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時代の扉(前編)

 すべての準備は整った。
 あとは影の王が待つ場所へ向かうだけ――
 と、いうところで。
「扉?」
「そう。新しい扉があったの」
 だから戻ってきたのだと告げるエステル。
「なんや必要なものでもあったん?」
「必要というか、人数が足りなかったんです」
「人数て」
 不思議そうに考え込むヨシュアとおそらく似たような顔をしているのだろう。
「この扉に入るには十人揃えて来いって言うのよ」
「それだけ厳しいものが待っている可能性がある」
 気を引き締めていかないとなというジンに頷き返し、何があっても対処できるように捜索メンバーは組まれることになった。

 扉を開けた先は光の差し込む神秘的な部屋で、こうして見学するぶんには綺麗なのにと残念に思う。
 部屋の中央には大きな宝箱が一つ鎮座ましまして、怪しいことこの上ないが慣れてしまった自分に苦笑する。
「開けるで」
 後ろにいる仲間に宣告して、ケビンはゆっくりと箱を開けた。
「うん?」
 中に入っていたのは――なんというか、いろいろなもの。
 杖だったりおもちゃのようなものだったり。
「なんやこれ?」
「おもちゃ箱みたい」
 横から覗いていたリースが箱へと手を伸ばす。
「リース! 何があるかも知れんのに」
「ケビン。私は従騎士。
 調べるには手に取るほうがいいし、そんなことケビンにさせられない」
 言っていることは結構殊勝な気がするが、ならなぜ中から団子――ぽいもの――を迷わず手に取ったとは聞かない。
「なんやろな、これ」
 ケビンも箱から一つを適当に選び、手にとって見る。
 掌に収まるそれは真っ黒な長方形で、何がしかの図案が金で描かれていた。
「全部で十個ありますね」
 そう告げたのはヨシュア。
 手にした本はこちらで良く見かけるものと違い、装丁されていない。
「一人一つずつ何かを持てばいいってこと?」
「だろうね」
 エステルの言葉に応え、ヨシュアは頷く。
 なんとなく全員の視線が合わさり、一人一人と箱からアイテムを選ぶ。
 最後の一人が選び終えたとき、すっかり聞きなれた声が響いて光がはじけた。

 光が弱まったのを確認して、知らず閉じていた目を開ける。
「なんや、ここ?」
 見覚えのない場所だった。
 これでも任務であちこちの国を回っているのだが、どことも違っていた。
 地面はならされているものの石畳ではないし、建物はほとんどが平屋で建築様式が違う。
「カルバート……?」
「いや違う」
 自信なさそうに紡がれたシェラザードの言葉はジンに否定され、エステルがはっとした表情で辺りを見回した。
「ヨシュアがいない」
「皇子もおらんね」
「ケビン。クローゼさんにリシャールさん、それからアガットさんもいない」
「分断されたか」
 大人数を指名されたことから考えなかったわけではないが、それでも仲間と分かれるとなると。
『いえ。僕は一応います』
 苦い思いをする面々に、どこか申し訳なさそうな声がかかった。
「ヨシュア?!」
「どこにいるの?」
『どこといわれると困るんだけど……エステルたちの様子は見えるよ』
 姿は見えない。けれど声は聞こえる。
 心配そうなエステルの様子にヨシュアは申し訳ないと思いつつも幸せをかみ締めて、自分の状況を説明する。
 気がついたら真っ白な部屋にいたこと。
 壁の一面にエステルたちの姿が映っていること。
 そして――先ほど手にしていた本のこと。
『何かの台本みたいなんだけど、エステルたちの名前が書かれてるんだ』
 多分、部屋に入る前に選んだアイテムが関係しているんだと思うと告げるヨシュアに、シェラザードは難しそうに呟いた。
「つまり、影の王はあたしたちに劇をやらせようってわけ?」
『そのようです。どういうつもりかは分かりませんが』
「受けてたってやろうじゃないの!」
 勢い良く拳を振り上げたのはエステルで、ジンもシェラザードも力強く頷いている。
 敵わんなぁと彼女を憧憬の目で見るケビンだったが、それだけだ。
 煉獄を見た今はどこかふっきれたのだろう。
 今やるべきことはこの影の国から脱出すること。
 ――先に待っているものが分かっていても。
「ケビン」
「ん?」
「これ、美味しそう」
「リース……」
 常と変わらぬマイペースな幼馴染は店先でじっと他の客を観察していた。
 エルモ村でも見たことのある『のれん』には『茶』と書かれてあり、見ればなるほど茶と茶菓子が供されている。
「うちの団子は絶品だよ」
 おまけに売り子の女性が薦めてくるものだから、リースはますます笑顔になっていく。
「リー」
「ちょっとリースさん、あんまりのんきすぎやしない?」
 窘めようとしたケビンを遮ったのは、珍しいことにシェラザードだった。
「姐さん?」
「あたし達がそんなにのんびりしてるわけにもいかないでしょう?」
 しかし、そう言っている彼女こそが微妙な顔をしていた。
 つい口が滑ったというわけでも、ケビンの注意は聞かないだろう判断したうえでの発言ではないような。
「ですがシェラザードさん。各地の特産物は旅の楽しみです。
 急ぐ旅といえど楽しみまで奪うことは無いと思います。ねぇエステルさん」
「え? うん。そうね。ちょっと休憩してもいいんじゃない」
 話をふられたエステルはともかく、リースもどこかおかしい。
 言っている内容はリースが普段から考えていることだろうから特に違和感はない。
 けれど、表情がそれを裏切っている。
 そこまで考えたとき……背筋がぞっとした。
「ヨシュア君」
 知らず、呼びかける声は低くなった。
「これも『書かれていること』なんか?」
『――ええ』
 応えもまた低く、事態の難解さを実感させるもの。
「これも『ルール』ってやつか」
「気に入らないわね」
 重く呟くジンに吐き捨てるように同意するシェラザード。
 残りの仲間が気にかかる。
 もし『敵対する相手』に配役されていたら?
 表情が険しいものになる。
 どうするべきか、ケビンが口を開こうとしたとき。
「放してください!」
 よく聞きなれた声が響いた。
「今の」
「クローゼ!」
 声のしたほうに駆け出したエステルだったが、五歩といかぬうちに足が縫いとめられる。
「エステル、何やってんの?」
「足がっ 動かないの!」
 どうしようもないと呆れ顔の姉貴分に泣き言のように叫ぶエステル。
 ふと――頭に何故か浮かぶ台詞。
「シェラ姉っ! ケビンさん!」
「はっ」
 呼ばれた瞬間に、二人は応えて駆け出した。
 だんだんとクローゼの声が近づいてくる。けれど、それ以上に気になるのが。
「姐さん」
「なぁに神父さん」
 先ほど感じた違和感の答えを知りたくて呼びかけたものの、どう表現していいか分からない。
 頭の中に突然浮かぶ台詞。そして知らぬ間に口からこぼれる言葉。
「妙な感じやな」
「そうね」
 こんな妙な真似してくれる相手はお仕置きしなきゃ。
 ぞっとするような目でそうささやく遊撃士をこれ以上刺激するのは得策ではないとばかりに、ケビンはまず目の前の事態を収拾するべく動いた。