17.どうせなら一歩進んでみませんか
付き合ってるのと聞かれたのは、これが初めてじゃない。
「友達だと思うよ」
答えはいつも同じ。友達にもなってないと思うのは悲しいし、付き合ってるわけじゃない。
明日香の距離感的には、よく話すクラスメイトと同じくらいなのだが、周囲からはそう思われてはいないらしい。
「君嶋くんと?」
「そう。だってどう見ても両思いでしょ?」
「んー?」
咲那はそういうが、明日香は正直分からない。
友達の「好き」と違う「好き」。
大人になれば分かるのだろうけれど、今は分からないのだから、違うんじゃないかなとしか言いようがない。
大体、両思いとはどういうことだろう?
大和くんは力おにいちゃんの従弟で、その関係で知り合ったというだけなのに?
それに、好きだとかどうかなんて見ていて分かるものだろうか?
つらつらとどうにもならないことを考えながら、明日香は帰路についていた。
最近姉がぴりぴりし始めたから、あまり早くは帰りたくないのだけど。
「篠宮さん」
呼び声に振り向けば、先ほどまで考えていた相手の姿。
「君嶋君?」
こちらの呼びかけにはこたえず、彼は周囲を一瞥し、意を決したように口を開いた。
「あの……お願いがあるんだけど」
「お願い?」
なんだろうと首をかしげる。
「えっと……居合い、を、見せてもらえたらなって」
後半に行くにつれて小さくなっていく声。それでも明日香には十分聞こえた。
「君嶋君、居合いに興味あるの?」
だからこそ明日香は笑顔を浮かべる。これでなかなか居合いを実際に見たいという人は少ない。やってみたいという人は、さらに少ない。
こくりと頷く大和に明日香はますます笑顔になる。
「えっとね、練習は週末にあるんだけど、もし良かったら見学に来てもいいか先生に聞いてみようか?」
ニコニコと提案してくる明日香に、大和はほっと胸をなでおろした。
とにもかくにも接点を増やすことが重要だろうと。
幸いというか自分も興味のある「居合い」を明日香が嗜んでいるとあって、そこから攻めてみることにしたのは正解だったらしい。
何よりも優先するのは、仲良くなることだよね。
そう――せめて、友達だよと断言できるくらいには。
18.触れたら溶けると思います
いらいらが収まらないままに由希乃は悪態をつく。
「ったく日沼くんはもうっ」
落ちていた小石をおもいきり蹴飛ばしたい誘惑に駆られたが、なんとか耐える。
もし誰かにぶつかりでもしたら大変だ。ちらほらと人影が見える今の状況で、誰にも当たらずに済むほどコントロールをつけられない。
「悪かったな篠宮。わざわざ呼んで」
「ううん。あの調子で変に噂を振りまかれるほうが迷惑だもの」
ため息交じりの声に由希乃は力なく返す。
日沼は悪い奴ではないのだが、どうにもお調子者で事態を紛糾させることを楽しむ癖がある。けっこうなトラブルメーカーなのだ。
「荻野くんはいつも大変ね」
「……慣れた」
慣れるほどにこういうことがあったのかと由希乃は思わず目頭を押さえる。
何か話題を変えなくてはと思うが、共通の話題なんてそんなになくて結局妹のことになってしまう。
「明日香は弓道頑張ってる?」
「筋はいいんじゃないか? 姿勢が良いな」
「居合いのお陰かな?」
くすくす笑う由希乃に荻野も苦笑する。
「弓道も格好いいわよね。見学行ってもいい?」
「部活を抜けてくる気か? 合唱部のエースが」
「流石に引退後よ」
「それこそ大丈夫なのか。勉強しなくて」
「たまの息抜きくらい、しても大丈夫で、しょ?!」
会話に気をとられていたせいか、ほんの少しの段差につまずいて由希乃の体がかしぐ。転倒せずに済んだのは、荻野がとっさに腕を掴んでくれたからで、一拍以上の時間が経過してから由希乃はほぅっと息をつく。
「びっ……くりした」
「こっちのせりふだ」
「……そうよね、荻野くんありがとう」
「いや」
短い言葉とともに手が離される。
「時間取らせて悪かったな。コンクールが近いんだろ?」
「そっちこそ試合近いんでしょ? 頑張ってね」
互いに一度も顔を合わせず、それだけを言って別れる。
由希乃は校舎に戻り、音楽室のある三階へと続く階段に足を乗せて、そのままに歩みを止めてしまう。
ぐっと唇をかみ締めて、今度は一段飛ばしで駆け上がっていく。
捕まれた腕が少し痛い気がするのは、それだけ手加減なんてする暇がなかったからだろう。熱い気がするのは痛みを伴っているから。
どきどきと弾む心臓は、階段を駆け上がっているせい。そう――顔が熱いのだって。
荻野君と由希乃さん。 13.1.30
「ラブコメで20題」お題提供元: [確かに恋だった]
明日香ちゃんと大和くん。 13.1.23