「君までそんなことを言うのかい」
突然といえばあまりにも突然に暇を貰ってしまった。
「別に休むことに文句はないんだが、急だし長すぎないか?」
「そんなことはありません」
鎮真の言葉に、ただいま後継として勉強真っ最中の和真が応える。
「大体、義父上は根を詰められすぎるんです。
たまにはゆっくりと羽を伸ばしてきてください」
気持ちとしてはありがたいが、急な休みとなると何をしてすごそうか迷う。
他の知り合いは仕事中なのだから、遊びに誘えやしない。
「そういえば、梓の方に新しい温泉が沸いたという話ですよ。
湯治にいかれてはいかがです?」
「温泉か、悪くないなぁ」
「それは良かった」
相槌ににっこり微笑んで、和真は二枚のチケットを差し出す。
「タダ券を貰ったんです。どうぞ」
「……ありがとう」
とりあえずは礼を言って受け取る鎮真。
返答までの間が気になったが、和真はそれに突っ込まなかった。
ため息つきつつ、最近手に入れた携帯電話を取り出し、鎮真は相手に電話をかける。
コール音が響く中、一人ごちる。
「まったくそろいもそろって。
あ、お久しぶりです。でん……姫。
ところで近々大人数の予定空いてる日がありませんか?」
話すその手には、同じ旅館の券が十枚ほど握られていた。
「面倒事を持ち込んでくれちゃって」
その話を聞いたあと、思わず大きなため息をついてしまった。
「それで……何をされたんですか?」
「私がしたこと確定ですか?」
呆れをふんだんに含んだ視線を受けて、鎮真は言い返す。
和真をはじめとした面々から押し付けられた旅行券。アレはアレで役にたった。
おかげで、邪魔するものはなくこうやって話が出来る。
しかし会話の主は視線を横にずらし、部屋の奥、ソファに座ってお菓子を食べている子どもに向けられる。
肩より少し長い髪の色は、青というには赤みの強い薄花桜。瞳は灰色がかった霞色。
フリルのたくさんついた服を着て、時折こちらをじっと見つめる幼い少女。
面差しはどこか小さい頃の鎮真に似通っている。
初めて彼に会ったときと同じくらいかなと、過去を懐かしみつつ、それでも不満そうに現は告げる。
「しばらく預かって欲しいと言われても、ここは託児所じゃないんですよ?」
「無茶は承知の上で、どうかお願いします。あの子のためにも」
偽らざる本音。だが、それでも彼女は渋い顔をする。
「何があったか知りませんけれど、子どもにはやっぱり親がついていてあげたほうがいいと思うのですけれど」
「……養子はいても、実子はいませんよ。私は」
「え? 鎮真のお子さんじゃないんですか?」
突飛もない彼女の言い分に、意識を半ば飛ばしつつも答える鎮真。
びっくりしたように言われても、ダメージは深い。
確かに……確かに鎮真とてあの子くらいの娘がいてもおかしくはない歳だ。
「よく似てらっしゃるから、そうだとばかり」
止めを射すようなことを言わないで欲しいと思いながらも、声を潜めて事情を説明する。
なるだけ現に近づき過ぎないように。それでいて、子どもに聞こえないように。
すべてを話し終えると、しぶしぶといった感じで彼女は頷いてくれた。
その眼差しは、大いに不満を訴えていたけれど。
「だからどうして私に預けるんですか」。未婚だけど子守り経験増えまくりな人。(07.11.21up)
「見た目じゃないだろ」
ひとまず保護者間での取引は終わったが、肝心の子どもの方はというと。
「わたしの名前は木花咲夜。
お父様は木花と呼んでらしたけれど、他の人に呼ばれたくないの」
冷たい目で挨拶されて、流石の現も少々反応が遅れる。
愛らしい人形をそっくりそのまま写し取ったような姿から、こんな言葉を言われるとは思わなかった。
「咲夜っ」
鎮真に怒鳴られても、少女はぷいと横を向くだけ。
「すみません姫。……咲夜が可愛いのは見た目だけなんで」
先ほど実家に連れて行こうとしたら人攫いと叫ばれた。
しかも街中で。視線が痛くて仕方なかった。本当に。
かといって自分の家に連れて行くわけにもいかず、藁にすがるような思いで現に会いにきたのだ。ここで稼いだ時間を使って、真相を確かめないといけない。
だからなるべく愛想を振りまいて、長い時間置いてもらえる様に努力して欲しいところだというのに。
「わたし、ユキに会いたいって言ったの」
駄々をこねるように睨み付ける少女――咲夜に、鎮真は何度目かの問いを投げかける。
「その『ユキ』とやらの名前は? どこに住んでるのかも分からないんだろう?」
言われて悔しそうに唇をかむ少女にため息ついて、鎮真は困ったように向き直る。
「ずっとこの繰り返しなんですよ。すみませんけれど……って姫?」
鎮真の不思議そうな声に、咲夜も顔を上げる。
真っ白な髪のその人はクスクスと楽しそうに笑いをこぼしていた。
「ごめんなさい。なんだか、鎮真が妙に『お父さん』に見えて」
「一応、養子はいますからね。
それではすみませんが、そこのじゃじゃ馬をお願いします」
そういってすたすた出て行く鎮真の背に、案の定戸惑うような声がかかった。
「え。やだ。おいてかないで」
「遅くても三日後には迎えに来てくださいね、鎮真」
「かしこまりました」
不安がってる咲夜にしっかり聞こえるように、迎えに来る日を確認する現と答える鎮真。
「しずまの女男ッ」
「なんだとぉっ」
咲夜の罵声に鎮真が思った以上に怒り出してしまい。
結局彼が出発したのは次の日だったとか。
置いていかれまいとする子どもは何だってします。(07.11.21up)
「責任感強すぎ」
咲夜を一時的に引き取って数日。鎮真は未だに答えを出せずにいた。
預けたのがきっかけなのだろうか、最近咲夜はすっかり現に懐いてしまって会いたがって仕方ない。もっとも、鎮真としても現が面倒見てくれるなら考え事もまとまりやすい。
そういうわけで、今日も彼女に咲夜を任せて、主不在の部屋を借りて考えていた。
「どうするかな」
咲夜は叔母の娘――つまり、鎮真にとっては従妹にあたる。
親を失った身内を引き取ることに文句を言うような家臣はいない。普通なら。
咲夜の父親は、鎮真の家・真砂七夜と犬猿の仲とも言える時世七夜の人間だった。
故に、ただ単に「気に入らない」という感情でもって反対するものが数多くて難しい。
理論で攻めるのは簡単。それでうまくいかないのが人情。
鎮真が引き取ると決めたならば反対はしないだろう。表向きは。
「鎮真のところも大変だねぇ」
唸る鎮真にのほほんとした声をかけるのは、彼より少し年下の青年。
見るからにやわらかそうな髪は、青みを帯びた月の光。
優しそうな顔立ちをした雰囲気と物腰のやわらかい青年だが、眼鏡の奥の藤色の瞳だけはひどく鋭い。
「何しにきたんだ晶」
「ここにいるって聞いたからさ、相談に」
からりと笑って土産のケーキ箱を執務机に置いて、晶はその横に行儀悪く腰掛ける。
「――時世七夜で引き取るのは無理そうだ」
「予想はしてた、気にするな」
重い晶の言葉に、なんでもないように鎮真は返す。
「本当は、家が引き取るべきなんだけどね。僕はあの子の叔父なんだし」
引き取りたい気持ちはあるんだよと晶は続ける。
「僕はまだまだ若輩で、それはどうしようもない事実なんだ。
あの子の一生を預かることに自信がもてないっていうのもあるけど……引き取ることで、辛い思いをさせてしまう。きっと」
鎮真以上に、当主になって日が浅い晶の立場は微妙だろう。
おまけに、晶の義兄である咲夜の父親は側室の子。晶は本妻の子。
これで揉め事が起きないと考えるのは……
「分かってるんだけどな。俺が引き取るしかないって」
ポツリと苦笑をもらす鎮真。
「ただ、お前と同じであの子の一生を預かる覚悟が……な」
「そうだったんですか?」
不思議そうな声は本来の部屋の主のもの。
晶は慌てて机から降りて礼をとり、鎮真も椅子から立ち上がる。
「お久しぶりです現殿下」
「殿下は止めてください晶さん」
「では、現姫。ご無沙汰しておりました」
「お元気そうで何よりです」
「あの……咲夜はどこに?」
彼女の後ろにいるだろうと思われた小さな影が見えず、問いかける鎮真。
そんな彼に、現は苦笑を浮かべて答える。
「ふられてしまいました」
「は?」
「シオンさんの方がいいんですって」
頬に手をあてて寂しいですねーという彼女に、ぴしりと鎮真が固まる。
『シオン』といえば、スノーベルの子孫であの方の曾孫で、次期スノーベル家の当主の彼のことだろう。
咲夜はまだ十歳にもなってないんだぞ。
いや歳に関係なく恋はするものだろうけれどもッ
「なんだか鎮真。まるっきりお父さんだと思いませんか?」
「娘は渡さん! って感じですね、雰囲気が」
こそこそと話をする二人の会話など耳に入らず、鎮真は悶々と考え続けた。
すっかり気持ちはお父さんの保護者。(07.12.12up)
お題提供元:[台詞でいろは] http://members.jcom.home.ne.jp/dustbox-t/iroha.html
余計なお世話過ぎるので、券は他人に譲りました。(07.11.14up)