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ナビガトリア

lycoris-radiata
【第二話 花の都のとある怪談】 4.それぞれの思惑

「もう……行くの?」
「はい」
 『わたし』の問いかけに、彼はすまなそうにうつむいた。
 引き止めたい。その想いは本当でも、顔に出しちゃいけない。
 (わがままを言っちゃだめ)
 ふわりと頭がなでられて、そのまま髪を優しく梳かれる。
 『わたし』の好きな彼のクセ。彼が好きだといってくれた『わたし』の金の髪。
「必ず……必ず迎えに来ます」
 訥々とした話し方も、出会った頃のまま。
 祖国から遠いこの地まで、主君について来たからこそ逢えた人。
 主に忠誠を誓っているからこそ、別れなければならない人。
 ほんとうは今すぐにでもついていきたい。出来るならさらって行って欲しい。
 でも……自分の身分では『わたし』とつり合わないと、いつも気にしていたから。
 まじめで、真面目すぎて損をすることも多い彼。
 そんなところも好きだから、ワガママなんていえない。
「その時は、私の国へ来てくださいますか?」
「ええ……ええ!」
 いつになるか分からない約束。
 だけど、嬉しくて寂しくて泣く『わたし』を、彼はそっと抱きしめてくれた。

 ――知らない光景、知らない話。
 いつの時代のことだろう。
 礼服に身を包んだ……多分軍人と、着飾った娘。
 体は自由に動かないけれど、娘の心境は伝わってくる。
 ああ夢か、とソティルは思う。
 何でこんな夢を見てるかわからないが、夢は大抵突拍子もないものだ。
 男は何も言わず娘を抱きしめたままで、娘も何も言わず泣いているだけ。
 連れて行ってやればいいのに。
 娘が見上げているのだろう、ぼんやりとしか映らない騎士に向かって悪態をつく。
 置いていかれることが、いつまで待てばいいか分からずに待つのがどれだけ辛いか、分からないのかよ。
 それでも、やはりソティルの声は届いていないのだろう。
「待ってるから、だから、早く迎えに来て」
 灰色にぼやけていく視界の中、懇願する娘の泣き声だけが鮮明に聞こえた。

 声が聞こえた。
 片方は澄んだ女の声、もう片方は少し気取った男の声。
「何度も申し上げるようですが、管理は徹底しております」
「でも、実際に起こっておりますわ」
 心底困ったといわんばかりに、ため息をついて女は続ける。
「今でもこれほどの濃度ですもの。早急な対策をとるのは当然でしょう?」
「しかし検査は定期的に行っております」
『吸魔石が交換されているなら、起き得ないな』
「それはどのような検査ですか?」
 何の話だろう?
 それに、後から追加された男の人の声。妙にこもったように聞こえたなぁ。
 どこかぽやっとした気持ちのままに瞳を開けば、見知らぬ天井が映った。
「起きたか?」
 問いかけに視線を少し上に動かせば、心配そうに覗き込んでいる男の姿。
 黒髪黒目の桜月人。ケイとは違って厳しい目元をした年上の人。
「え……と、ススキさん?」
 何とか客の名前を思い出せば、ほんの少しだけ彼は目を和ませた。
「記憶喪失とかにはなってないみたいだな。体調は?」
 安心したように問いかけられて、ソティルは改めて体を見てみる。
 動かないところも痛いとこもない。顔を動かした瞬間に、ウェイブがかった金の髪が目に映ってちょっと気が遠くなりかけたけれど。
「うん、だいじょぶ。
 ちょっと、夢だったらいいなとか思ってたけど、現実?」
「現実」
 きっぱりはっきり答えられれば、いっそ清々しい。
 起き上がる気力がなくて、頭だけを横に動かす。
 寝かされているのはやわらかいクッションのソファ。
 頭のすぐ横に薄が座っていて、目の前にはテーブルが一つ。
「古代の美術品には魔法の道具が多いのですから、管理に気をつけてくださらないと」
「魔法に関しては万全の準備をしております」
 テーブルを挟んで対決しているのはコスモスと、目も体つきも細めの神経質そうな壮年の男性。
「吸魔石はどちらに、どれほどの数を設置されていますの? 交換の周期などは?」
「年に一度、協会の魔導士に依頼しています。今回のことは不幸な事件で」
「展示をされているということは、審査に合格してらっしゃいますのよね?
 証明書は近くにございませんでしたけれど」
「それは……」
 次から次へと質問を浴びせるコスモスに男性が口ごもる。
 元々魔法には詳しくないのだろう事は簡単に察せられた。
『素人を苛め抜くことはないだろう?』
 苦笑したようなアポロニウスにコスモスは答えない。
 言われなくても彼女だってよく分かってる。
 今のこれはただの時間稼ぎ。
 本当に舌戦する相手は彼じゃなくて、ここの管理を任されている魔導士だ。
 もっとも、双方でグルになって手抜きしている可能性がある。
 ソティルが倒れた直後に協会に連絡はしてあるから、そろそろ責任者が飛んできてもおかしくない頃だけど。
 答えが出ないのか、しかめつらしい顔で沈黙を守る男性。
 逆にコスモスはにこにこ笑顔のままで相手の反応を待つ。
 そこへ、控えめなノックが響いた。
 明らかにほっとした様子で男が席を立つ。
 安心したのはコスモスも同じこと。
 これでようやく話が進むだろう。良い方にも、悪い方にも。
 入室の許可を得てやって来たのは四人。
 先頭はコスモスが連絡を入れたレベッカ。
 それから、同じく導師のローブを纏った壮年の男性。
 多分この美術館の魔法に関する管理者だろう。
 後に続く黒ローブの二人は弟子といったところか。
 戸口で簡単な挨拶を済ませたレベッカはすたすたと部屋に入り、腰を浮かしかけたコスモスを制してその横に立つ。
導師(マギスタ)スノーベル?」
 壮年導師の問いかけに、彼女はただ笑みを返すのみ。
 普通なら、クレームをつけている人物に向かい合わせて座るはずの彼女は、コスモスに控える形をとっている。不思議に思って当然だろう。
「あちらが、このヴェッキオ美術館の魔力管理をしている導師(マギステル)ヴァレリです」
「初めましてお嬢さん。マルク・ヴァレリだ」
 しぶしぶといった様子で名乗る男性。
 オールバックに流した髪や髭は少し長めの亜麻色。
 眼光は鋭いが、十分に見目よろしいシルバーグレイ。
 美術館側の担当者は、成り行きが分からずにヴァレリとレベッカの顔を見比べている。
「それから」
 歌うような声で、指揮を執るかのように滑らかに腕を動かしてレベッカがコスモスを示す。
「こちらが、今回ストラーデ支部の監査をされるコスモス・トルンクス・スノーベル嬢」
 途端、空気が固まった。音すら聞いた気がする。
 コスモスは聞いてもいない『監査』の言葉に。
 ヴァレリ他はコスモスのその名前に。
 にこりと微笑んで、彼女は視線をソファで寝転んだままのソティルに向けた。
「彼が被害者でいいのね? コスモス」
「ええ大叔母様」
 何事もなかったように微笑んでいられるのはしつけの賜物だ。
 コスモスは上から数えるほうが早い爵位を持つ家に生まれている。
 公の場で取り乱すようなことはまずない。
「こちらがこの件に関する資料よ」
 完全に固まってしまった同僚のことなど気にも留めないレベッカは、紙の束をコスモスに押し付けて耳元でささやいた。
「徹底的に調べちゃって。埃だらけだから、ここ」
『やられたな、見事に』
 しみじみと嘆息するアポロニウス。
 コスモスも言えるものなら文句を言いたい。が、しかし。
 しかし、これから先のことを考えると、弱みを握っているほうが有利ともいえる。
 汚いというなかれ。魔法協会なんてものは狐や狸の巣窟なのだ。
 騙し騙されは日常茶飯事。今回のことは大きい貸しとしてつけておこう。
「では、早速調べさせていただきますわ」
「うんお願い~」
 にこりと微笑んで席を立つ彼女をお気楽に見送るレベッカ。
 部屋にいる全員に向けて軽く一礼をしてコスモスは歩き出す。
 彼女の行く先を塞がぬように、慌てて魔導士たちは道を、扉を開けた。
 数多の視線に見送られ、大魔導士(スノーベル)の末裔は部屋を後にする。
 廊下を数歩歩くと、影のように薄がついてきた。
 彼はコスモスの従者なので、いつでもついて回るのが普通だ。
 本来なら、お供しましょうかと問うだろう彼は、別の言葉を口にした。
「今回の件、謀られていたようですよ」
「ん。それは分かってる。分からないのは、どこまでがってことだけど」
 小声で返して立ち止まる主に、薄は口の端を持ち上げた。
「門の件を口実にして、捜査に入るのは筋書き通りだったみたいです」
「そう」
 見てきたかのように答える薄。だがコスモスは疑問を投げかけない。
 レベッカに手渡されたレポートの厚さからも多少は察せられたことだし、彼女は何より――薄の能力を良く知っている。
『なら、ソティルについてやっていたほうが良いんじゃないか?
 見知らぬ大人に囲まれるのは辛いだろう。
 何をされているか分からない不安もあるし、薄が調査についてきても魔法に詳しくないんだろう?』
「確かに。誰かさんがちゃんと動ければ公女の役に立てるだろうになぁ」
『……そもそもここにいないだろう』
 残念だなぁと白々しく言う薄は、はたで聞いていても憎憎しい。
 理論武装で言いくるめられるなら勝ち目もあるけど、屁理屈を押し通す薄相手に舌戦を制するのは難しい。
 二人の言い合いはいつものことなので、コスモスは改めて考える。
 もっともなのはアポロニウスの意見。現にソティルも不安そうな顔をしていたし。
「ソティルについてあげていてちょうだい」
「畏まりました」
 すっと礼をとる部下から視線を外し、コスモスはしばしあたりを見渡す。
 これといって特徴の無い白壁の廊下はまっすぐ伸びていて、一定間隔を置いて茶色のドアが並んでいる。床はカーペットが敷かれていて足音があまり立たない。
 万一にでも美術品を落とした際に傷がつかないように厚めのものを選んだのかもしれない。
「二階の南側廊下の床下。それから三階中ホールの左奥」
 虚空を彷徨わせていた目を部下に戻して、挑戦的に彼女は告げる。
「好きなときに使いなさい。ただ、無駄遣いはしないのよ」
『……さぐられて痛い腹はあった訳だ』
「よろしいので?」
 うんざりした様子のアポロニウスと違い、意外そうな声で薄は問い返す。
「強力な手札(カード)をみすみす教えることはないと思うのですが」
「あたしの奥の手(カード)は知られたからって威力が減るものじゃないし。
 誤魔化そうと思えばいくらでも出来るでしょ?」
「……仰るとおりで。効果的に使わせていただきます」
「そうして頂戴。じゃあ」
「公女、助っ人を頼んでもよろしいでしょうか?」
 笑顔と共に会話を終了させようとした主に待ったをかけて、いたずらを思いついたときの顔で薄が許しを請うた。
「助っ人?」
「ええ。門のことを調べるなら、専門家にも聞いてみようかと?」
「専門家?」
『そんな知り合いがいるのか?』
 胡乱げなコスモスと素朴な疑問を投げかけるアポロニウスに対し、悪びれもせずに薄は言った。
「圭です」
『そんなに美術や歴史に明るいのか?』
「や。そんなはずないと思うけど。なんで圭?」
「仮にも文化財修復士のタマゴですから、それなりに人脈があるかと」
 にっこり告げる薄は怪しいことこの上ないが、人海戦術は取りたいところ。
 それに圭の通う芸術修復学校のOBあたりに、門の復元に関わった人がいる可能性はある。
「ま、その辺も任せるわ」
「ありがとうございます」
 一礼する薄に頷いて、コスモスはきびすを返し廊下を歩む。
 まず目指すのは門のある展示ホール。
 それから、堂々と館内すべてを探しまわらせてもらおう。
 彼女が捜し求めるものは石化されたアポロニウス。
 魔法の道具のコレクターの中には、人だと知っていて石像を集める輩もいる。
 大義名分と権限をもらったのだ、この際活用させてもらおう。
 よしと小さく気合を入れて、彼女は一階へと下りるべく階段に向かった。

 主の姿が廊下から消えるまで見送り、薄は携帯を取り出した。
 ぴこぴことボタンを操作して、ごく簡潔なメールを送信する。
 あて先は、先ほど話題に出た圭。
 送信されたのを確信してからポケットに突っ込んで、主の命を遂行するべく部屋に戻る。
 ドアを開けると魔導士が一人視線を寄越してきた。
 薄が笑みを浮かべて軽く頭を下げると、その女性はすぐさま視線を戻した。
 入口に陣取っているあたり、見張り代わりだろうか。
 淡い茶色の髪に、それよりは濃い色の瞳。
 引き締められた唇には淡い紅がひかれている。
 見た目から察するに二十代後半くらいだろう。
 彼女とドアをはさんで反対側に立って室内を観察する。
 ソティルと向かい合って質問しているのはレベッカ。
 彼女の隣で書記をしている魔導士は赤みがかった髪の男性。
 こちらも若く、二十代前半くらいに見える。
 連れてきている部下があまりにも若すぎる。上層部との癒着が確実か?
 (何故だっ)
 唐突に聞こえてきた『声』。
 かなりの大きさのそれを誰も気に留めない。薄以外は。
 (計算上は十分なはずの吸魔石がこうも早く交換時期を迎えるか……
 どれだけ隠しているのやら)
 次の『声』は呆れの濃いもの。
 パテーションの向こうの二つの気配。
 そこで密談を交わしているんだろうと見当をつけた。
 小さな声での会話には違いない。実際レベッカたちが聞こえていないのだから。
 アポロニウスが言い出さなければ、薄は自分から訴えるつもりだった。
 コスモスについて回ったとて力にはなれない。
 適材適所というのならば、間違いなく彼はこちらに残るべき存在。
 取調べが終わるまでの時間をつぶす。
 そう思われるように彼は背を壁に預けて目を閉じる。
 人が聞きえぬ他者の本音を聞くために。
 (手入れが入るなど聞いていないぞっ
 高い金を払っているのにダルクの奴は何をやってるんだ!)
 (大掃除も苦労するな。まったくスノーベルと関わると大事になる。
 まあ、今回ばかりは渡りに船だったが)
 他人の思考(こころ)を読む能力。そんなものを持っているなど誰も思うまい。
 さて、どこまで集められるかな。
 視覚を閉ざして、薄は声なき声に集中する。
 主を謀るならば、相応の報いを与えることを考えつつ。
 茶化しつつも、彼は彼なりに主への忠誠心を持っていた。