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ラブコメで20題

09.恥ずかしくないんですかそういうの

「いいなー綺麗」
「明日香、そればっかりね」
「だって本当に綺麗なんだもん」
「確かに君嶋君の剣道はきれいだけど」
「背はまっすぐ伸びててぜんぜんぶれないし……ああいう風に振りたいな」
「……明日香の素振りもすごかったけど?」
「でも、あれは竹刀でしょ?」
 君嶋君が振ってるのも竹刀だけどねとは言わなかった。
 入山に見つかると大変なので、本当に時々でしかないけれど明日香はこうして剣道部を見に来る。
「明日香は居合いしてるのよね? 真剣」
「うん。藁切ったりすることもあるよ」
 柔らかいはずの手のひらはマメだらけで剣だこが出来ている。左手の、親指と人差し指の間部分に小さな傷が多いのはどうしてだろう?
「居合いのほうが格好いいと思うけどな」
「はるちゃんは人の型みるの、楽しくない?」
「……よくわかんない」
「力で押す人とか技でいなす人とか、見てて楽しいよ?」
「ふぅん」
 生憎と、明日香のような楽しみ方は咲那はまだ分からない。
「で、明日香は君嶋君がお気に入りなの?」
「うん! まっすぐぶつかっていく感じでかっこいいの」

 本人達はそれなりに気を使って、小さな声で話しているつもりなんだろう。
 けれど、部員の何人かには『内緒話』は筒抜けで、誰か経由で話の本人に伝わってしまうこともあるなんて、明日香は考えもしないのだろう。
 そうして複数人から教えられて、内容を聞かされてしまえば、気にするなというほうが無理な話で。
 今日もまた、一人こっそり部屋の隅で赤面する大和の姿があったとか。

明日香ちゃんと大和君。 12.11.28

10.声が優しいのはずるいと思います

 剣道部は、他の部活よりもつらいと思う。
 何がって……くささが。
 剣道部に入ると言ったとき、ずっと剣道を続けてきた幼馴染は「ようやく剣道のよさが分かったか」なんて言ってたけど、小学校からの友達は皆「なんで?」って不思議がっていた。前述した幼馴染のしつこい勧誘に「絶対剣道なんかしないんだからね!」と宣言し続けていたからだ。
 格好を整えてもらって形だけまねた初心者がコテンパンにされれば、嫌になって当然だと思う。
 幼馴染との仲を邪推する人もいたけど……きっかけはあいつにはなるのか。
 どのクラブに入ろうか悩んでる咲那を剣道部へと引っ張っていったのは彼だから。
 結果的には、そこで山戸先輩に一目ぼれしちゃったわけですが。

 剣道部は部員数が少ない上に、女子は団体戦も出来ない人数。
 先生が用事で遅れるときは先輩方が教えてくれるときもあって……もちろん山戸先輩に聞きに行きますとも! 実際上手だし。
「そう。上手上手」
 褒めてくれる先輩は本当に優しくてにやける口元を何とかするので精一杯。たまに、先輩方の遠い目が気になるときもあるけど。
 それに、部活がある日は途中まで一緒に帰れる時があるから嬉しい。
 体育館から校門までは、部員がほぼ揃って歩くことだし、そのときに近くに入れるだけで幸せなのだ。
「ん?」
「あれ?」
 最初に気づいたのは誰だったのか、不思議そうな声に皆前を向く。
 咲那の前には男子部員がいたため頭が邪魔して見えないが、何かあったのだろうか?
「先輩?!」
「力……と、大和君こんにちは。夏海に小西も……剣道部揃ってどうしたの?」
「どうしたのって」
「篠宮がどうしたの?だよ」
 知らない声だけど、篠宮といえば最近仲良くなった明日香の苗字だが。
 ひょいと横にそれて見てみれば、その友人は知らない声の主らしき人に背負われていた。
「明日香?!」
 びっくりして近寄れば、ゆるゆると明日香が顔を上げた。
 目は伏せがちで、ほっぺただけは赤いのに全体的に青白い。見るからに風邪です。
「はるちゃ」
「ああもうしゃべらないの」
 明日香が掠れた声で呟いて咳き込むと、言い聞かせるように『彼女』は言う。
「明日香ちゃんまた」
「そう、風邪。明日は休まなきゃねー」
 労るような先輩の声に、咲那がちょっともやっとするのは仕方ないだろう。
 幼馴染だからどうこうというのは早計過ぎるのは分かっている。ただ、自分以外の女性に優しさが向くのはやっぱりなんだか嫌なのだ。
「ていうか、何で背負ってるんだ」
「だって途中で絶対倒れるわよ、この子。今まで何度やらかしたと思ってるの?」
「そこで人の手を借りずに背負っちゃう由希乃が凄いよ」
 由希乃、と呼ばれたその人は明日香のお姉さんだろう。
 肩に届くか否かくらいの髪は妹と同じくまっすぐな黒髪。どちからというとほわんとした雰囲気の明日香より活発で勝気そうな印象を受ける。
「変わろうか? いくらなんでも辛いだろ」
「やーよ、小西なんかに明日香は任せられません」
「待て! それは何か違う!! 違う意味に取れる!!」
「それに小西は確か逆方向でしょ? 家」
「山戸君同じマンションでしょ? 連れてってあげれば?」
 良い案だとばかりに黒岩先輩が言うが、咲那からすれば冗談じゃない。
 自分が支えると言ったほうが良いだろうかと口に出す前に、明日香のお姉さんが口を開く。
「えー……そうね。じゃあわたしと明日香のカバンよろしく」
「カバンかいっ」
「だってさすがに持ちにくいもの」
「由希乃ってばシスコンー」
「よく言われるわ」
「あ! わたしカバン持ちます!」
 はいはいと勢いよく手を上げる。
 先輩に関わってほしくないなら自分が関わるわっ それに明日香のことだって心配だし!
「え、いいの? ごめんねー。明日香の友達?」
「はい、潮崎咲那です」
「ああ、あなたがはるちゃんか。はじめまして、明日香の姉の篠宮由希乃、三年よ」
 カバンを受け取ると、明日香を背負いなおすお姉さん。
 よほど辛いのか、背負いなおされた明日香は姉の肩に頭を預けたまま浅い息を繰り返している。
「じゃあねー夏海」
「先輩方、お先に失礼します」
「妹ちゃんお大事にね」
 人を背負っている割にはしっかりとした足取りでお姉さんはさくさく歩いていき、すこし遅れて咲那は追いかけていく。
「ごめんねーつき合わせちゃって。おうち逆方向じゃない?」
「いえ、大丈夫です。わたし三丁目ですからこっちですし。
 それに……明日香が心配ですから」
「ありがとう」
 にっこりと笑う顔はとっても優しい。
 お姉さんっていいなーと改めて一人っ子の咲那は思う。
「えっと、でも先輩大丈夫ですか? おんぶしたままで」
「大丈夫大丈夫。慣れてるから」
 それはつまりお姉さんが慣れるくらい明日香は外で倒れたことがあるのか。
 周りが過保護になっても仕方ない。傘を借りたときの先輩の気持ちがよく分かる。
「体が弱いから駄目って諦めさせることが多かったから、自分でやりたいって明日香が思うのも分かるんだけど……体調管理が出来ないことにはねー」
「あ、あははー」
 優しそうだけど厳しいな。いやうん、明日香が大好きだし、明日香も大好きなんだってことも分かるんだけど。
 多分、多分……お姉さんが先輩の好きな人なんだろうな。明日香に親切な先輩と、剣道部の先輩方の様子からいって。
 二つのカバンを抱えなおして咲那はそっと息を吐く。
 嫌な人だったら嫌えたんだけどなー。

力君と咲那ちゃんと由希乃さん。 12.12.5

「ラブコメで20題」お題提供元: [確かに恋だった]