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ラブコメで20題

03.正直こういう展開を待ってました

 今日は夕方から雨になります。
「あー……」
 そういえば天気予報で言ってたなぁと思いながら、少女は空を見上げた。
 厚く暗い雲、ひっきりなしに落ちてくる雨粒。
 土砂降りというわけではないが、無視できるほどの雨量ではない。
 ちらりと視線をやった傘立てに残っている傘は数本。
 傘を忘れた生徒用にと常備されている学校名が派手に書かれた黄色の傘は、すでにない。
 さてどうしたものかと考えていると、ためらうような声が聞こえた。
「潮崎さん?」
 振り向けば、長い髪をポニーテールにした同じセーラー服姿の少女がいた。
「あ、篠宮さん?」
「潮崎さんも今部活終わったの?」
「うん、大会近いから普段より遅いの。弓道部も?」
「うん」
 言いながらもこちらに近づいて、上履きから靴へ履き替える。
 どうしようかと潮崎(しおさき)咲那(はるな)は考えた。
 彼女とは出席番号が近いため席も近く、それなりに話も良くする。
 傘に入れて欲しいと頼むのは……
「潮崎さんもしかして、傘忘れちゃったの?」
「――うん」
 話を振ってくれて助かったと返す咲那に、彼女は傘立てへと視線をやって、呆然と呟いた。
「うそ、ない」
「え?!」
 つまりそれは――
「どんな傘? 隠れてるだけじゃないの?」
「……ビニール傘。持ち手のところに落書きしてたけど」
「あー」
 こういう時、一番被害にあいやすい傘だ。雨が降ってないときでも放置されている確率が高いせいもある。
「止みそうに、ないよね」
 空を眺め呟いた彼女は、背負っていたカバンを下ろし、両手で頭の上へと持っていく。
「え、もしかして走って帰る気?」
 彼女の家がどれほどの距離か分からないが、それでも帰る頃にはずぶ濡れだろうと心配すれば、にっこりと笑われた。
「だいじょうぶ」
「じゃないでしょ」
 急に割り込んできたのは通りの良い落ち着いた声。
 部活で毎日聞いて――聞いていたい声。
「山戸先輩?!」
 声のほうを振り向けば、三学年分並んだ下駄箱の向こうからこちらを見ている彼の姿。
「力お……じゃなかった山戸先輩」
 嫌そうな声は咲那の後ろから聞こえた。
 彼女はどんな表情をしていたのだろうか、力は深くため息つきつつ、傘を片手に咲那達のほうへ近づいてくる、
「濡れて帰ったら、また風邪引いてこじらせるよ?」
「こじらせませんー」
 カバンを両手で胸元へと持ち直して、明らかにすねたように答える彼女へため息ついて、力は後輩へと声をかけた。
「潮崎。悪いけどその子、傘に入れてやってくれる?」
「えーと、その……」
 先輩に頼られて嬉しい反面、その期待にこたえられないことと、妙に篠宮へ優しい彼の態度に気になって言葉を返せない咲那。
 彼女の答えと、手に何もないことを見て取って、力は困った顔をする。
「潮崎も傘ないのか」
 こくりと頷けば、力は自分の手にある傘と後輩達へと視線をやって、仕方ないと言いたげに笑った。
「はい。折りたたみだけど、まあ女の子二人ならなんとか入るだろ」
「え、いいんですか?」
 傘を受け取りながら言う咲那に彼は笑う。
 その様子を見て、もう一人の少女は不満げに呟く。
「平気なのに」
「それで何回病院のお世話になったかな?」
「小学校の頃の話ですー。もう病弱じゃありませんー」
「一年も経ってないくせに。いいからさっさと帰った帰った」
 ――とっても、親しそうです。
 思わず借り物の傘を握り締めそうになって力を抜く。
「でも山戸先輩はどうするんですか?」
「そいつに入れてってもらう」
 指を指されたのは二人の後ろ。
「え」
「あ、君嶋君」
 戸惑ったような声に振り向けば、『そいつ』と指された相手がびっくりしたような顔でこちらを見ていた。
「力兄っ?!」
「明日香ちゃん、悪いけど家によって『おじさんとこ行った』って伝言頼めるかな?」
「はーい」
 まだ状況が分かってない様子の君嶋から傘を引ったくって開きながら言う力の言葉に、今度ばかりは素直に返事をする篠宮。
 一方的に怒鳴る君嶋を宥めかわしながら帰る二人を見送って、咲那はむすりとする。
 なんで、君嶋が先輩と相合傘してるのよっ
 先輩の傘、借りれたのは良かったけど。傘貸してくれるなんて、先輩優しい。
 でも、とりあえずは。
「帰ろうか、篠宮さん」
 敵情視察と行きましょうか?

咲那ちゃんと明日香ちゃん。 12.10.17

04.照れ隠しと思ってもいいですか

 雨は未だにざあざあと降り続いている。
 この中を走って帰ろうとしていたんだものなと力はため息をつく。
 本人はもう大丈夫だといっていたが、力の認識はか弱いままだ。
 熱を出して真っ赤な顔で連れて行ってと泣く妹をなんとか宥めて諦めさせていた由希乃の姿が印象にあるせいだろう。
「力兄さん?」
「っと悪い。濡れてるか?」
「いいえ」
 ぶすりとした様子を崩さない従弟に力は苦笑する。
 たしかに、いきなり傘を奪ったのだから文句を言いたくもなるだろう。
「悪かったな大和。でもあの子達を傘なしで帰すのも可哀想だし。
 特に明日香ちゃんは体弱いからね」
「潮崎さんと一緒にいた子?」
「そう、篠宮明日香」
「……篠宮さん」
 どこかぼうっとした相槌に、力は視線を下ろした。
 ここ最近伸び始めた身長のため、従弟の表情を見づらい。
「なんだ?」
「なにも」
 それがおかしいということを分かっているのか。
 この従弟は物静かだけれど、ときどき妙な方向へはっちゃけることがある。
「そういえば」
 隣の様子を伺いながら、思い出したように口を開く。
「大和も何回か明日香ちゃんに会ったことあるはずだけど」
「え?」
 本当に驚いたんだろう。勢いをつけて顔を上げてこちらを見る大和に、まさかと思いつつ力は口を開く。
「ほら大和も何回かリトルリーグの試合に応援に来てくれたことあっただろう?
 あのお転婆ピッチャーの妹」
 力の答えに困ったように呻る大和。
 どうやら、応援に行ったことは覚えてるらしいが、明日香のことまでは覚えていないらしい。
 まあ、それはそれとして。
「確か三組だったかな潮崎と同じ」
 返事はない。
 が、興味がないわけではないのだろう。そういうときには気のない相槌を返すから。
「本当、剣道部に入ってくれれば良かったのに。もったいない」
 ため息つきつつ言えば、ちらりとこちらを見上げてくる。
 どういうことか聞きたいんだろう。
「居合いやってるから、剣道も始めたら混ざって分からなくなりそう……だって。
 弓道部に取られちゃったよ」
「そう……」
 明らかに落胆した声。
 それに、力はにまりと笑う。
 これはこれは、なかなかにからかいにくい従弟の弱みを知ることが出来たとばかりに。
「力兄さん?」
「うん?」
「何かヤなこと考えてません」
「いやいや……ただ」
 言葉を切ると、あからさまに大和は嫌そうな顔をした。
「明日香ちゃん可愛らしくなったなあ、と」
「どこかの近所のおじさんみたいなことを」
 そう続ければ、ふいと顔をそらされる。
 呆れと言うよりも、嫉妬とかそういったものを感じる態度に楽しい反面、少しさびしい。
 大和もそういう年か……一つしか差はないけど。
「大和?」
「な、なんですか?」
「いーや別に? 手伝ってあげてもいいかなと思っただけで」
 力の言葉に、大和は預けていた傘をひったくって走り出す。
 急に走り出した従弟に対応できずあっけに取られた力は、雨の冷たさで我を取り戻す。
 歩いているうちに雨脚はだいぶ収まっていて、この程度なら傘も要らない。
 こみ上げてくる笑いをこらえて、力は従弟の後を追った。

力君と大和君。 12.10.24

「ラブコメで20題」お題提供元: [確かに恋だった]