Nornir
ぼんやりと意識が浮上する。
夢から醒めるときのように少しずつ現へと戻ってくる。
――痛い――
最初に回復したのは意識ではなく痛覚だった。
――何故、どこが痛いんだろう?――
はっきりしない頭で考える。
ずきずきとした鈍痛ではない。体の内から来るものでもない。
――背中が熱い――
怪我を負ったのは背中なんだとか、傷が熱いせいで他が冷たく感じるとか、ぽつりぽつりと思考が漏れる。
痛みでまとまらない思考と違い、五感は少しずつ戻ってきた。
聴覚はささやかな音を拾っているし、投げ出されているであろう腕がざらざらとした――多分地面の――感触を伝える。そして、もう一つ。
――あたたかい?――
右の頬から首筋にかけて、温かいものが触れている。あたたかくて、やわらかいもの。
耳が拾う、聞きなれた声と言葉。
まだ重いまぶたを何とか持ち上げて、戻りきらない視力をもどかしく思いながらも、そこにいる『彼』を見つめた。
『なんだ。生きてるじゃねぇか』
思い出したのは、とても昔に聞いた言葉。
ふっと小さな笑いが漏れる。
「ディアナ?」
不審そうなラシェの声。
怪我を負って気を失った人間が、目を覚ました途端に笑ったんじゃ当然かもしれないけれど。
「なんでもないの」
ただ、思い出しただけ。
背中に怪我をして、目を覚ましたらすぐそばにラシェがいた。
あの時は、頭が真っ白になって慌てて起き上がったものだけど。
口を開いた拍子に走った痛みはごまかせなかったらしい。
不機嫌そうな表情で、でも慎重に、私が体を起こすのを手伝ってくれた。
セキがいればな、なんてことを口にしながら、反論する間もなく背負われる。
迷惑をかけるのは躊躇われたけれど、傷は軽いものではないように思う。無茶をすればかえって迷惑をかけることになるだろうと判断して、おとなしく運ばれる。
あの時は、荷物のように担がれたものだけど。
昔とは立ち居地が違うのだから当然だけど、どうしても苦笑が漏れてしまう。
「今」は「昔」とこんなに違う。
なら、未来は今ともまた違っていくんだろう。
20,000HITお礼フリー小説【白のテンペスト】verでした。
同じシチュエーションでも、時代が違うと対応はかなり違いそうです。