袖振り合うも
教団事件が収まり、警備隊員たちのリハビリ訓練も終了し……西ゼムリア通商会議を控えてピリピリしてはいるものの、思い返せばそれなりに平和といえた頃。
ミレイユが彼を最初に見かけたがいつだったかは、正直覚えていない。
ただ、二度目に見かけた時はしっかりと覚えている。
久しぶりの非番の日にクロスベルへ向かう導力バスの窓から見かけた。
窓から見えた相手は、年のころはならランディの上司にあたるセルゲイより少し下くらい。街中ですれ違ったのならば、確実に気に留めない相手。
印象に残るほどに覚えていたのは、西クロスベル街道をバスを使わず徒歩で移動していたからだ。
これが遊撃士なら分かるが、どうみても一般人。まれに釣竿片手に街道を歩くものを見かけることはあったが。
だから、いまどき徒歩で移動するなんて珍しいなと印象に残っていたのだろう。
前にもこの人を見かけなかったか、と。
バスはそれなりの速度で走っているので、相手を見ていた時間はあまりない。
よく似た人違いということも考えた。だが、通商会議を控えたこの時期に、珍しい徒歩移動の相手。
躊躇はしたが、確認くらいは取ろうとミレイユは警察学校前のバス停で降りた。
探し人はすぐに見つかった。
地図を片手にあちらこちらへと視線をやっている様子を見れば、ただの観光客に見えなくもない。
でも――普通の観光客ならこんなところにはいないわよね。
街中ならおかしくないだろう。それに、そもそも分かれ道自体が少ないのだ。
ただ武器の類を持っているようにも見受けられない。
「こんにちは。どうかされました?」
「あ、ああ。こんにちは」
振り向いた相手は、やはり遊撃士には見えない。
とはいえ、人を見た目で判断してはいけない。
「地図を見ていらっしゃいましたが、どこかお探しですか?」
「いえ……場所ではないんですが」
迷っているなら案内しますと申し出たミレイユに、男性は言いよどむ。
なんと説明しようかと考えている様子だ。
気取られぬように観察する。
大分歩いてきたのだろう靴と、小さくまとめられた荷物から旅慣れている様子が伺えた。
一見穏やかそうな――商売人のような雰囲気をしているが、ただの商売人がこんなところにいる、というのも考えづらい。
「このあたりに、ビタトマトマンという魔獣が出る、と聞いたのですが本当でしょうか?」
問いかけに、虚をつかれた。
「ビタトマトマン……ですか?」
「ええ。すばしっこい魔獣なのですが」
魔獣を探しているといわれて困惑する。
「遊撃士の方です?」
「いえいえ、商人ですよ」
「はあ……なぜ魔獣を?」
「もちろん、商品として扱えるかを確認するためです」
その返答を聞いて、ミレイユは引きつりかけた表情をなんとか保つ。
「魔獣を商品に?」
思い出したのは、アルモリカやマインツで出たという軍用犬。
「ええ。にがトマトと同じような調理法でいけると思うんですよね」
「は?」
けれど、返ってきた答えは予想外もいいところで、思わず間抜けな声が出る。
「あの苦味を活かす料理人さえいれば……いや、まずは確保することが優先か。
ここの遊撃士協会はいつになったら依頼を受けてくれるのか」
ぶつぶつ言い始めた相手を眺めたまま、先ほどまでの内容をまとめる。
つまり、街道を歩いていたのは魔獣を探すためで、しかもその魔獣を食べるつもりだったと?
ああ、もう――
正直、ミレイユは疑いが完全に消えたわけではないけれど、それでも一般人が魔獣探しをするのは危ないと言い聞かせた。
本人も分かっているようだったので、遊撃士の代わりにと支援課を紹介して、妙につかれた気持ちでその日一日を過ごした――せっかくの非番だったのに。
男性――オーヴィッドさんのことは、依頼を受けたらしいランディから後日聞いた。
彼は、本当にビタトマトマンを食べるつもりだったという。
龍老飯店の料理人と意気投合して、いろんな調理案を喧々囂々とやりあっていたとか。
もしかしたら、そう遠くない日にあの魔獣を使った料理ができるかもしれない、なんて思ったミレイユの耳に、昼食の知らせが入る。
さて、今日の食事は何かしら。
少しわくわくした気持ちで向かった食堂で待つものが、先ほどまで思い返していたものだと知らずに。
一人目のリプと二人目のリプでお話作るよ!なお題。
二人目がなかなか決まらず、ネタはすぐにできたのに筆は進まず……こんなになってしまいました。