やさしい嘘と贈り物
「「あ」」
綺麗に重なった声は二つ。
一人はデパートから出た直後。もう一人は裏通りから出てきたところ。
見慣れた姿を認めて視線をやり、それぞれ手にしたものへと固定される。
デパートから出てきた方には淡く色づいた半透明の袋に入れられ、リボンでかわいらしくラッピングされた大きなぬいぐるみ。
裏通りから出てきた方はラッピングなしのぬいぐるみ。
ここ、クロスベルで大人気のマスコットキャラクター・みっしぃだった。
「ええと……」
先に口を開いたのはロイドだった。が。
「かぶっちまったかー」
あははと笑ったのはランディが先だった。
もっとも苦笑という色合いが強く、小脇に抱えられたみっしいの顔も相まってやたらと困って見える。
いや、みっしいは元々ああいう表情なのだが。
「ロイドがキー坊へプレゼントなら、こいつはティオすけ行きだな」
「あ、ああ。ティオ、みっしぃ好きだからな」
「これでティオすけにも土産が出来たわけだ……で、ロイド」
「うん?」
「お嬢には何か買ってるのか?」
「いや……」
今日は元々、キーアへのプレゼントを買いにきたのだ。素直に首を振るロイドにランディがなってねぇなと笑う。――笑う。
これは『よくない』笑い方だ。特務支援課として、仲間として、ともに暮らしてきたから分かる。
ロイドをからかう時の笑い方、だ。
「キー坊へはお前のみっしぃ。で、ティオすけにはこいつがある」
言葉とともにぽんとみっしぃの頭を叩くランディ。
「で、エリィにだけ何もないから……?」
「わかってんじゃねーか」
にやにやと笑うランディは本当に楽しそうで腹が立つ。
とはいえ、彼の言い分は最もだと思ったのだろう。
しばらく難しい顔をしていたロイドが、回れ右をしてデパートに戻るのにそう時間はかからなかった。
「で、それが元凶ですか」
「元凶って……その言い方はないだろうがよティオすけ」
「元凶と呼ばずして何と呼ぶのですか。まあ、エリィさんが嬉しそうなのは喜ばしいことですが」
「まあ……なぁ」
ソファに陣取った二人はそろってテーブルの方へと視線をやる。
それはそれは嬉しそうなエリィが花瓶に花を生けている姿と、ティオに負けず劣らずみっしぃを抱きしめているキーアの姿。
「俺もなぁ。ちょっとしたアドバイスのつもりだったんだが」
「アドバイスなら、具体例まで出せばいいんです。花束は別にかまいません。
バラというのも……まあ時期ですからおかしくないでしょう」
ぽふぽふという可愛らしくも気の抜ける音とは逆に、声音はいつもよりも冷たい。
幸せいっぱいといった様子でみっしぃに頬ずりしているこの姿から発せられるものとは思えぬくらいに。
「まったく何事かと思いました」
帰宅したランディが聞いた話はこうだ。
キーアへとプレゼントを渡した後、ロイドはエリィへ花束を差し出した。
両手で抱えるのも難しいほど大きなものを。
「大方、日ごろの感謝を伝えるためには量があったほうが、とかって考えたんだろ」
「さらに店員さんに乗せられた可能性もありますね」
大きなバラの花束、おまけに真紅のバラとくれば、エリィでなくても勘違いするだろう。
いや、ロイドのとった行動がおかしい。日ごろの感謝のつもりで告白かプロポーズかのような演出をするほうがまずい。
「キー坊は気に入ってるみたいだが、ティオすけも気に入ったか?」
「ええ、このもふもふ感は最高です」
「そりゃ良かった。重ねてくれたロイドに感謝だな」
からからと笑う声を頭上に聞きながら、ティオはみっしぃのぬいぐるみへと顔をうずめる。
重ならなくても、自分用を用意していたくせにとは口に出さない。
ランディが持ち帰ってきたみっしぃには首の部分に細い糸で手のひら台のぬいぐるみがくくりつけてあった。
だからきっと大きいほうをキーアへ、小さいほうを自分へくれるつもりだったんだろう。
けれど、ロイドと重なってしまったから――引いた。
こっちをキーアにあげれば、小さいぬいぐるみも彼女のものになったろうに。
「ランディさん」
「どうしたー?」
「こんな賄賂をいただいても、話すときは話しますので」
「ちょっ そりゃないだろティオすけ」
「賄賂?」
「ちょっとランディ何の話?」
不穏な単語を聞きつけて生真面目二人が詰め寄ってくる。
いやいや誤解だと弁解を続けるランディと、信用してない様子のエリィの声を聞きながら、ティオはこっそりと笑みを漏らし、みっしぃに強く抱きついた。
碧の軌跡クリア記念に。時間軸的には多分零の後碧の前あたり。