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ナビガトリア

lycoris-radiata
【第二話 花の都のとある怪談】 2.整えられる舞台

 一方待ちぼうけを食わされている男性陣はというと、そこそこ話が盛り上がっていた。
「護衛って旅行にまでついてくるのかー」
「公女のご身分を考えれば当然だろ?
 あんなでもちゃんとしたとこに出れば立派に令嬢やってるんだから」
「それを見たことないから想像できないんだよな」
 圭の知っている彼女は先ほどと同じく屈託なく話す姿だけ。
 どれだけ唸ってもイメージはわかない。
「でもお前がコスモスに敬語って違和感あるな」
「流石に主にタメ口きけないだろ?」
「慇懃無礼って気がするんだが?」
「褒め言葉ありがとう」
 にっこり笑われてしまった。褒めてない。褒めてないのにっ
 背筋に薄ら寒いものを感じて、圭は話題を変更する。
「でもなんで旅行してんだ? ただの遊び?」
「いやいや人探しの真っ最中。
 健気な公女は、彼の人は一体どこにいるのかと捜し求めていらっしゃる」
「それって恋人?」
 今は懐かしい思春期の学生時代、圭はコスモスを気にしていた時期があった。
 故に今でも少し、ほんのすこーし気になる。
「そうだな。恋人にはいたってないが、条件は良いからお膳立てする」
 なんとなく薄の言葉に引っ掛かりを覚える圭だったが。
「何の話してんのよ?」
 それより先に、本人登場。早速険悪ムードが漂ってきました。
「お待ちしておりました公女」
「で、何の話?」
 恭しく礼をする従者に、表面笑顔・背後に紅蓮の炎を背負って主は問いかける。
『コスモス落ち着け。ここで騒ぎを起こすな。それから薄もあおるなっ』
 アポロニウスの声が聞こえていたならば、圭は賛同して止めてくれただろう。
 しかし聞こえないものは仕方ない。もしもを論じても意味はない。
 人好きのする笑顔を浮かべて薄は嫌味ったらしく口を開く。
「ええ。そろそろ公女も」
「さー行こう! 早く行こう! 早く行かないと夕飯食いっぱぐれるぞっ」
 これ以上話させたらいかんとばかりに二人を引き離す圭。
 そのまま薄の背中を押して距離を開けさせるあたり侮れない。
『さすが、分かってるな』
 しみじみとした声音は心底感心した証。体があったなら拍手しているところだ。
「なんか、面白くないこと言われてた気がする」
『なら、なおさら聞かない方が良いんじゃないか?』
 ぶすっと文句を訴えるコスモス。
 圭も薄も数メートル先を行っていて、彼女の呟きを聞くのはアポロニウスだけ。
「あたしだけが知らずに周りに吹聴されるのよ? それ耐えられる?」
『だが、喧嘩するにしろ場所はわきまえた方がいい』
「……それはそうだけどね」
 アポロニウスの言っていることは正論なので、コスモスも歯切れが悪い。
 確かにここで騒ぎを起こしたら迷惑だ。追い出されても困るし。
 仕方なく、気持ちを切り替えることにしてコスモスは二人の後を追いかける。
 少しだけ歩幅を大きくとって歩けば、圭の隣にすぐに並べた。
「で、どこ連れてってくれるの?」
「ジョイエッロって大衆食堂(トラットリア)。ちょっと込み入った場所にあるんだ」
 問いかける口調から険が取れたのを悟ったのか、薄を押す手を離して答える圭。
「そうそう。家主の孫に並んでもらってるから後で礼と挨拶してくれよな」
「あ、じゃあせっかくの食事の邪魔しちゃった?」
「うーん、相談したいことがあるっぽい雰囲気だったけど、あえて他人がいるほうが話しやすそうな気がしたから別に」
「恋人? な訳ないか。あの圭だしな」
「口が減らないな薄。可愛い弟分の悩みくらい聞くさ。聞くだけなら」
「そういうとこ正直よね」
 会話を弾ませながら三人は歩く。
 クオーレ広場からカヴィア通りに入り、小さな広場を抜けて小道を進む。
 圭が言うように入り組んだ場所にあるらしい。
 その後も右に曲がったり広場を突っ切ったり。場所場所で目印を教えてくれるものの、分かりづらいことは確か。
 正面に教会がある広場を右手に曲がり、圭がようやく立ち止まった。
「はい。到着」
 左手で店を示し、圭は振り向いた。
「トラットリア・ジョイエッロ。老舗の名門リストランテと同じ味の楽しめる有名店」
 圭はそういうものの、店構えは質素なたたずまいをしていた。
 入口の両脇には植木が一つずつ。壁は白く、飴色の木製ドアはガラスがはめ込まれており、店内が良く見えた。落ち着いたボトルグリーンの看板に店名がささやかに書かれている。
 手をかけようとした圭を制して、薄がドアを開ける。
「ありがとう」
 まるで、それが当然のことのように微笑んで店内に入るコスモス。
 セカンダリ・スクール時代をすごしたパラミシアはレディファーストの徹底した国だった。
 それは、このアルテでも同じこと。
 環境としては変わらないはずなのに、薄のそれは熟練している。
「さすが、仕事にしてる奴は違うな。今なら執事(バトラー)にもなれるんじゃないか?」
「本物はもっとそつがないさ」
 少し茶化し混じりに言ってみれば、苦笑いで返された。
 このまま入口で止まっているのも邪魔なので、店内に視線を走らせ彼を探す圭。
 まだ開店したばかりで人影もまばらだが、じきに混雑することはよく知っている。
 幸いなことに探し人はすぐに見つかったが、おかげでまたエスコートする機会を失ってしまった。
 一応俺だって出来るんだぞと思わなくもないが、まあもういいと諦める。
「悪いなソティル。席取りさんきゅー」
「別に」
 答えるソティルは少々不満そうだったので、圭はすぐさま話題を変えた。
「こちら、今日から泊まる事になったコスモス・トルンクス・スノーベル嬢。
 で、護衛の矢羽薄。二人とも俺のセカンダリ・スクールのクラスメイトだ」
「はじめまして」
「よろしくね」
 二人に……特にコスモスに挨拶されてソティルは慌てて席を立つ。
 自分が座ったままなんて礼を失するのはまずい。
「んで、この子が家主の孫のソティル・アンジェリス」
「はじめまして。ようこそフィオーラへ。どうぞ楽しんでいってください」
「ありがとう」
 にっこりとした笑顔は接客で鍛えられたものだろうか。
 はきはきとしていて好感が持てる。
「ずいぶんしっかりした子ね。やっぱり働いてると違うものなのかしら」
「公子もずいぶんしっかりされてると思いますよ」
「やーシオンはしっかりしててくれないと困るってば」
「あのなコスモスも薄も。こっちで入れない話をするな。
 それから座って料理頼むぞ。ここ本気で繁盛店なんだからな」
 圭に促されて座ると、思ったよりも席が狭いことに気づく。
 小声で問いかけると、隣がその有名老舗のリストランテで、厨房が繋がっているとの事。
 あくまで自分の予想でしかないが、リストランテのほうを広めにとって、しわ寄せがこっちに来たのだろうと教えてくれた。
「いくらリーズナブルっていってもフルコースは高いよな。量的にも多いし」
「じゃあ前菜、肉料理、サラダでいいと思う。この人数だから分けられるし」
「あたしは一品とデザートで良いわ。何がお勧め?」
「好き嫌いが分かれるけど、裏ごし料理(パッサート)が名物だよ」
 知らない国の料理はやはり少しの不安を伴う。
 他国の料理を気軽に食べれるようになったといっても、やはり味は違う。
 メニューを見て真剣に料理を選び、運ばれてくるのを待つ。
 最初は少し不満そうだったソティルも、食事を始めると笑顔になった。
 この店は平服で入れる場所にしてはかなりレベルが高い。
 だからこそ混むともいえるが、時間を見誤らなければ何とでもなる。
 トマトのゼリーや鳥のレバーペースト、ウサギ肉のベリーソース。
 出される料理はどれも文句のつけようもないくらい美味しい。
 料理を少しずつ取り替えたり分けてもらったりして数種類を堪能し、初日からこんな美味しいの食べて明日からどうするだのと笑いあう。
 そうして夕食の時間は和やかに過ぎていき、四人は大満足で帰路に着いた。
「ふぅん。ソティルは職業学校を出てお祖父さんを手伝ってるんだ」
「うん。コスモスさんは何してる人?」
「あたしはね、故郷のヒュプヌンリュコスで馬車観光の御者をしてるの」
「馬車? あるの?」
「ありますとも。馬に乗れますとも。二頭立てで結構豪華なのよ」
 楽しそうに数歩前を歩く二人の会話を耳にして、圭はこっそり問いかける。
「馬車観光なんてしてるのか?」
「してる。ちなみに公女のご実家は宿泊も受け付けてる」
「……改めて聞くが、公爵家だよな?」
「維持費って馬鹿にならないんだぞ?」
 薄の重い返答に口をつぐむ圭。
 コスモスが公爵家の姫と聞くと、すぐ逆玉の輿の狙う阿呆がいる。
 実際のところ公爵家といえど懐事情は良いとは言えない。
 薄が言ったように維持費は馬鹿にならない。
 家が大きいということは、費用も比例するからだ。
 そしてなにより魔法に関するものは値が張る。
 コスモスがさりげなく身につけているブレスレット。
 このビーズ並の大きさの魔封石一個でも、先ほどの食事が十回はできるだろう。
 現金はないが、品物はある。
 品物としての財産は、使うものだから売ることは出来ない。
 故に持ってるけど持ってないという奇妙な構図が出来上がる。
「お前らといると、飽きないなあ」
「それはうれしいな」
 聞くものによっては馬鹿にされたと感じる台詞に、珍しく薄は素の笑顔を見せた。
「なんだよ、珍しいなあ」
「本当に色々あるからな。頼むからもう顔見たくない、厄介ごとに巻き込まれたくないって言われることも多いんだぞ」
「何があったんだ? いや、まて聞きたくない。関わりたくない」
「賢明だな」
 自分は普通でいたいという圭。
 人をおちょくるのが大好きな薄だけど、今回は口を閉ざした。
 自分が、小説やマンガの主人公お約束のように巻き込まれることになるだなんて圭はまったく思っていなかった。薄もまた、深く立ち入らせる気もなかった。
 この時点では。

 夜更けだというのに消えることない町の明かり。静寂には程遠く、夜だというのに――いや、夜だからこそ、より華やかさを増しているかのよう。
 人波に逆らうように少女が一人駆けていく。
 リズムに合わせて風をはらむ蜂蜜色の髪と長いスカート。
 子犬のような軽い足取りで、ただひたすらに駆けて行く。
 他人に無関心になれるのはここが都会だからだろうか。
 誰一人として少女を気にかけている様子はない。
 いっそ楽しそうに見えるほどの走りと違い、何かから逃れるような必死な表情をしているというのに。
『はてさて、一体どこに向かおうというんだい?
 今はもう夜の女神の支配する時間。人探しには向かないよ?』
 揶揄するような声は張りのあるバリトン。
 少女はほんの少し顔をゆがめて小声で返す。
「静かにしてて。独り言いってるように聞こえるでしょ」
 前を見据える瞳は冬の空を映した湖面の如く、放たれる言葉も鋭い。
『しかし、ここに来たのはいい選択だ。もしかしたら君の望む物もあるかもしれないよ?』
「だから静かにしてて。そう邪魔されてると見つかるものも見つからないわ」
 そしてこのチャンスを逃せば、次はきっと……無い。
 もっとも、チャンスを得るためにこんな厄介な状況になっているのだけれど。
『うーん、それは難しいね!
 何せボクはしゃべらないと生きていけないし、この世に未練たっぷりだ』
 頭痛やら虚脱感やらで力が抜けそうになる足を叱咤して少女は探す。
 時間は有限で、お世辞にもたっぷり残されているとはいえない。
 この奇妙な相棒にかまっている余裕はない。
 無視されていてもかまわないのか、自分がどれほどこの世に執着があるかを語る男の声。されど少女の他に姿は見えず、これだけ騒いでいても誰一人目を向けることはない。
『ボクを失うのは貴重な文化の損失といっていい。
 それにボクは消える気なんてさらさらないよ。
 まして……この街にマドンナがいるとなれば、ね』
「マドンナ?」
 聞きなれない単語に思わず問い返す少女。
『気づかないのかい? まあ気づいてないならいいよ』
 意味ありげな発言に少女の眉根が寄る。
 問うたとしても素直に返答は返ってこないだろう。
 そのくらいが分かるほどには付き合いがある。
 故に少女は黙したまま夜の街を駆けていく。

 夜は更け行き、暁降ちがやってくる。
 舞台は静かに整えられ、役者は確実にそろっていった。