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月の行方

英雄の系譜

 はらはらと空から白い物が舞い落ちる。
 鈍色の空を見上げてアルタイルは息をつく。
 初雪が降った。これからは一気に寒くなるだろう。そうして、この地は雪に閉ざされる。
 年の大半が冬のこの国では雪は見慣れたものだった。
 だから地元民である彼は特に感慨すら抱かず、目的地へと足を進める。
 まったくあいつは何をしているんだか。
 我知らずため息が出る。
 他国の……末席に近いとはいえ貴族が、一人で街中をうろうろしてもらっては困ると何度も言い聞かせてきたのに。
 とはいえ、行き先が分かっているだけましか。
 いつものように大通りに向かい、一軒の酒場のドアをあける。
 暖かい空気にほっとして、慌ててドアを閉める。
 ドアの開閉は短い時間でする事が鉄則。でないとせっかく温まった空気が逃げてしまう。
 そうして店内を見渡すと、案の定カウンターに探し人がいた。
 飾り気の無い防寒具に身を包んだ一人の少女。年は十代半ばくらいだろうか。
 何とか肩に届くくらいの髪は飴色で、薄暗い店内では黒にも見える。
 ため息をつきたいのをこらえて近寄り、隣の席に座る。
 その行動に、ちらと一瞬だけネイビー・ブルーの瞳がこちらを向くが、すぐまた目の前のシチューへと戻される。
 いつもならここで二言三言飛んでくるはずなのだが。
「ここ空いてるだろ?」
「座ってから聞くな」
 答えた声は多分に棘を含んでいて、思わずアルタイルは呟いた。
「らしくないな」
 彼女は無反応。ただ一心にシチューを食べている。
 その行動自体がらしくないんだがな。
 この少女はここの店のシチューが好物で、訪れるたびに必ず立ち寄り、それはもう幸せそうに食べているのが普通なのに。
「どうした? なにかあったか~?」
 ご機嫌をとるように頭をぽんぽんと撫でてやると、ぶすっとした表情で睨まれた。
「父上が分からずやすぎるんだ」
 ぼそりといわれた言葉に、内心だけでやっぱりと呟く。
 そんなアルタイルに向かって今にもつかみかからんばかりの勢いで少女は喋りだす。
「我が家は武門の出だ!
 そういう一族に生まれた以上、騎士になりたいと思うのは当然の理!
 だのに何故女だというだけで奇異な目で見られねばならん?」
 確かに彼女の家は武家で、それ故に国が違うながらもアルタイルの家とは交流がある。
「そう言うな。俺の国では女性が戦うなんて事はまず考えられないんだから」
「兄上は良くて私はダメだというのは納得がいかない!」
「いやそりゃあソワレは女の子なんだから、傷でも残ったら大変だろう?」
「戦でつけられた傷は名誉だと父上はおっしゃっていたぞ!」
「いやだから男と女とでは……」
 何を言っても無駄なのはよ~く知ってる。
 今回だって、ソワレの我侭を何とかできなかった彼女の父親と兄から頼まれて説得にきているのだ。
 アルタイルよりも三つ下で、従妹のアリアと仲がいいこともあり、妹同然に可愛がってはいるものの……
「大体兄上はお体が弱いのだ! それなのに無茶をさせられるものか。
 だというのに父上は一向に構わぬ御様子!
 この状況をご先祖様になんと報告すればよいのだ!?」
 貴族の末席とはいえ、彼女の家の初代当主は魔物退治の勇者だという。彼を信奉してやまないソワレからすれば、今の家の状況は彼への裏切りにも等しいのだろう。
「私は絶対に騎士になる!」
 これをどう諦めさせろと?
 正直危ないからやめさせたいとは思うが、騎士になりたいというソワレの気持ちはアルタイルも痛いほどに分かる。なにせ自分がそうなのだから。
「で、だ。アル兄上」
 血のつながりこそ無いが、小さいころから病弱な兄に代わって何くれと世話を焼いてくれたアルタイルをソワレはアル兄上と呼ぶ。きらきらした目で見つめられて彼が言葉に詰まるのにも関わらず、ソワレは問うた。
「どうすれば騎士になれると思う?」
「あ~そうだな~」
 なれっこない。
 そういうのは簡単だけれど、納得しないのは目に見えてるので何とか言い訳を探す。
 というか、その目をやめろ。子どもみたいにきらきらした目でのおねだりに、兄のイエールもアルタイルも弱いと知ってて使うのだから性質が悪い。
 だが、なんとか彼女が騎士を諦めるように仕向けなければ……
「フリストの士官学校を卒業するとか?」
「フリスト?」
 フリストはこの大陸で一二を争う軍事力を持った大国。
 そこには優秀な軍人を育てるための学校があり、数多くの高名な騎士を輩出している。
「他国のものでも入れるのか?」
「ああそれは大丈夫。俺も来年入学するし」
 この百年近くは大きな争いが無かったせいで国交も安定し、どこの国でも身分さえはっきりしていれば入学は出来る。
 その言葉にソワレは満面を笑みを浮かべて宣言する。
「よし! 決めた! 士官学校に入る!」
「は? いや試験あるんだぞ?!」
「受かればいいだけだろう?」
「年齢だって! 十五歳にならないと受けられないんだぞ!!」
「丁度良かった! 一月前に十五になったところだ」
「いやだから」
「そうと決まれば体力つけないとな! シチューのおかわり!」
「はいはい毎度あり~」
 試験はすっごく難しいんだって……
 言おうとした言葉を飲み込んでアルタイルは思い直す。
 これで落ちれば、諦めるだろうと。

 そう考えたのが甘かった。

 がらがらと道を馬車が行く。
 それに乗っているのは壮年の男性が二人と青年。そして。
「うわあっ 海! 海が見えるぞアル兄上!」
「……静かにしてなさいソワレ」
 はあいと言ってソワレはおとなしく父親の横で座りなおす。
「しかし……ソワレが受かるとはな」
 俺もそう思います父上。
 半ば呆然とした口調の父に心の中で同意して、アルタイルは向かいに座る少女をそっと観察する。
 見た目からはごく普通の少女にしか見えない。
 もちろん同じ年頃の貴族の娘に比べれば、逞しくは見えるが。
 さっきからソワレの父親の視線が痛い痛い。だが入学の引き金になったのは間違いなくアルタイルの言葉なので、何も言い返せない。
 しかしまさか……同学年になろうとは……
「父上。ご安心ください、我が家の名にかけて優秀な成績を修めて見せます!」
「やはり止めぬか?」
「何をおっしゃいます! 我が家の名を示す他と無い機会ですよ!」
 馬車は行く。はるか遠くフリストまで。

 士官学校で二人が『双璧』と称されるようになるのは、そう遠くない話。

厳格パパ&騎士の中の騎士という初期設定だったアルタイルの性格がこっぴどく変わった話。おまけにかけらとも設定のなかったソワレのほうが妙に生き生きとしてます。(05.03.30up)

虹の架け橋

「で、アル兄上。何してくれるんだ?」
 満面の笑顔が悪魔のそれに思えた。

 士官学校にともに入学して分かった事は、ソワレは本気で強かったということ。
 入学後初のトーナメントで彼女は対戦相手を片っ端から打ちのめして、そのブロックで優勝をした。
 卒業を間近に控えた今ではアルタイルとて彼女には苦戦する。
 彼女は身長はやや小柄な男性並。体力や腕力では流石に負けるが持久力が半端じゃない。身体的に恵まれていたし、強い精神力に度胸も据わっている。
 入学当初『女に負けるなんて』とか言っていた連中はいまや、『ソワレとそこそこの勝負をしたことがある』などと自慢する始末。
 ソワレは積極的に勝負を受けた。
 無論時折卑怯な真似をするものがいたが、うまく切り抜け逆に徹底的に痛めつけたことも多々ある。
 そんな日々が続きソワレに敵う相手がだんだん少なくなってきた頃から、稽古相手はもっぱらアルタイル相手になってきた。
 小さい頃……まだ国許にいたときには遊び半分で何度か手ほどきした事もあるが、今はそうもいってられない。
 本気を出さなければ必ずといっていいほどに負ける。
 何しろアルタイルが本気を出していないと悟った瞬間から容赦ない攻撃が続くのだ。
 下手な怪我をしないためにも本気を出してやるしかない。
 それでも多少剣先が鈍るのは仕方ない。
 なんといってもソワレは女の子だし、下手な傷をつける訳にはいかない。
 そんな彼の心情を知らずして、今日もソワレはやってきた。
 いつものように審判役を級友に頼み、互いに得物を構える。
 アルタイルは剣、ソワレは槍。互いに最も得意とする武器。
 そうして。

 手にしたコップの中身を飲み干して、ため息とともにアルタイルは言葉を吐き出す。
「……強くなったなぁソワレ。兄さん感激で涙が出ちゃうよ……」
 無論感激のはずが無い。
 三つも年下の、妹のように思っていた少女に負けたのが悔しいからに決まっている。
 剣と剣の勝負ではアルタイルが、槍と槍の勝負ではソワレが必ず勝っていたのは事実なのだが……
 悲しいやら悔しいやら情けないやらで、酒場に直行、自棄酒の真っ最中である。
 彼の心情を表してか、外は小雨が降り続いている。
「俺たちの気持ち分かったろ?」
 審判を頼んだ友に言われて大きく頷く。
「小さいころからやんちゃな娘じゃああったが……」
 アージュには今まで女性の騎士などいなかったはず、とはいえこれほどの成績を収めたソワレを騎士にしないことも無いだろう。
 本気で歴史に名を残すかもしれない。アージュ初の女性騎士として。
 それに比べて自分は……
 情けなくなって再び酒をあおる。
「飲みすぎじゃないか? 大丈夫なのか?」
「ああ。生憎酒には強いからまったく酔えない」
 この地方の酒は弱いと思う。いや、雪国であるセラータの酒が強すぎるのか。
「だからどんどん頼んでくれイアロス」
「言っとくが俺はおごらんからな」
「アル兄上発見!」
 険悪になる雰囲気を一蹴するようなのんきな声がした。
 声の主は左手を腰に当て、逃亡した敗者へ指を突きつける。
「急に行方をくらますのは卑怯だぞ! まだ何を命令するか決めてないのに」
「いいからとにかくさっさと決めろ」
 文句をたれるソワレに、ひらひらと手を振りながらアルタイルは適当に答える。内心賭けをするんじゃなかったとは思ってはいるものの、一度言った事を撤回するのも恥。
「いいじゃないかじっくり決めたって」
 言って彼女はアルタイルの隣に座り、いつものようにシチューを注文する。
「この雨の中探しに来たのか?」
「いや。もうほとんど止んでる。それに門限までにアル兄上を連れて帰らないとな」
「美しい兄妹愛だなぁ」
「……言われなくてもちゃんと帰る」
 なにやらうんうんと頷いて感心しているイアロス。
 アルタイルの呟きは無視されたようである。
 そんな彼を眺めて、腕を組んでソワレは考え込む。
「何にしようかな?」
「嫌がらせに走らないんだ?」
「それはなんとなく卑怯な気がする。
 あ。六花停のシチュー一年間おごってもらうのもいいかな?」
「お前どれだけセラータに居着く気だ?」
「それが問題だからやっぱり却下。
 ここのシチューも美味しいけど、やっぱりあの味がなぁ」
 ふぅふぅ言いつつ注文したシチューを食べる。
 そんなソワレをイアロスはほのぼのとした表情で眺めている。
「いいなぁ。こんな弟、欲しかったなぁ」
「……言われてるぞソワレ」
「何がだ? 好かれるのは悪い事じゃないだろう?」
 男扱いされてていいのか? いや、良いのかも知れん。
 もともとこの娘の考えを読むのは難しい。
 何も考えない事にしてアルタイルは酒をあおる。
「しかし卒業まであと少し、か。淋しくなるな」
「そっか。お前故郷は大陸最南端の国(エスタシオン)だったな」
「そうそう。ソワレは中央の国(アージュ)。アルは最北端の国(セラータ)だろう?
 こうやって酒を酌み交わすのも最後かもな」
 一部シチューだけど。言って彼は笑う。
「会うにしても……そう簡単にはいかないんだろうな。これからは」
 今まで特に気にもとめなかったけれど。
 これからは国の要職に就くことになるだろう。そうなれば気楽に他国の友に会う事など。
「今の平和が続けばいいんだ。でも」
 ソワレがスプーンをとめて言う。
「……戦いになったらそうは言ってられないんだな」
 この百年は何とか平穏な日々が続いた。もちろんそれは表面上のことだけで、水面下では何度も危機があったという。願わくは、この平穏なる日々が続くように。
 しんみりしてしまったこちらと裏腹に店の窓際から歓声が上がる。
「なんかあったのか?」
「虹だ!」
「虹?!」
 誰とも知らぬ問いかけに窓際の客が答え、店中の客が窓に殺到する。
「どこだどこだ?」
「あ! そこか」
「見えないぞ! 前の奴しゃがめ!」
「アル兄上! 虹! 虹だ!!」
「見えてるから少しおとなしく!」
 虹は確かにそこにあった。珍しくはっきりとした輪郭でかなり大きい。
 店が高台にあるせいか、うっすらと消えかかった端の方まで良く見渡せる。
 一通り騒げば後はまるで示し合わせたかのように人々は静かに虹を眺める。
「あっちはアージュの方だな」
 ポツリと呟いたソワレに、やはり虹を見つめたままアルタイルが言う。
「そうだな。虹の脚には宝物が埋まっているとかって良く聞くよな」
「天に続く橋だとかって伝説もあるよな」
「橋?」
 きょとんとした顔で聞くソワレに、イアロスは一瞬だけ彼女に目を向けて。
「そう。虹は橋だって伝説もあるんだ」
「橋……か」
 虹はだんだんと薄れていく。
 歓声を上げる子供達。道行く人も立ち止まり空を見上げている。
 気まぐれな空が見せた、ほんの短い時間のささやかな魔法。
 すっかり薄くなって見分けるのが難しくなって、ようやく人々はそれぞれの席に戻る。
 席に戻ってさっきの虹を肴に盛り上がる人々。
 冷めたシチューを食べ終えて、ソワレは話に夢中になっていたアルタイルをつつく。
「アル兄上」
「ん? どうした」
「決めたぞ」
 その言葉にアルタイルは彼女にちゃんと向き直る。
 果てさて、一体どんな無理難題がふりかけられるか?
「アル兄上の子供が出来たら私にくれ」
 ……本当に無理難題だった。
「何を言い出すんだお前は」
 頭痛をこらえて聞き返せば、そんなに変なことかと問い返される。
「そんなに変か? 私の子とアル兄上の子、結婚させれば両国の掛け橋になるだろう?」
 虹を見てて思いついたんだと、なにやら偉そうに胸をはっているが。
「……結婚相手も決まってないのに何を言うんだお前は……」
 自分には幸いというか不幸というか許婚はいないし、今現在恋仲のものもいない。
 その状況で子供が出来たらくれと言われても。
「両国の掛け橋にって言うんだったら……
 ソワレとアルが結婚した方が早いんじゃないか?」
 彼の茶々に、二人は互いを見て一言。
「アル兄上だし」
「ソワレだしなぁ」
 似たような言葉が出てきて苦笑する。
「……どういう理屈か知らんが双方その気は無い訳か」
 一人の異性としてではなく、対等なライバルとしての意識が強く、兄妹としての感覚のほうが強い。
 恋愛に至る事は無いと双方ともに認識済み。
 親はもしかしたらなどと淡い期待を抱いているようだが。
 それはそれとして。
「気が早すぎるぞソワレ。まずは結婚してからそういう話をしろ」
「いつかはすると思うから今のうちに予約しててもいいじゃないか」
「……モノ扱いは止めなさい」
 小さいころのように悪戯をとがめる口調でいわれてソワレは目に見えて機嫌を悪くする。
「何でも言う事聞くって言った」
 まずい。この子はごね出したらとまらない。さりげなく諦めるように仕向けるしかない。
「性別一緒ならどうするんだ?」
「その場合は親友に」
 説得失敗。
 そういえば、この娘を諭そうとして、それが成功したためしがあったか?
 ……無かったような気がする。
 剣呑な光を秘めてソワレが睨んできた。
「騎士が誓いを破るのか?」
 ……恐喝することも覚えたか。ああ、本当に兄さんは嬉しいよ……
「分かった分かった」
 心の中で泣きつつ、降参といった感じで手を上げる。
「同性なら親友に。異性なら許婚ということだな?」
「そう」
 今度こそにっこりとソワレは笑う。
「じゃあこれで決まり! あ。ちゃんと誓約書書くんだぞアル兄上」
「……徹底してるな」
「当たり前だ!」
 出来れば戦争なんておきなくて、こんな風に穏やかな日々が続いて欲しいけど。
 その危険を少しでも減らしておきたいから。
 血のつながりがあるからって、それが減るわけではないけど。

 一番星が出る頃三人は寮への帰途へ就く。
 そのうち一人は特に意気揚揚としていた。

士官学校卒業間近の三人組の様子。妹分に頭の上がらない兄さん。
ソワレさんは書いてて楽しい人です。(05.04.06up)

「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/