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ナビガトリア

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【第三話 花の都と彼女と縁】 4.共有した想い

 同化が進行しているソティルをあの場所に置いておくのはまずいと言うアポロニウスの言葉を受けて、コスモスたちはヴェッキオ美術館へと戻ることにした。
 道中、散々くどくど言われたにも拘らず、それでもコスモスは反論してみる。
「あれも美味しいと思うけれど」
 先ほど食べたミルクのジェラートはしっかりとした味と滑らかな舌触りで、観光地ゆえに値段は少々張ったが文句を言うほどでもない。
 だがその答えは地元民には受け入れがたかったらしい。
「駄目ですよ、このレベルで慣れちゃッ
 ジェラートはクアリタ通りのディアメトロ。ちなみにバニラがお勧めです」
 力説するソティルの後ろでクレメンティも頷いてるあたり、そのジェラートは美味しいのだろう。今度試してみるとだけ告げて会話を終了させた。
 職員専用入口から入り、クレメンティとはそこで別れる。
「僕は何をすればいいですか?」
「うーん、暇だと思うけど一緒にいる?」
 コスモスは苦笑しながらショルダーバッグを叩く。
 昨日レベッカから押し付けられた資料一式を持ってきたのだ。
「これの確認しなきゃいけないから、ずっとおしゃべりしてるわけにはいかないけど……
 手伝って欲しいことがあるかもしれないし?」
「じゃ、お邪魔します」
 気を使われていることは分かったので、ソティルは素直に申し出を受けた。
 窓のない廊下を歩き階段を上って、案内された小部屋はひどく殺風景。
 二脚ある椅子の片方に腰を下ろし、コスモスはテーブルに資料を広げる。
 なんとなく覗いたソティルだったが、書かれている文字がまったく読めなかったので諦めて周囲を観察する。
 テーブルと椅子だけの簡素な部屋。
 据え置きの棚にはラベルが貼られ、道具箱が収められていた。
 簡単な修復とかをする場所なのかな、と思う。
 圭が修復の仕事につくためにわざわざ留学してきたと聞いたときには素直に驚いた。
 そしてうらやましくも思った。
 そこまで頑張れるほどになりたい職業があるのはうらやましい。
 ユスティーナもそうだった。
 父を助けてくれた人のように、父と同じ病気で苦しんでいる人を助けたい。
 医者になるためにストラーデの学校へ行くと、そう言った。
「コスモスさんはどうして馬車観光してるの?」
 突然の質問に、資料から顔を上げてコスモスは首を傾げる。
「どうして……といわれても。
 雇ってくれるところがなかったから、自分で商売始めただけなんだけど?」
「や、そうじゃなくて。だって魔導士なんでしょ?」
『魔導士で食べていくのは難しいぞ』
「結局は学者みたいなものだしね。真理の探求者っていえば聞こえは良いけど」
「そうなの?」
「そうなの」
 アポロニウスの声の重さとコスモスの苦笑から嘘ではないと察せられるのだろう。
 だけど納得いかない。そんな彼の表情を見て、コスモスはまた苦笑する。
「うちの場合、魔導士は『なるもの』じゃなくて『ならなきゃいけないもの』だから。
 スノーベルなのに、しかも本家で、魔導士じゃないって言うのは風当たりがひどいし。
 家業だから魔導士やってるっていうのが一番の理由かな」
「家業?」
「ソティルだって家の手伝いしてるでしょ?
 珍しい職業の家に生まれたからってだけよ」
 さらりと告げて終わらせる。
 良くも悪くも、魔導士と言う職業は色目で見られることが多い。
 誰でもなれる職業ではないが、それはどの職業にもいえることだ。
「まあ嫌々やってる訳ではないし、こうやって役に立つこともあるけど。
 でも魔導士になることはお勧めできないわね」
「別になりたいわけじゃないけど……」
 そう言って口をつぐむ彼を見て、まずいなあと思う。
 ただでさえこの年頃は不安定だというのに、自分以外の誰かの感情が入ってきたのでは余計に安定しづらいことだろう。
 ちらちらと上目遣いにコスモスの様子を探る様は小動物を連想させる。
 言いたいけど言えない。
 目が雄弁に語っているので、コスモスはにっこりと笑ってみせた。
 相手がシオンならば、これでほっとして話し出してくれたが、はてさてソティルはどうだろう。
 言葉にせずとも促されていることは分かったのだろう。
 視線は合わせぬままに、おずおずとソティルが口を開いた。
「コスモスさん、好きな人いる?」
「へ?」
 あまりにも予想外な質問に素っ頓狂な声が出た。
 今までの話の流れでどうやったらそんなことになるんだろう?
「あ、ごめんなさいぶしつけで」
「いやまあ別に」
 なにやら慌てて弁解しようとするソティルに笑って答えて、内心で苦悩する。
 恋やら愛やらといった話は苦手だ。
 というより、どうにも自分の事として考えられない。
 昔、友人にそう告げた時、激しく怒られた。ついでに嘆かれた。
 それはもう子の行く末を案じる親のように。
 それ以来、なるべく無難な返答をするようにしている。
「残念ながら、いないわ」
「えっと、じゃあ好きな人がいたとして、逢いたいって思ったらどうする?」
 今度の質問には少し思案するふりをする。
 答えによって事態が悪いほうに進まないようにしなければいけない。
「会える状況なら会いにいく……かしら」
『お前の場合、逢いたいから逢いに来いとか言いそうだが』
「アポロニウスうるさい」
 人が無難な答えを出したと言うのに、何故こいつは茶々を入れるのか。
 そう思いつつも、彼の言い分を否定できない。
 なんとなくそんなことを言い出すような気もするから。
 二人のやり取りにほんの少しだけ笑って、ソティルは問いを重ねた。
「逢いたいけど……逢えない人っている?」
 思い浮かんだのは一人の名前。逢っているけれど、逢えていないひと。
 コスモスが名を答えるより先に、とても深い声が答えた。
『それこそ……山ほどいる』
 いろんな感情がない混ぜになった妙に平坦な声。
 時間に取り残された人の悲哀なんてコスモスには分からない。
 ほんの一部を察することが精一杯。
 お前に見えないものがあるのかと貴方は問うけれど、見えたから分かるというものでもないし、人より『見える』からこそ『見えない』ことが辛いのよ。
 アポロニウスの返答を、事情を知らないソティルはどう捉えたのかはわからない。
 ただ、視線で貴女はと問うてきた。
 ソティルに答えることには抵抗はない。が、聞かれるのは少々悔しい。
 困ったように微笑んで、少し首を傾げれば揺れるイヤリング。
 ぱちっとソティルが瞬きをした。
 そっかと納得したように呟いて、世間話の口調で彼は切り出した。
「その子と最初に会ったのは病院だったんだ」
 余計な口は挟まない。
 資料を脇に寄せて聞く体勢をとる。もちろん、メモを取る準備は整えて。
「その子の家も父さんがパティエンティア病にかかってて、母さん同士が仲良くなったのがきっかけでさ」
 『も』ということはソティルの父親もか。それにしても厄介な病にかかったものだ。
「今はいいの?」
「うん。お医者さんには、進行を遅らせることしか出来ないって言われてたけど、運良く魔法医にかかることが出来たから。でも」
 にこりと微笑んで、それが力ない笑みに変わり、がくりと首が落ちる、
「すっごく高いんだよね、治療費」
「……否定はしないわ」
『回復魔法も病気の治癒となると難しい上に触媒もいるからな』
「うん、そう聞いた。うちは結構な額の借金を背負っちゃったけど」
 それでも納得いってないのだろう。不満そうな顔でソティルはため息をついている。
 ため息をつきたいのはこっちの方だと、一魔導士として彼女は思う。
 そもそも一つの魔法で怪我も病気も治るのならば、医学なんて発達しないだろう。
 魔法医は患者の症状にあわせて術を組み合わせたり、創り出したりしなければならない大変な職業だ。
 アポロニウスの言うように、触媒が必要な術もあるし、魔術に関わる品は皆高い。
 事実を言っても、中々信用してはもらえないのだろうけれど。
「で、その子のほうはうちよりマシだったみたいで。
 医者になるんだってストラーデの高校に引っ越したんだ」
 ポツリと呟く言葉はとても悲しそうで。やりきれないような顔で苦笑する。
「行こうと思えば行けない距離じゃないんだけど」
 逢いたい人、逢えない人。
 それが――同調した感情(理由)。
「だからって訳じゃないけど、逢わせてあげたいなぁって思うんだ。
 なんか他人事じゃないって言うか……今、こんなだからそう思うのかもしれないけど。
 逢いたいって気持ちはおんなじだと思うし」
 ぱっと顔を上げたのは、頭をなでられたせいだろう。
 慌てて逃れようとする彼にかまわず、コスモスはくしゃくしゃと彼の頭をなでる。
「頑張って色々と調べないとね。手伝ってくれるわよね?」
「手伝う。手伝うからっ」
 赤面して怒鳴る様子は実家の弟に良く似ていて、コスモスはますます笑い出す。
 シオンは大きくなったんだろうな。
 ほんの少し――少しだけ寂しさを感じながら。