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ナビガトリア

lycoris-radiata
【第二話 花の都のとある怪談】 5.調査、開始

 人の数がすごい。多いとかじゃなくて、すごい。
 呆れとも感嘆ともつかぬ息を吐いて、彼女は目的地へと急ぐ。
 脇に抱えていた細長い包みを胸に抱きなおす。
 スリにでもあったら目も当てられない。
 もうすこし。もう少しでたどり着ける。

 路地を行き、たどり着いたのは広場。
 地元民と観光客が入り混じり、屋台の人寄せの声が響く、ごく普通の広場。
 目的のものを探すべくきょろきょろと辺りを見回し、少女は呆然と呟いた。
「うそ……ない」
 ここに門があるはずだった。白い石造りの街門が。
 風化してはいても、まだしっかりと建っていると聞いていた。
 しかし、彼女の目に映るのは広場。
 中央に小さな記念碑がある以外はベンチと屋台のあるごく普通の広場である。
『おや。間違えてしまったのかい?』
「そんなこと。ここであってるはずよ。父様はそうおっしゃっていたし」
 なおもきょろきょろと辺りを見回す少女を不思議に思ったのか、男が一人寄ってきた。
「どうかしましたか?」
 問いかける声は穏やかだったが、多少警戒しつつ少女は男に向き直る。
 年のころは少女と同じくらいか少し上だろう男性は、黒髪に黒い瞳を持っていた。
 地元民には見えないが、旅行者のように浮いてもいない。
「あの、ここに街門があったはずなんですけど」
 もしかしたら何か知っているかもしれないと、まっさらな広場を示し一応問いかけてみる。男性は瞬きを一つした後、ああ、と納得したような声を出した。
「十年前までは確かにここにあったらしいですよ。
 地震で崩れちゃったって聞きましたけど」
「そ……うなんですか?」
 予想外の答えにめまいを覚え、少女は大きく肩を落としてうなだれた。
 ここが唯一と言っていい手がかりだったのに。どうしよう。
「そんなに見たかったんですか?」
 あからさまに落ち込んでしまったせいだろう。
 やや気遣わしげな声で問いかけてくる男性に、少女は重く頷き返す。
 門以外の手がかりは無い。
 もう『その時』が来てしまっているのか、それともまだなのか、知ることもできない。
 ……わたしはこのままこのおちゃらけた奴と付き合っていかなければならないの?
「確かヴェッキオ美術館で、復元されて展示されてるはずですよ」
 おずおずといわれた言葉は、最初耳に入らなかった。
 瞬きを二度三度。そうしてようやく理解する。
「本当ですか?」
 あまりに勢い良く顔を上げたせいだろうか、男性は少々のけぞりながらも答えてくれた。
「うん。完全に移すのは無理だったし、破損もしていたから部分的にオリジナルを使って復元されたって話だけど」
「その美術館はどこに?」
 意気込む少女を宥めるように苦笑して、青年は何故か携帯を取り出した。
「残念だけど、そこって予約なしでは入れないんだ。ちょっと待って電話かけるから」
「え、でも」
「いいからいいから。困ったときはお互い様」
 断る間もなく操作される携帯。
 肩ではさむ様にして電話を固定し、青年は取り出したメモに何かを書き付けていく。
『強引だねぇ。やっぱり君の見目が良いから世話やいてくれるんだねぇ』
 うるさいと胸中だけで少女は返す。
 人前で話しかけないで欲しい。
 ただでさえ人の神経を逆なでするような言動が多いのだから。
「何人分予約すればいい?」
「え、あ、一人で」
「一人ね」
『上の空だと怪しまれるよ? 都合よく誤解されるかもしれないね』
 くすくすと笑い声さえ聞こえるような言い草に、ますますむっとする少女。
 不機嫌さを悟られないよう心持ち俯いていたが、目の前にメモを差し出されて顔を上げた。
「これが予約番号。受付に見せればチケットが買えるから。一人分でいいんだよね」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 メモを渡して青年はさっさときびすを返していった。
 正確には行かざるを得なかった。彼の友人は時間にとてもうるさいから。遅れでもしたら立て続けに嫌味を連発してだろう。それだけは勘弁願いたいと、圭は待ち合わせ場所へ急いだ。
 去っていく男の背を見送って、少女はなんとなく息をついた。
 世の中にはいい人がいるものだなぁと感じる。特に、このおちゃらけた相手につき合わされてからは。しみじみと強く思う。
 『出られると思っているのかい? ここから、一人で?』
 どこか楽しげにすら問いかけてきたバリトンは、少女の不利を知っていて提案を持ちかけた。それが、今のこの状態。
 あそこから出るため、『舞台』に間に合うにはしょうがないと思ったのだが、早まったかもしれないと後悔するときはある。
 それでも、今することが……できることが、ある。
 きゅっと口を引き結び、少女は次の布石を打つべく歩き出した。

 渡された資料には館内に収蔵されている品が事細かに書いてあった。
 その量にも嫌になるが、こうしてぱらぱらとめくるだけでも厄介そうな単語が山ほど目に入ってくるからますます嫌になる。
 魅了の船首像(アタランテ)に微笑む絵。呪いがあるといわれる宝珠に貴人の遺品。
「色々あるわねぇ。曰くつきの代物ばかり集めてるんじゃないの?」
『古いものには何がしかあってもおかしくは無いがな』
 神妙そうに呟くアポロニウス。
 もしかしたら彼も似たような目にあったことがあるのかもしれない。
 軽口を叩きながらもコスモスは門のある展示ホールへと向かう。
 ソティルが倒れた直後に見学ルートの変更を行ったため、時折声だけは聞こえるものの、彼女のほかに人影は無い。
 静かな美術館を独り占めする機会は中々無いものだが、展示品の古さでも稀少度でも実家に軍配が上がるのはいかがなものだろう。
『にしても、あれだけのことがあって営業するのだな』
「噂を立てられたくないんじゃない? 休業なんてしたらますます変な噂たつから」
『分からなくはないが……いいのか?』
「さてね。そこまでの権限はないし。大叔母さんがきっと抗議してるでしょ」
 世界的な観光名所だから、悪い噂が広まるのはきっと早いことだろう。
 おまけに目玉とも言える展示品だ。
 これを目当てに来た客からはさぞ不満が上がってくるに違いない。
 それでも、何が起こるか分からない以上、慎重になって欲しいものだが。
「でも本気で使われることになるのね、あたしってば」
『お前の目は便利だからな』
「自覚はあるけどね」
 ホールの入口で立ち止まる。
 位置的には先ほどとは逆になるが、まあ問題ないだろう。
 コスモスは軽く息を整えて一度目を閉じ、ゆっくりと開く。
 一変して開ける視界。
 隣の展示室で絵画に見入る人々。
 パイプスペースの中に収められた道具。
 壁や柱をすり抜けて、それらが鮮明に見える。
 コスモスの奥の手の一つ、祖母から継いだ『千里眼』。
 探し物には便利な力なのは言うまでも無い。
 隠しているもの、隠そうとしているものをすべて見破ることが出来るのだから、監査にはもってこいだ。とはいえ集中を要するし、使いすぎると視力が落ちたようにほとんど何も見えなくなってしまう弊害もある。
「ふーん。復元って言っても、元の材料も一部使われてるんだ」
 上から下までざっと見たところ、色の違う継ぎ目がぽつぽつと見受けられるが、それ以外にはヘンなところは見当たらない。
「特に何も見えないわね」
『そうか』
 アポロニウスの応えには納得のいかない様子が滲んでいる。
 確かに何も無いのならばソティルがあんなことになるはずは無いし、タイミングからして怪しいのはこの門だ。かといって原因だと断言できない。
 他に何か怪しいものは無いだろうかと門のほうへ足を踏み出したコスモスに制止の声がかかる。
『近づくなコスモス』
「え? なんで? 近くに行かないと調べられないじゃない」
 見るだけならばここからでも可能だが、見るだけでは分からないことも多い。
 故に疑問を返すコスモスに、アポロニウスはいたってまじめな声を返す。
『お前の魔力を吸われる可能性がある』
「どういうこと?」
『私の時には、街門には吸魔石が埋め込まれているものだった』
「どうして?」
 吸魔石は過剰な魔力を吸い取るものだ。
 故に魔力の集まる場所――魔法の道具や魔導士の集まる場所くらいにしか設置はされない。
 この門がいつ設置されたかは分からないが、アポロニウスの時代に比べて少し下っているのではないだろうか?
 それでも念のためにともう一度よく見てみれば、向かって左の門柱に吸魔石が埋め込まれていた。
「埋め込まれてたけど……どうして?」
『ベルが……お前の祖先(スノーベル)が魔法協会を作ったのは何のためだったか、知らないはずがないだろう?』
「魔導士か否かを見極めるためってことね?」
 問いかけの形をとってはいるが、疑問ではない。
 アポロニウスの応えはない。沈黙は肯定の証。
 魔法とは……いや、魔とは本来この世にはない力。
 魔法を使うものは人間じゃないといわれていた時代は長かった。
 現在でさえ魔導士に対する風当たりは強い。
 『スノーベル』は、魔導士の代名詞ともいえる一族。
 どういう道程を経たかなど、改めて説明されるまでもない。
『ちなみに埋め込まれているのは特別性で、門をくぐる者の総魔力量の一パーセントを吸い取る機能を持っていた』
 なるほど。そうすることで魔力の高いものを選別していたということか。
「じゃあ、あたしはとにかくあれに近寄らない方がいいってこと?」
『当然だ』
 常日頃から規格外と言われているコスモスの問いかけに、呆れすら滲ませて答えるアポロニウス。
『吸魔石の許容量に余裕は無いだろう。確実に砕けるぞ』
「ちょっと、砕けるの確定な訳?」
 埋め込まれていると言うことは建て替えない限り吸魔石の交換は出来ない。
 そのため、容量はかなり大きいものだと思うのだか。
『今までに何人が通ったと思ってる?
 いつから魔力が溜められているかも分からぬ上に、同じ一パーセントでも器がコップとプールじゃ違うだろう』
「あたしの魔力量はプールなの?」
 彼女のもっともな意見に、言い聞かせるようなアポロニウス。
 その例えはいくらなんでも言いすぎじゃなかろうかとの言葉を飲み込んだコスモスに、彼は容赦なく補足を添える。
『一般人がコップ。一般的な魔導士の平均がサラダボウルでお前がプール。
 師匠は……湖だろうな。たまに対策忘れてて、訪れた街の吸魔石破壊しまくっていた』
「湖……」
 一般人との比較は納得できないことがあるが、賢者と比べられると納得する。
 納得させられてしまったということは、アポロニウスの例えはそれほど外れてはいないのだろう。悔しいが。
「ちょっと待ってよ。じゃあ、あれ調べられないってことじゃない」
『魔力封じとか持ってないのか?』
「……協会にならあるかも」
 魔法を発動させないように魔力を封じる腕輪型のアイテムが確かあったはずだ。
 簡単に借りることが出来るかはわからないが、そこはレベッカの手腕に頼るしか無いだろう。
「先に他を調べるしかないか」
『そうだな、頑張れ』
 ソティルのことは気にかかるが、調べられない箇所で詰まっていても仕方ない。
 諦めてコスモスはさっさと踵を返した。
 やらなきゃいけないことや、調べるべき場所はまだまだたくさんあるのだから。

 人波に乗って、時に逆らい。
 基本的な見学コースを見終わった頃には空は茜色に染まっていた。
「本当助かったわー、ようやく介入できてメス入れられたわ。ああ長かった!」
 機嫌よく食前酒を召し上がるご婦人。
 対して向かいの淑女は少しむくれたように前菜に取り掛かっている。
「大叔母様。最初からわたくしを利用する(つかう)つもりでしたのね?」
「うふふ、ばれた? せっかくコスモスが来るんだもの、有効活用しなきゃ」
「本人を目の前にしておっしゃる言葉ではないと思うのですけれど」
 ちょっとしたお礼と称してレベッカがコスモスを誘ったのは穴場だというリストランテ。
 断る理由がなかったからついてきたが、このレベルの料理なら文句は無い。
 茄子のフランを美味しく頂きながら、それでも文句を述べる彼女に苦笑しつつ、レベッカは裏を明かしてくれた。
「だって上層部のほとんどが癒着してるのよ?
 おまけに物的証拠は無いし、状況証拠も弱かったし、下っ端相手だったら間違いなく黙らされちゃうわ。
 その点コスモスなら、他支部所属だけどスノーベルの血族、しかも本家だもの。
 あなた自身に権力は無いけど、だからって発言が軽んじられることもないし、圧力なんてかけられない。最適じゃない」
『なんというか、彼女にとっては渡りに船だったんだな』
 飛んで火に入る何とやらじゃなかろうかと心中だけで思って、運ばれてきたメイン料理を切り分ける。レベッカに彼の声は聞こえないのだ、わざわざ答える必要も無いだろう。
「妨害が目立つようだったら好きなところに訴えるなり通報なりして良いから。
 あと、魔力封じの腕輪は間違いなくお願いされたから」
「通報はわたくしでなければならないのですか?」
「貴女と他の魔導士とじゃ信頼性と相手側の受け取り方の差がでるもの」
 言外に自分でしろと訴えたのだが、あっさり笑われて却下された。
 それにしてもそんなに自分の発言は重いのだろうかと自問する。
 すべてはご先祖様の功績あってのことなんだろうけれど。
「大叔母さんだって美術館につめて色々調べるんだから。
 内部監査と外部監査で埃を一網打尽よ。
 あ、ちゃんと石像も探してるから安心してね?」
「はぁ」
 それはありがたいと言うか、それをしてもらわないと困ると言うか。
 焼き野菜のプロヴォラチーズ掛けを黙々と片付けながら、視線をレベッカの後ろに向けると、明らかに場慣れしていないソティルの姿が目に入った。
 彼の対面には薄がいるが、こちらは容姿以外はそれほど浮いていない。
 内部に関わる話だからと席を分けられたものの、先ほどからレベッカはさぐるような視線を向けてくる。別の思惑もあるんだろうなと思っていたら、食後のビスコッティが出てきたところで案の定切り出してきた。
「でねコスモス。例のアポロニウスさんだけど」
 そら来た。
 目をきらきらさせて返答を待つレベッカを抹殺するように、コスモスはことさらゆっくりとエスプレッソを味わう。
「いくつ位の人なのかしら? ぶっちゃけて言うとお婿に出来そう?」
『……お前の親戚は皆こうなのか?』
 言わないでアポロニウス。あたしもすっごく困ってるんだから。
「つりあうようなら良いじゃない?
 めんどくさい親戚はいないし、今は廃れた知識を持ってるし。
 何より今の時代、魔導士なんて奇特な商売選ぶ人は少ないし」
「大叔母様、本人いるのですけれど」
「だから言ってるのよ? お婿に来ない?」
 不思議そうに告げるレベッカにアポロニウスは沈黙のみを返す。
 どっちにせよ聞こえないだろうが。
「絶句されていますわ」
「ああ、突然すぎたものねぇ」
『それだけか。そういう問題なのか?!』
 いっそのこと会話できてれば良いだろうにと思いつつ、コスモスは知らぬ存ぜぬとばかりに、こりこりとビスコッティをかじる。
 恋愛至上主義。
 この国を表す形容詞として時折使われる言葉があながち間違いではなかったんだなぁと実感させられた。