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兄7~10

約束した

 あらかじめ分かってはいたが、アガットが予想以上に苦労したのが座学だった。
 今までろくに勉強などしてこなかった。必要も機会もなかった事もあるし、もともとの性格から苦労するだろうとは思っていたが。
 自由に調べものをしてもいいと言われた本棚。
 正直、そこに並べられた背表紙を見ているだけで眠くなる。
 が、しかし。
 遊撃士を目指すなら、知識を詰め込むことは必要。
 いやいやながらも本棚へ向かえば、アガットがつまづいた箇所について書かれている本が、自己主張せんばかりに置かれている。
 ますますあのおっさんの手のひらの上で踊らされている気がして面白くない。
 特に座学の続いたここ数日は疲れ果てている。
 原因はこれだけじゃない。
 今までとは別の意味で注目を集めるようになったこと。
 『あの』カシウス・ブライトの弟子だから、と。
 養われるだけのつもりもないし、協会帰りに買い物へ行けば店員に気安く話しかけられ、町を歩けば挨拶をされ、それがとても好意的だから余計疲れる。
 あのおっさんめ、早々に噂流して逃げにくくしやがったなと罵っても、もう意味はない。
 さっさと買い物を済ませて返ろうとしたところで、聞きなれた声が背中にぶつかった。
「アガットにい!」
 いやいやながらも振り向けば、通りの向こうから大きく手を振りながらこちらへとかけてくる小さな影。
 街中で、こんな大声で呼び止められるものがいれば一瞬視線は集まる。
 こうしてまとわりつかれたのは今日が初めてではない。
 そして、なんだかんだでカシウスはあちこち飛び回っていることが多い。
 となれば、導き出される答えは。
「お前か、犯人は?」
 アガットの問いには答えず、こちらまで走ってきたエステルは軽く息をはずませながら胸を張ってふんぞり返る。虫取り網は隠れきれずに見えているが、両手は後ろにまわして何かを隠したまま、なんとも器用なものだ。
「へっへー。あたしのじつりょくをおそれてにげようったって、そうはいかないんだからね!」
「何の話だ」
 相変わらず人の話を聞かない子供だと思っていれば、にまっと笑った。
「これでどうだ!」
 そう言って勢い良く差し出されたのはエステルの掌には大きい……アガットの手に乗っても十分に大きいカマキリ、に似たもの。
「ちょっと待て、それ魔獣じゃねぇのか」
「ドラゴンマンティス。ちゃんとしたカマキリだよ、アガットにい」
 そう言っているが本当だろうか?
 カマキリに似た魔獣は実際いるし、その幼虫じゃあないだろうか?
 戸惑うアガットをしばし大きな瞳でじっと見つめ、エステルは慣れた様子で虫をかごに入れる。
「よし、つぎいくぞ」
 槍のように勇ましく虫取り網を掲げて、来た道をてってと走っていく。
 子供は元気なことでと思う反面、妹との差に戸惑う。『女の子』の標準は絶対に妹の方だ。
 そのまま走り去っていくかに見えたエステルだったが、くるりと振り返り、両手を口のまわりにやって大声で叫んだ。
「つぎおっきいのつかまえたら、いっしょにむしとりだからね! やくそく!」
「はぁ?!」
 すっとんきょうな声が思わず飛び出るが、エステルは言うことは言ったとばかりにもう振り向かずに走り去っていく。
 なんで俺が虫取りなんざしなきゃなんねぇんだ?
 そう思うが、『約束』の一言に思い出す。
 数日前、虫について語るあいつに『もっと大きいの捕まえたら見てやる』と言った。
 先程の虫を自信を持って見せに来たということは、アガットに『見てもらえる大きさ』だと判断したからだろう。
 あんなもの小さいといえば、大きい虫を捕まえるたびに見せに来るに違いない。
 ……一回だけ付き合ってやるから、見せには来るなというべきだろうか。
 先を思って、はぁと息を吐く。
 しかし、吐かれた息は、ため息と呼ぶには軽かった。

一個一個、増えていく約束。
他愛ないものだからこそ、愛しい。10.05.26

半ば諦めて

 アガットは現在、カシウスに教えを請うている、つまりは弟子である。
 住み込みで師事しているため、注目度もハンパない。
 逃げ出すことはもう諦めた。これだけ周りに知られてから逃げたのでは、厳しい修行に耐え切れなかったと自ら敗北を認めることだ。
 単純に反発してここを去るだけでも、周囲は『負けた』と見るだろう。
 そこで、方針を転換し、一刻も早く準遊撃士となるべく、勉学に励むことにした。
 元々ここで生活するという約束は、アガットが隼遊撃士になるまでであったことだし。
  そこまではいい。
 だが、アガットが気に入らないのは、現状はどうみてもカシウスに養われているということだ。
 衣食住すべてが用意されている……生活基盤が整っているということは楽なことだが、気持ち的にはよろしくない。相手があのおっさんだからということもあるだろう。
 出世払いでいいというものもいるだろうが、借りを増やしたくない彼にとっては我慢ならないことだ。
 ただ、問題は金を稼ぐ方法。
 今まで使っていた方法は瞬時に却下する。そもそもああいうことを止める為にここにきたのだからして、戻ったのでは意味がない。
 あてに関して言えば……紹介されるだけでも借りが増える気がする。
 自身で探すといっても……
「おいこらちび、どこに行く」
 考え事を中断されたのは、いつも外に出るときには虫取り網や釣竿などを持って出るエステルが、何も持たずにドアを開けようとしていたから。
「ティオのとこ」
「ダチか?」
 意味が分からなかったのか、そのままを鸚鵡返してみせてから、エステルは胸を張る。
「パーゼルのうえん。
 いま、ティオのおかーさんたいへんだから、てつだいにいくの」
「農園?」
 返された単語に考える。
 ――これしかない。

 パーゼル農園でせっせと働くアガットの姿が見られるようになったことや、エステルをはじめとする、時に悪がきと称される子供たちに懐かれるようになったとか。
 町へ出るたびに聞かされるそういう話に、カシウスは大変満足そうだったという。

一方的に養われるのは絶対に気に入らないはず。ヨシュアは武器屋でバイトしていたけど、アガットなら農園とかかな、と。10.06.02

兄弟だと感じる瞬間

「ねーねーアガットにい」
 ちょこまかと付いて来るちびにはもう慣れた。
 大体の行動も読めるほどには。
 まあ、直情型のこいつの行動を読むのは難しいことではない。たまにとんでもないことをしでかしてはくれるが。
 こうして返事をしなければ――
「ていっ」
 ぺしっと軽い音を立てて足が叩かれる。
 返事をしろということだろう。
 呆れ交じりにそちらを向けば赤茶の瞳が睨みつけてくる。
「……なんだ」
 返事をしたことで気分を直したのか、先程までの不機嫌は鳴りを潜めて、楽しそうに聞いてくる。
「なにしてるの?」
「見てわかんねえのか。勉強だ勉強」
「えー」
 机についていて、分厚い本を――それも文字だけのものを――開いていて、元々読書を趣味としているような人間でない限り、勉強に違いない。
 分厚い本を嫌そうに見て、考え込むようなそぶりでエステルは問いかける。
「アガットにいは遊撃士になるの」
「だから勉強してんだろうが」
 目的が、目標がなければするはずがない。
 嫌々ながらも勉強を続ければ、ガタゴトと音を立てて椅子が近くに運ばれてくる。
 何をするつもりなのか眺めていると、椅子に座ったエステルはアガットの手元の本を眺めている。
 いくらなんでも子供にはまだ難しすぎると思うが。
 エステルは将来、遊撃士になるというようなことを時折口に出している。
 『遊撃士になるために必要』ならば、勉強もするということだろうか。
 最初は真剣に、けれど途中からは暇そうに本を眺めていたエステル。
 飽きて遊びに行くかと思いきや、こっくりこっくりと舟をこぎ始めた。
 風邪を引かせると後が面倒なので、手近にあった毛布をかけてやって再度本に向かう。
 が、窓から差し込む光は優しく温かく、中々頭に入ってこない本の内容と相まって眠りを誘う。
 睡魔に屈するまでに、そう時間はかからなかった。

兄弟じゃなくても、この二人は元々似たもの。10.06.09

それでもやっぱり

「今日は遠出をするぞ」
 朝食の席でそう言い放った人物は、相変わらずいつもどこか楽しげだ。
「そうかよ」
 アガットの返答も、すっかりこの家に馴染んだもの。
 カシウスが家を空けるのは珍しいことじゃないし、人づてに伝言で出かけたと聞かされたときもある。
 もっとも、アガットがいるからこそ家を空けるようになったのかもしれないが。
 しかし彼の反応に、カシウスは楽しそうな顔を一変して呆れ口調で言う。
「何を他人事のように言っているんだ。お前さんもだ」
「は?」
「えー、おとーさんあたしは?」
「エステルは留守番。お土産を楽しみにしてていいぞ」
「ゆったな! つまんないものかってきたら、ただじゃおかないから」
「おお。末恐ろしい事いうなぁ」
 楽しい親子の会話に混ざれないのは今に始まったことじゃないが、その前に言われたことは聞き捨てならない。
 どういうことだと問う前に、カシウスがこちらを見やってにやりと笑う。
「今日はビシビシいくからな」
「今日も、だろうが」
「アガットにい、がんばれ!」
 嬉しくもない宣言に、せめてもと憎まれ口を叩けば、邪気のない応援が来た。
 へいへいと返事代わりにわしわしエステルの頭を撫でるアガットを見て、カシウスは満足そうに笑う。
 これなら、大丈夫だろうと。

 宣言どおり、本日の訓練は過酷を極めた。
 軽いノリでロレント地方からボース地方へ移動し、たどり着いたのは霧降り渓谷。
 訓練内容はある場所に隠した宝箱を取ってくること。
 まさかここを一人で行かされるとは思わなかったアガットだったが、出来ないのかと問われれば負けん気が先にたって、勢い良く出発していた。
 戻ったときには満身創痍に近い状況になっていたことは言うまでもない。
「おお。予想より早かったな」
 カシウスは満足そうに言って、宝箱を一度受け取り、検分するように眺めてから再度アガットに手渡した。
「あ?」
「開けてみろ」
 少しむっとするものの、はたと思い浮かぶ。
 まさか。
 思ったよりも慎重に、そっと蓋を持ち上げる。
 箱に収められていたのは、予想通り――焦がれ続けた小さな紋章。
「準遊撃士の紋章」
「ああ、よく頑張ったな」
 達成感と同時に、一抹の寂しさのようなものを感じたのは気のせいだろう。
 帰るぞと言われて、何も言わずに着いて行く。
 カシウスは楽しそうに今日はご馳走だとか言っている。
 これで……カシウスの家にいる『理由』がなくなった。大手を振って出て行ける。
 知らず、胸の石を握り締める。
 まだ、遊撃士になれたわけじゃない。途中に……通過点に過ぎない、のに。
 立ち止まりたいと思う自分がどこかにいることに、アガットはいらついていた。

 その日は宣言どおりにご馳走で、ロレントの街の暇人たちが皆集まったんじゃないかというくらい騒がしかった。
 疲れて帰って来て食事を作るのは面倒だったからと、酒場が宴会場になってしまったのもまずかったんだろう。
 遊撃士協会から推薦状をもらうまではロレントで活動することになる。
 でも、その後は各地方を回り、推薦状を集める必要がある。
「アガットにい、おめでと!」
 屈託のない笑みで告げられた祝福に、気のない返事をしたのがまずかったのだろうか。
「どしたの? なんか、やるきなさそうに」
「酔っ払いどもがうるせーんだよ」
「ふーん。でもアガットにい、さきにゆうげきしになったからってかったとおもわないでよね」
「はぁ?」
「あたしもおおきくなったらゆうげきしになって、アガットにいをおいこしてやるんだから」
「誰がちびなんかに追い抜かされるか」
 凛々しいことをいうエステルに、ようやくアガットに笑みが生まれる。とても苦笑に近いものだったけど。
「ゆうげきしになるのに、あちこちいくんでしょ?
  かえってきたら、たくさんはなしきかせてね」
 その一言に、虚を衝かれる。
「帰る?」
「アガットにい。ちゃんとかえらないと、おとーさんみたいなふりょうになっちゃうよ」
 呆れたように言われた内容の突拍子のなさに、かえって冷静になれた。
「誰があんなおっさんに似るか」
 不良というのは否定できないが。
 けれど……どこか重かった気分がすっとした。

 まさか、帰ってきてもいい、なんてことを望んでいたとは。
 当時の自分を思い出すと、全身が痒くなりそうだ。
 アガットは今、王都からロレントへ向かっている最中だった。
 グランセルで最後の推薦状を貰い、晴れて正遊撃士へと昇格した。
 約束もしていたし、エステルにいろいろと土産も買ってある。
 それから、カシウスには一応……報告しておいた方がいいだろう。正遊撃士への昇格なんて知ってるだろうけど。

 ロレントの街から少し外れた小さな家で、久々に帰ってきた『長男』に、『次男』が紹介されるまであと少し。

帰る場所が欲しかった。以上で完結です。10.06.15

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