ロイエが始めた戦争は、図らずも科学と魔法の対立を作った。
 ロイエは禁忌とされている術を研究する魔導士を集め、隣国に宣戦布告をした。
 破壊のためだけに魔法が使われ、召喚獣が空を覆う。
 そういった戦争が起きた。
「歴史で習ったけど、遠い場所の話だと思ってた」
「あの戦争以来、うちも協会もすっかり肩身狭くなったみたい。
 対抗したのも魔導士だっていうのにね」
 苦笑交じりについつい愚痴ってしまうのは許して欲しい。
 地元はともかく、本当に反応がひどい場所だってあるのだ。
「ま、それは置いといて。戦争時に、セシル・スノーベル――ひいひいおじいさまが協会の魔導士部隊プラス、自国パラミシアの軍人少々を引き連れてここにいたことがあったらしいの」
「偉かったんだな、コスモスのひいひいじーさん」
「公爵家ですしねぇ」
 のほほんとする二人に問いたい。現状分かってるのか。
 こめかみを指でぐりぐりとほぐしながら、それでもコスモスは話を続ける。
「それから、ソティルに憑いている人は『星の軌跡』って歌を知ってるみたいなの。
 この歌は――広まってるって言ったらそうかもしれないけど、主に我が家に伝わってる子守唄。だから」
「セシル様率いた大戦時の駐屯部隊の可能性が高いと?」
「確証はないけどね」
 言葉を引き継いだ部下に肩をすくめて応じて、そこでようやく気づく。
 カップを両手で持ったまま、呆けた様子のソティルに。
「ソティル?」
 呼びかけに応えは無い。唇がかすかに動き、何かを呟いている。
「ソティ」
「よーやくみつけた!」
 楽しそうな口調でやってきたのはレベッカ・スノーベル。
 ランチセットのトレイをテーブルにおき、隣のテーブルから椅子を持ってきて強引に入りこむ。
「もう、ランチにいくなら教えてちょうだいよ」
「すみません?」
 不満そうに言うレベッカに思わず返すコスモス。
「えーと」
 物言いたげな視線は圭のもの。
「ストラーデ支部の導師(マギスタ)レベッカ・スノーベル。おじいさまの従兄の奥方です」
「あ、初めまして、野上圭です」
「初めまして。コスモスのクラスメイトだったのよね?」
 にこやかに挨拶を交わして、レベッカは再びコスモスを見やる。
「早期解決してね。タイムリミットはあと五日くらいよ」
「もちろん目指しますけれど」
 正直時間が少ないというのは事実だ。今のところレポートの裏づけしか取れていない。
 新しく分かったことは『星の軌跡』の件くらいか。
「調べるためにも……腕輪はまだ届きませんの?」
 カップを傾けつつ問いかけるコスモス。
 門のことを調べたいのは山々だが、魔力を盗られるのは困る。
 それによって何か起きるのがもっと困る。
「そーねー、もうとっくに届いていてもいいんだけどね」
 相槌を打ちつつも食事の手を止めないレベッカ。
 ちらちらと時計を気にしているあたり彼女も忙しいのだろう。
 小さめのピッツァを食べ終えてから手を拭いて携帯を取り出し操作する。
「でないわねぇ。フォンダート君たら何してるのかしら」
「電車内じゃないんですか?」
「それなら最初から電源を切っているはずでしょう?」
 コール音ばかりを繰り返す携帯に不満そうに見つめ、別の番号を呼び出してかけ直すレベッカ。今度はすぐに繋がったらしく、早口のアルテ語で会話している。
 話が始まってしまえばコスモスにすることは無い。ふたたびエスプレッソを堪能する。
 うん、やっぱり美味しい。
 どちらかと言うと生まれ育ちもあって紅茶の方に親しみがあるのだが、この国のエスプレッソなら毎日でも飲めそうだ。
 もう一杯頼もうかと考えていると、和やかに話していたレベッカの声音が変わった。
 顔を上げれば、眉間にしわが刻まれそうなほどに真剣な顔をした彼女の姿。
 何か起きた?
 会話内容が分からないから不安は余計に増長される。
 四対の視線を集めたまま、レベッカは静かに通話を終了させた。
「大叔母様?」
「少し厄介なことが起きたの」
 困っちゃうわ、なんて軽く呟くものの、目はいたって真剣だ。
「協会に関することだから、コスモスだけちょっと連れて行くわね」
 ここで出来る話ではないから移動しようというのだろう。
 カフェラテを一気に飲み干して立ち上がり、レベッカはすたすたと美術館に戻っていく。
「公女」
 不満そうな薄に視線でソティルを示すと、彼は不承不承頷いた。
 それを認めてからコスモスはレベッカの後を追う。
 ふと見上げた空は、雲ひとつ無い綺麗な蒼穹だった。

 真っ青なキャンバスに引かれた白い線を見つめて、彼女はため息をついた。
 眩しすぎる太陽をさえぎるために手をかざし、なんとなくほっとする。
 自分の意志で自分の体が動く。ごく普通のことがとても尊いと感じた。
「……信っじられない」
『助かっただろう? それに遅かれ早かれ協会に忍び込むつもりだったんだから』
 人に聞こえぬように小さく悪態をつけば、笑い混じりに答えるバリトンに反省の色は無い。
「それにしたってもっと穏便な方法があったでしょう」
『十分穏便だったと思うがね?』
 せめてもの反論を試みるものの軽やかに流される。
 悔し紛れに包みをぎゅっと抱き締めると澄んだ音がして慌てて放す。
 壊れでもしたら大変だ。
『終幕はもうすぐそこだ。ハッピーエンドで終わらせたいなら、こんなところでまごまごしている暇はないんじゃないかな?』
 正論を言われると腹が立つ。しかし、どうしようもない事実。
 気持ちを切り替え、前を見据えて少女は歩き出す。
『まあ、その前に主役の見せ場があるのはお約束だけどね』
 不穏な言葉は聞かなかったことにして。

「あ」
 唐突に圭が口を開いたのは、おかわりしたカフェラテが半分くらいに減った頃。
 そろそろ美術館に戻ろうかという時だった。
「どうかしたか?」
「や、あの子がいたなーって」
「あの子?」
 ソティルの疑問に何故か視線をそらす圭。
「ああ、圭がナンパした子か」
「だからナンパ違う! コスモスがいないと態度違うぞ薄!」
「主と友人とで態度が同じなのもおかしいだろ?」
 不敵に笑われて言い返せずがっくり肩を落として、圭はまた道行く人を見やる。
「さっき美術館の方に歩いていった気がしてさ。コスモスが気にしてただろ?」
「そういえば」
 言っていたような気がするなぁとソティルは昨日のことを思い出す。
 今日といい、とても密度の高い時間を過ごしているようで、なんだかすごく昔のような気もするが。
「とりあえず追いかけるか。話は聞きたいし、それに戻らなきゃな」
 薄の言葉を合図に立ち上がり、三人そろって歩き出した。
 流石に観光名所だけあって、美術館へと向かう人の波は多い。
 圭や薄のような桜月人ならいざ知らず、たった一人を探すというのは難しい。
「どこ行ったかな?」
「美術館に行くのは確かなのか?」
「ああ。予約したのってこのくらいだったし」
 あのときにはこんなことになるなんて思ってなかったからと言い訳がましく付け加える圭。そこをせめても仕方ないので、ソティルは薄に話をふった。
「入場時間は三十分ごとだから……今何時?」
「一時半。入場開始されてるか?」
「うん、ばっちり。でもまだ並んでるかも」
 カフェテリアから美術館までは一区画も離れていない。
 入場待ちで並んでいる間に追いつければ見つけやすいだろう。
 館内に入ったら探すのは難しいかも知れない。
「圭、顔はしっかり覚えてるんだろうな」
「忘れてたらさっき気づいてないだろ」
 軽口を叩きあいつつ、三人がなんとか入場口にたどり着いたときには、入場待ちの列はすっかり消えていた。