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兄4~6

後ろを振り返る

 やたらと虫について熱く語る子供を適当にあしらって、アガットは昨夜使った部屋に戻った。
 出て行ってやる。
 決意を新たにしてなるべく静かに階段を降りる。子供に見つかったらきっとうるさい。
 ルーアンまで戻るには……歩くしかないだろう。
 グリューネ門からグランセル方面に抜けて帰ることに決めて、周囲の様子を伺いつつ扉を開ける。
 居間にも、どうやら庭付近にも子供はいないようだ。
 相手をしてくれないと諦めて、部屋にこもっているならちょうど良い。アガットは好機とばかりにブライト家を後にした。

 エリーズ街道は静かで、魔獣に出くわすこともなく歩いていた。
 ぶつぶつと文句を言ってしまうのは仕方ないだろう。
 一瞬でも教えを請おうと考えてしまった自分が嫌になる。
 それに子供がいるのが一番の問題だ。自分のことも出来ない子供には関わりたくない。
「……てー」
 遠く、聞こえた声にアガットは足を止める。
 声に聞き覚えがあった。
「ったく、あのおっさんは何考えてんだ?!」

 気合を入れて振り下ろした網。
 確かに捕獲したことを確認して、エステルは満足に笑った。
「へっへー。やっと捕まえたぞおっきなカマキリ!」
 今迄で一番大きなカマキリに満足して観察する。
 これはびっくりするかな?
 思ったのは父が連れてきた『お客さん』。
 なんだかずっと怒ってて、さみしそうな顔をしていた。
 もう一度カマキリを観察する。
 これじゃびっくりしないか。よし、べつのむしをさがそう。
 カマキリを放したエステルの耳に怒鳴り声が聞こえた。
「こんなとこでなにやってんだガキ!」
 振り向けば、『お客さん』が怒った顔をしていた。
「むしとり!」
「虫取りじゃねぇ! ここがどこか分かってんのか?!」
「ミストヴァルドのちかくだよ。
 もりにはいらなかったらいいって、おとーさんいったもん」
「あのおっさん……」
 なんだかすごく怒った顔をして、『お客さん』はエステルの頭を叩いた。
「おら帰るぞ。魔獣がでてきたらどうするんだ」
「えー」
「えーじゃねぇ。ガキは大人しく庭で遊んでろ」
「だってあんまりむしいないんだもん」
「なんでそこまで虫にこだわるんだ」
 さっさと背を向けて歩き出すアガットをしばらくエステルは睨んでいたが、仕方なく後を追いかけた。

 歩幅の違いをアガットもわかっているので、普段よりゆっくりと歩く。
 結局、出て行こうと思っていたのに、阻止されてしまった。けれど、あそこで放っておくわけにも……
 しばし無言で歩くアガットだったが、ふとついてくる足音がしなくなったのに気づいて後ろを振り返る。
 十歩ほど離れたところでエステルは花に止まっている蝶にゆっくりと近づいているところだった。
「何してんだちび!」
「あーッ」
 アガットの怒鳴り声と同時に、蝶が飛んでいく。
「せっかくあとすこしでつかまえられたのにー!」
「うるせえ!」
 文句を言うエステルの腕を掴んで、引きずるようにして家へと向かう。
「はなせー! あたしのクロアゲハー!」
「ぎゃーぎゃー騒ぐな!」
 腕を引っ張って連れ帰ろうとするアガットに対し、エステルは全力で足を踏ん張って対抗する。

 最後にはエステルを荷物のように抱え上げて、なんとかブライト家に戻ってきたアガット。
出迎えたのは、おお仲良くなったなーとのんきに人が悪そうに笑うカシウスだった。

某ネコとネズミではありませんが、「仲良くケンカしな」って感じです。
ちっちゃい子から目を逸らしたら駄目ですよ、すーぐどこか行くんですからね……09.05.17

呼称の重要性

 結局、その日は出て行くことが出来ず、翌朝以降も決意だけはするものの、運悪くあるいは謀られて出て行くことはままならず……数日たった今も、アガットはブライト家にいた。
「ねぇねぇ。足が多いのと、羽根があるのとどっちが好き?」
 相変わらず人の話を聞かない子供は、何かとアガットに近寄ってくる。
「うるせぇ近寄んな」
「じゃあ目が大きいの? それとも強いの?」
 人の話聞いちゃいねぇッ
 懲りずに問いかけてくる子供を睨みつけても臆した様子はなく、どっちが好きか早く答えろと言わんばかりに睨み返される。
「ねぇねぇ。ふりょーせーねん」
「誰の事だッ」
 いや。自分が不良じゃないとか言うつもりはなく、なんでそんな呼ばれ方をするのかと怒鳴れば、父さんがそう呼んでたからと返される。
 呼び方が気に入らなかったことだけは気づいたらしい。
「アガットはどんな虫が好き?」
 呼び捨てか。
 あのおっさん一体どういう教育してやがんだと小さく毒づけば、やはり気に入らなかったのが分かったのだろう。
 こくりと首を傾げてエステルは再度問うた。
「じゃあ、おにーちゃん?」
『お兄ちゃん』。
 呼ばれたとき、どんな顔をしていたのかなんて分からない。
 ただ、はじかれたように顔を上げたアガットを見るエステルのびっくりしたような――まだあどけない様子に、『妹』の姿が重なった。
 怒鳴ることも出来ずに固まったアガットにエステルは何を思ったのか。
 真顔のままぱちりと瞬きをして、首を捻った。
「シェラねえだから、アガットにいのほうがいいかなぁ。
 うん。アガットにい!」
 独り言のように呟いて、それから満面の笑みを浮かべて、ずずっと詰め寄る。
「それで、アガットにいは強いのが好き? カブトムシ? クワガタ?」
「……は?」
 ねぇねぇどっちと問いかけるエステルからは気まずさも何も感じられない。
 人の話を聞かないとは常々思っていたが、ここまでとは。
 なんだか怒るのも疲れたし、下手に理由を問われても困る。
 このまま流してしまうことにして、口を開いた。
「どのくらいの捕まえたことがあるんだ?」
「え? いままででいちばんおおきいのはこれくらいの!」
 得意そうに親指と人差し指を広げて大きさを示すエステルに小せぇなと返せば、案の定噛み付いてきた。
「もっと大きいの捕まえたら見てやるよ」
「いったな! ぜったいつかまえてきてやる!」
 いい終わるなり網を持って外に飛び出していくエステルを止めるまもなく見送る羽目になって。
 扉の閉まる音で我に返ったアガットは、片手で顔を覆ってそのまま壁にもたれた。
 ごく普通の呼び方をされて、こんな露骨な態度をとる自分が情けない。
 ぎりと音が出るほどに奥歯をかみ締め。
「どうだアガットにい! おおきいのつかまえたぞ!」
 激しく開けられたドアの音と得意そうなエステルにあっけにとられる。
「ほら!」
 自慢げに虫を差し出す――どうでもいいが、目の前に突き出すな――エステルを見てると、なんだか力が抜けてきた。
「……まだまだ」
「えーっ」
「くやしかったら、もっとデカイの捕まえて来い。ちび」
「むー」
 いつこしらえたのか擦りむいた鼻の頭をつついて言ってやれば、エステルは不満そうに唸る。
「わかった。ぜったいおどろかせてやる!」
「ほー、ちびは昼メシいらねーんだな?」
「…………いる」
 右足を軸に反転し、今にも外に飛び出していきそうだった子供に声をかければ、嫌々そうにまた振り返る。

 口げんかしつつも打ち解けた様子の二人に、カシウスは満足そうに頷いた。

呼び捨ては許せないが、『お兄ちゃん』と呼ばれると妹を思い出す。
性格は正反対でも、似ても似つかなくっても、自分より年下の女の子ってだけで、当時のアガットは関わりたくなかったんじゃないかなぁと思います。09.08.02

呼称の重要性

 今すぐ出て行くと決意すること、はや十数回。
 しかし、目標は達せられることなく、十日目の朝を迎えていた。
 今日も今日とて繰り返し目標を立てる……が、そろそろ辛かったりもしてきた。
 何せ毎回毎回、出て行こうというタイミングを図ったかのようにあの親子は邪魔してくる。
 そう、邪魔さえされなければ。
 カシウスは仕事で家を空け、明日までは帰ってこない。
 子供もいつものように虫取りに行った。
 今がチャンス、か?

 着いてしまった。
 念願の『脱出』を果たしたというのに、アガットはむしろ困惑していた。
 ミストヴァルドの近く、グリューネ門はもうすぐだというのに。
 ルーアンに帰る絶好の――下手をしたら最後の、チャンスなのに。足が凍りついたように動かない。
 どれだけそうしていただろうか。
 近くの茂みが音を立てたことで、アガットはようやく動けるようになった。
 最初に見えたのは虫取り網。続いてあちこちに葉っぱをくっつけ、ほつれかけた赤茶の髪がひょこんと見えた。
「あれ?アガットにい」
 赤みの強い目を不思議そうに瞬かせて、カシウスの娘が問う。
「こんなところで何してるの? あ、さては。みちにまよったな!」
「迷うか」
 びしっと指を突きつけて面白そうに笑う子供に応じる声。
 だがそこに、いつもの棘も覇気もない。
 それをどう思ったのか、子供は再度問いかける。
 恐る恐る、どこか遠慮した様子で。初めて見るかもしれない、しおらしさを持って。
「じゃあ、むかえにきてくれたの?」
 期待と不安が入り混じった声。
 迎えに来たわけじゃない。出て行こうと、そう思っていたのに。
 清々すると別れを言ってもいいはずなのに。
「早くこねーと置いてくぞ」
 口から出ていたのはその言葉。足はさっさとブライト家のほうへ向かっている。
「うん」
  嬉しそうな子供の声が後ろから追っかけてきて、『家路』につく。
 さっきまでの妙な焦燥感は、もうどこかに消えていた。

出て行くきっかけが欲しかった。出て行くのを止めて欲しかった。
結果的に、絆されました。10.05.19

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