Vol.3「somnium」 6.問題山積みでも
「協会をなくすって話が出てる?」
素っ頓狂な声に視線が集中する。
「先輩」
「ああ、悪い」
ディアマンティーナは不服そうな顔を見せるが、周囲のざわめきはすんなり戻った。
あちこちから聞こえる笑い声。さぞ景気がいいのか、フェンネルの不用意な一言で静まった間などなかったように、楽しげな会話はつづけられている。
「で、それはどこ情報だ?」
「『塔』経由だ」
答えたのはルビーサファイア。
山盛りのキャベツをつつきつつ、相変わらずの乏しい表情で言葉を続ける。
「数年前に『塔』はこの国から手を引いた。嫌がらせが横行したからな」
「へぇ?」
「他の国ではあった、『塔』と協会の縄張り争いがこの国ではなかった」
「昔々の逸話のせい?」
ディアマンティーナの問いかけにルビーサファイアは頷く。
「剣による武術を誉としていたこの国は、隣国に魔法でこっぴどくやられたらしい。
それ以来、民は剣を捨て魔法に熱狂し」
「今はそれが科学に変わっていっていると、そういうことですよ」
ルビーサファイアの言葉をケインが引き継ぎ、彼はため息を漏らす。
「当時、勇者や英雄と持て囃されていた人たちの多くが国を出て行った。
その後に今度は別の国から攻められ」
「魔法に不信を持ったものの、国を去った英雄たちを呼び戻すこともできなかったってやつだな」
「そうそれ。まさに歴史は繰り返すってやつだね」
彼にしては冷たい笑み。何か思うところでもあるのだろう。
「てぇことは、だ。かつての剣と同じように魔法と完全に決別しようとしてるわけだな」
「ほんとう、極端から極端に振り切れるのね、この国」
つまらなそうな言葉にルビーサファイアが視線を上げる。山盛りキャベツはまだかなりの量残っているが、この処理は誰がするのだろうか?
「何か知ってるのか?」
「父さんが若いころは、魔導師でなければ人で非ず、みたいな雰囲気だって聞いたわ。
だから、キリアンおじさまのように科学的な人はひどく言われていたみたい」
そんな空気の中で、キリアンおじさまと仲良くなった父さんはらしいけど。
そう付け加えて、彼女はまだ熱い茶に息を吹きかけて冷まし始めた。
「急に周りから持ち上げられて有頂天になるような方ではなかったから、今もあそこにいらっしゃるのでしょうけど」
どちらかというと良い場所とは言えない場所に住み続けているのは愛着があるからか、欲がないからだろうが。
こくりと一口茶を飲み込んで、うっぷんがたまっていたようにディアマンティーナはつづける。
「そりゃあ、国に有用な人を贔屓することはあると思うわ。魔導士だってそれで持ち上げられてきたことは確かですもの。
でも、魔導士だからってだけで石を投げられ、弓持て追われるのは納得いかない。
それをなくす為に、協会は作られたのだから」
ケインもルビーサファイアも大きく頷く。
組織としては分かたれたが、『塔』にも理念は受け継がれているらしい。
「とはいえ、そういうことする人って、魔法に傾いてるときには魔法をとても持ち上げて、科学の人たちは貶してるのよね。さっきの先輩の話みたいに」
「相変わらず辛辣だね」
「だって、手のひら返しがすごいんですもの」
心底呆れたように言って、おまけにと貰ったクッキーを口に運ぶ。
どうやらやけ食いも入っているらしい。
「うちに異常に遜ってみたり、逆に高圧的な態度をとったり。
……本当、馬鹿馬鹿しいったらないわ。魔法も科学も、何かをなすための手段でしかないでしょう?」
「お前が言うかお前が」
魔道の宗家。スノーベルの直系子孫。
扱えて当然のものだから、逆に特別扱いしないのだろうか?
「もう、先輩方はどうしてそうおっしゃるんです?
わたしの家は代々ずーっと魔法を道具扱いしてましたよ?」
ふくれた顔で言うディアマンティーナは至極真面目だ。
トラブルメーカーではあるが、こういうことで嘘はつかないだろう。
ルキウスの様子を思い出しても間違いとは思えない。
なにせ彼らの『標準』は世間一般のものとかなり違うのだから。
【学院】在籍時には、無論、世間の基準が標準だから、代々スノーベルの一員は苦労しているとは聞く。
「始祖スノーベルが望んだのは、魔法を広めること。異端の力でも、選ばれた証でもない、ただの技術に過ぎないと知らしめること」
厳かに言い切るディアマンティーナ。けれど内容は過激もいいところだ。
スノーベルは始祖の実績と代々の当主が優れていることもあって一般的に魔導士からは好かれ、尊敬されていると思われがちだが、こうした反発を招く発言をすることも少なくない。
魔法を扱うことに誇りを持てば持つほどに、自身は特別だと思う輩は多い。そんな彼らをスノーベルは切って捨てる。魔法などただの技術だと。
「とはいえ、いらないものとして排除されるのは気持ち的に嫌ですし。なくした技術を取り戻すのは大変で、もったいないので反対しますけど」
「ダイアナが科学に寛容なのは、ただの道具だからか?」
そう締める彼女に対し、ルビーサファイアがどこか合点がいったように問いかけた。
なるほど確かに代替えの効く道具と割り切っていれば、ディアマンティーナの態度も頷ける。
「それもあるけど……知っていないと守れないでしょう?」
ディアマンティーナの返事に彼女は不思議そうに見返す。
「わたしは、わたしが守りたいものすべてを守れる魔導士になりたい。
銃なんて人を傷つけるためのものでしょ?
どれだけの威力を持っているか、知っていないと守れないでしょう?」
その答えにあっけにとられたのはルビーサファイアだけじゃない。
フェンネルもケインも食事の手を止めて後輩を見る。
常々聞いていた目的ではあるが、ここまで考えているとは思わなかった。
「ケイン先輩や兄さんなんて、いつ女の人の恨みを買っているかわからないし。
フェンネル先輩は女性よりも男性に恨まれていそうですけど……」
相変わらず、ずけずけ物を言う娘である。
けれど内容は間違っているとは言えず、二人は沈黙を持って返した。
ルビーサファイアが冷めた目で男連中を見ていたのは気のせいだろう。
「そういう相手が、手段を選ぶとは思えないし。
なのに、機械が嫌いだからそんなものを知りませんでしたじゃあ話にならないの」
「そうだね」
言い切るディアマンティーナにケインが静かに同意する。
「嫌いだからと避けているだけでは、危険は分からないね。
守るために知る――ディアマンティーナはちゃんと考えてたんだね」
「どういう意味ですか先輩」
「褒めてるんだよ」
微笑むケインからは揶揄の色は見えず、不満そうながらも後輩は黙り込む。
そんな後輩を見て、ふと思いついたと言わんばかりに彼は問いかけた。
「ディアマンティーナは卒業したら何をするんだい?」
「あんまり変わりませんよ? わたしは絶対の防御を得たい。だからその勉強です。
卒業すれば読める本は増えますし……面倒だけど、家の本を漁ればもっといろんなことがわかるでしょうし……面倒だけど」
確かに彼女の生家なら、漁ればいろんなものが出てくるのだろう。
噂話の類だが、協会よりもよほどやっかいな品がたくさんあると聞くし。
「おまえん家の本か、一度見てみたいもんだな」
「ガイ兄さんにお願いすれば見せてもらえるかもしれませんよ」
「ルキウスじゃだめなのかい?」
「一応、書庫の管理担当はガイ兄さんですから」
そういうものかと考えつつ、どうやって頼もうかと考え始めるフェンネルに対し、ディアマンティーナは嫌そうにため息をつく。
「そうでなければ……どこかに嫁がされるのでしょうけど」
言われた内容が理解できずに固まることしばし。
「……あるのか? 嫁ぎ先」
思わず出た失礼な問いに、後輩がジト目で返してきた。
「先輩、うちの価値甘く見ていません?」
「……そうか」
そこで自分の容姿を持ち出さないあたりがディアマンティーナの由縁だろう。
見た目だけでの判断なら、彼女を袖にする相手は少ないと言える。
それにしてもとフェンネルは思う。
結婚話の出てくる年齢になったのか。
ディアマンティーナは貴族だからそういった話が出てくるのが早いのもあるだろうが、それでも――
刻々と変化しているという高揚と焦燥。どこへ進むのかはわからない。
けれども、確実に動いているという実感はある。そして、周囲に取り残されかねない恐怖も。
ディアマンティーナが常々言っていたように、科学は日に日にその勢いを増していくのだろう。
彼女のように科学を是とする魔導士は少なく、また科学者側にも魔法を是とするものは少なく。むやみに対立を煽るもの、積極的に嫌悪し対立するものたちが声を荒げることになれば、対立が深まるのも時間の問題。
彼らを、彼女はきっとつまらなそうに突き放すだろう。
その時に自分はどうするだろうか。
いまだ明確な答えを出せぬまま、フェンネルは苛立ちを飲み込んだ。