1. ホーム
  2. お話
  3. ラブコメで20題
  4. 01・02
ラブコメで20題

01.だから待ち合わせが好きなんです

 何度目かの動作を繰り返しても、一向に時間は進まない。
 まだかー。
 こういうとき『今どこ?』なんてメールを送れればいいんだろうけど、生憎と相手はケータイが役に立たない。
 定期的にケータイを確認する癖もない上に、着信音はガン無視。音量を最大にしても、うるっさい着歌に変えても気づかない、ひじょーにめんどうな相手なのだ。
 音量MAXは周りの人に迷惑がかかるから今はもう止めてるけど。
 いつものことだけど、来るのを信じて待つしかないか。
 息を吐いて柱に背中を預ける。
 待ち合わせの十分前。いつも少々遅刻気味な相手のことを思えば来ていないとは思うのだけど、それでも期待をこめて視線を走らせる。
 携帯片手のビジネスマン。
 きゃいきゃいと可愛らしい女の子グループ。話が大いに盛り上がってるらしいおば様方。
 ここのショッピングモール入口は、このあたりの定番待ち合わせ場所。
 自分と同じように人待ちの方々を多数見かける。
 随分そわそわしている様子のワンピースが可愛い彼女はデートかな?
 あそこの女子グループはここのスイーツバイキングにでも行くんだろうか。
 そういう風に想像をめぐらせていると澄んだ声が飛び込んできた。
「ごめん遅れちゃったー」
 悪びれなく手を上げながら向かってくるのは、キャップ帽をかぶった女の子。
 相手はと目をやれば、本を手にした男の子がつまらなそうに言葉を返す。
「また寝坊ですか」
「ちょっと出かけにあったの」
「寝坊でしょ?」
「……明日香が起こしてくれなかったのよ」
 中学生くらいだろうか。ボーイッシュな少女と文学少年のカップルはあちらのカップルとちがって甘酸っぱさがまったくない。
「ま、それはともかく、何食べたい? おごりだから遠慮してね」
「おごりなんだから遠慮するわけないでしょう。成長期の食欲なめないでください」
 甘酸っぱさはないけど、かわいいなー。仲のよさが伝わってくる感じがすごく可愛い。
「まーた悪い顔してる」
 ぺしんと軽い音を立てて叩かれたのは右腕で、視線をおろせばちょっとふくれた様子の『彼女』の姿。
「悪い顔ってなんだよ悪い顔って」
「趣味は人間観察です、なーんて言って、ココロの中で好き勝手にアテレコしてるたんでしょ。和行ってば趣味悪い」
 見通されてることに苦笑する。
 お前が先に来れば良いと言ってみようかと思うが――思うだけにしておく。
 ちらと視線をやってみれば、先ほどの中学生カップルの姿はすでになく、残念な気持ちになる。せっかく良いネタを見つけられたと思ったのに。なんて。

和行さんと千歳さん。 12.10.4

02.きゅんって音がするらしいです

「では改めて。初段合格おめでとう!」
「どーも」
 心無く答える相手の視線は、すでに皿いっぱいに山と盛られたケーキに釘付け。
 あんまり焦らしてもかわいそうなので、乾杯と軽くコップを合わせた。
 待っていましたと手にとられたフォークは、すごい勢いで山を崩していったことは言うまでもない。
 ショートケーキにシフォンケーキ、レア・スフレ・ベイクドの三種類のチーズケーキがあっという間に平らげられていく様子を見ながら、由希乃はコーヒーを飲み込んだ。
 いつもより砂糖を減らしたはずなのに、すでに口の中が甘いように感じるのは気のせいだろうか?
 由希乃の正面に座って黙々とケーキの山を攻略しているのは、一つ下の男の子、幼馴染の山戸力。
 どういう流れでそうなったのかは覚えていないが、剣道の昇段試験に合格したら何かおごってあげようかとの問いかけに、彼はホールのケーキが食べたいと言い放った。
 こういうのと指差されたケーキのサイズも価格も大きかったため、こうやってスイーツバイキングで手を打ってもらったのだが。
 黙々と食べる様子ははたから見ていても嬉しそう。
「先輩は食べないんですか?」
「食べる。気にしなくて良いから好きなだけ食べちゃえば?」
「元を取る気で行きます」
 きっぱりと言い切る姿に、多少引きつってしまったのは仕方ないだろう。
 それに、これだけ食べる姿はなんというか、気持ち良い。
 由希乃には妹しかいないから、男の子はよく食べるんだなーと眺めてしまう。
「もうすぐ地区大会だっけ?」
「ええ」
「力が次期部長なんでしょ? すごいねぇ」
「二年の人数が少ないですからね。
 先輩方が引退されたら、本当に寂しくなりますよ」
 言われた内容に、返答が遅れる。
 引退。
 そう……由希乃だって、次のコンクールが終われば引退する。そして、卒業だってそう遠い話ではない。
「一年生の部員いないの?」
「男子は三人。……女子は、あと一人いれば団体戦に出れるんですけどね」
 思わせぶりに視線をもらって苦笑する。
「残念。あの子弓道部に入っちゃったもの」
「知ってますよ。そりゃあ明日香ちゃんが入ってくれれば良いでしょうけど、断られ済みです」
「あ、勧誘はしたんだ?」
「居合いに専念したいみたいですよ」
「居合いと剣道って違うの?」
「違います。中途半端に混ざりそうだからとも言ってましたけど」
 最後のひとかけらを飲み込んで、空の皿を手に立ち上がる。
 お代わり行ってきますと宣言して選びに行く姿を眺めて、由希乃はあらためて自分の皿を攻略にかかる。
 スポンジのきめ細かさやクリームの甘さは好みの味だ。
 最近飲むようになったコーヒーは砂糖を半分とたっぷりのクリームで甘さ控えめに。
 甘いケーキとの相性はやはり良い。
 もう数ヶ月もしたら、こんな風に息抜きできる機会はなくなるだろう。

「そういえば、先輩は高校どうされるんです?」
 戻ってきた力の問いに、由希乃はスプーンを一旦止め、ゆっくりと口に運んだ。
 お勧めだというプリンはふるふるとやわらかで、口の中ですっと溶けてしまうのに後を引くような甘さはない。苦味の強いカラメルソースが良い仕事をしている。
「聞いちゃうの?」
「聞きますよ。二年の夏休みくらいから考えてた方が良いんですか?」
 後輩の真面目な問いに、由希乃はスプーンをおいて答える。
「わたしは、行きたい高校とっくに決めてたからね」
「どこです?」
「今平高校」
 答えに、力はケーキを食べる手を止めて由希乃を見つめ、不思議そうに問いかけた。
「甲子園出場歴ありました?」
「なかったと思うけど?」
「じゃあどうしてです? 絶対に甲子園に行くーって先輩の口癖でしたよね?」
 思わぬ問いかけに、先ほどの彼と同じように由希乃は目をぱちくりさせる。
「あのねぇ。女のわたしが選手で出れるわけないでしょう?」
「……マネージャーとか?」
「それなら、なんで今マネージャーをしてないのかしらね?」
「高校から始めるのかもしれないじゃないですか」
 すねてしまったような口調に、思わず笑みが浮かぶ。
 物静かで思慮深そうな外見をしているくせに、なかなか短気で熱血漢なところは変わってないらしい。
「甲子園も開会式あるでしょ?」
 見たことがあるかとの問いに力は頷いた。
 そういえば、二人そろってテレビの前で熱中していたときもあったなと思い出して、由希乃は続ける。
「日本学生音楽コンクール声楽部門で優勝すれば、堂々と甲子園のグラウンドに立てて、国歌独唱できるの」
 言い切った由希乃をぽかんと見返す彼の姿がおかしくて笑えば、失礼な問いかけがなされた。
「本気、だったんですか」
「だって可能性があるでしょ? 歌は元々好きだったし、幸い先生も褒めてくれるくらいには出来てるみたいだし」
 言いつつ、ショートケーキを一掬い口に運ぶ。
「今の制度じゃどうやっても高校野球で選手としてグラウンドには立てないでしょ? 制度以前に、わたしの場合は体力も無理だけど」
 ぼやいてみせれば、本当に予想外だったのか力はまだぼーっとしている。
「なんだ……連れてってほしかった訳じゃないんですね」
「え?」
 顔を上げれば、なんでもないですと言いたそうに目を背ける力。
「知ってる子が甲子園に出るのは、すごく嬉しいけど……力、野球やめたでしょ?」
 今日のお祝いは『剣道の初段合格』な訳で、力が入っているのも剣道部。
「シニアリーグに入ってます。うちの学校、軟球ですから」
「そうなの?! なんで黙ってたの?」
「聞かれなかったし」
「試合見たかったのに!」
「先輩、土日も練習だったじゃないですか」
 返された言葉に呻るしかない。
 悔し紛れに由希乃はケーキ攻略に力を注ぐことにした。
 残り時間は三十分。心行くまで食べてやると決めて。
 ――力の発言の引っかかった部分は、聞かないことにして。

「ご馳走様でした」
「ほんと、よく食べたわねー」
 ケーキバイキングの帰り道、中学生のお財布にはバス代もそれなりにきつい。
 ならば歩いて帰ろうと、のんびりとした帰路の途中。
「晩御飯いらないんじゃないの」
「要ります。こんなので抜かれたら干からびますよ」
「えー」
 話をしていれば結構早く歩いてしまえるもので、あっという間にマンションまで着いてしまった。力の家は六階で由希乃の家は十階なので、エレベーターへと向かう。
「今日はありがとうございました。美味しかったです。
 ああいうとこって男だけだと入りづらくて」
「そうかもね。大会も近いんでしょ、頑張ってね」
「先輩こそ。コンクール頑張ってください」
「任せなさい」
 安請け合いをしたところで、ピンポンと控えめなチャイムがなってドアが開く。
 エレベーターから出てる間際、力はぺこりと頭を下げた。
「本当に楽しかったです。また、デートしてくださいね」
 由希乃が言われた内容を理解できないうちに、彼はエレベーターから出て行って、ドアが閉まる。
「でー……と?」
 一人残された由希乃がいわれた言葉をぽかんと繰り返して――ぼっと顔を沸騰させた。
 ――気のせい。そう、気のせいに違いない。
 顔が赤いのは暑くなり始めた気温のせいで、動悸が激しいのも同じことで。
 マンガみたいな効果音なんて――するわけない。

力くんと由希乃さん。 12.10.10

「ラブコメで20題」お題提供元: [確かに恋だった]