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終の朝 夕べの兆し

Vol.2「progressus」 5.対立を傍観するひと

 その日の夕食時、ディアマンティーナはたいそう不機嫌な様子で言い放った。
「先輩、ご飯行きましょう」
「食堂でとらないのか?」
「どうせなら地元のおいしいもの食べたいです」
 有無を言わさない様子でフェンネルの腕をつかみ、ずんずんと足を進めるディアマンティーナ。
 引きずられていく形になっているフェンネルのさらに後ろからルビーサファイアがついてくる。
 護衛にか、はたまた地元のおいしいものという言葉につられたか。
 ぐいぐい引っ張っていく強さと歩調から、確実に何かあったのはわかる。
 またろくでもないことだろうなと思い当たって、フェンネルは面倒臭そうに息を吐いた。

 そして案の定のやけ食いである。
 次から次へと注文するディアマンティーナを止めなかったのは、止めた方があとが面倒だからだ。
 どちらかと言えば小食にもかかわらず、こういったときにはよく食べる。
 半ばあきれつつ、しかし代金が彼女もちなので、うるさくは言わない。
 運ばれてきた料理を一口。
 かりっと揚げられた小魚のフライは良し。一緒に頼んだサラダも新鮮な野菜を使っている。
 もともと舌が肥えているのか、後輩の好む店や料理はレベルが高い。
 このくらいの役得はいいだろう。
 のんびり食べるフェンネルの向かいで、フォークやナイフを勢いよく動かしながらディアマンティーナは愚痴を続けている。
「わたしは別に、魔法はもういらないとか、所詮科学に敵わないとかいってるつもりはまったくないのよ? だって、今科学が言われてることは、昔魔法も言われたことだもの。いつの時代も新興勢力には厳しいのよ。
 それに、科学は万能じゃないわ。もちろん魔法だってそうだけど。だからこそ補完し合えるし、競争できればいいじゃない?」
「競争?」
 相槌は、先ほどまでいろいろな料理を少しずつ食べていたルビーサファイア。
 すでに満腹らしいが、まだ未練がましそうに料理を眺めている。
「そう。
 魔法でできることを科学で再現したい。科学で作られたものを魔法で再現したい。そうやって互いに高めていけば良いじゃない」
 ムッとした顔でエビフライにフォークをつきさし、それでもあくまで上品に食事をするディアマンティーナ。咀嚼し、飲み込んだのちに呆れを多分に含んだ声音で言う。
「難しい人たちね。どっちか、じゃなくて両方選べばいいのに。
 ガイ兄さんなんて歯車で動く人形と魔力で動く人形、どっちでも動かせる人形の三つを作って遊んでたわよ?」
「あの人らしいな」
 思わず破顔すれば、困ったような嬉しそうな顔で後輩は兄自慢を続けた。
「兄さんは作ることが好きなのよ。楽しそうに図面引いてるわ。
 作ることが目的だから、いろいろくれるし。
 フェンネル先輩も何かもらったでしょ?」
「学院にいたころはな」
「何に使うか分からないいらないものを?」
「たまに使えるものもあったぞ」
「先輩も、受け取るしかなかったのね」
 くすくすと、珍しく裏のない顔で笑うディアマンティーナ。
 いつもこうなら可愛げがあるが、たまにしか見せないからこそ可愛いと思えるのかもしれない。
 諦めたような溜息が吐かれたのはその時だった。
「確かに、共に競っていけるならば魔道は更なる高みへ進めるかもしれない」
 ルビーサファイアはいくらか躊躇うそぶりを見せながらも、決意したようにディアマンティーナを見据え、問いかける。
「つまはじきにあうのは、また魔法かもしれない」
「なぜ、そう思う?」
 不思議に思ったので問いかけたフェンネルに、返ってきたのは珍しい冷笑。
「魔導師は好かれているか?」
「それもそうだな」
 反論の余地なしに頷かざるを得ない。
 魔導師は基本的に嫌われていることが多い。妬まれたりなどはよくある話。
 フェンネルの知る限り唯一といっていい例外は、魔導師協会の創立者スノーベルの出身地であり、協会本部のあるヒュプヌンリュコスくらいだろう。他からそこへ行った人間が驚くのだから。もちろんフェンネル自身の体験談でもある。
「そうね。侮っていれば足元を掬われる。
 文句をつけても相手は思うわ。何も知らないくせに、と」
 ――いくら文句をつけても、科学のことなど知らないくせに。
 言われる言葉はそのまま自分に返ってくる。
 ――いくら文句をつけても、魔法のことなど知らないくせに。
「魔法も科学も、人間が使うものという意味では同じ。
 食事をするのに、スプーンを使うかフォークを使うかくらいの差でしょう?」
 そう言って、ディアマンティーナは一口大に切ったフライをスプーンですくって食べる。
 彼女がわざわざして見せたように、スプーンでもフォークでも食事はとれる。
 料理の種類によって食べやすいか否かが分かれるだけで。
 ディアマンティーナは方法に囚われるなと言いたいのかもしれない。
 けれど、反発してしまうのは魔導師の性か。
「つっても、魔法にしかできないこともあるだろ」
「科学にしかできないことも出てくるかもしれませんよ? そう遠くない未来に」
 魔法でも科学でも成せることはあるし、どちらかが秀でていたり、難易度が低いことはあるだろう。彼女はそれを言っている。
 フェンネルだってわかってはいる。
 そう遠くない未来どころか、すでに科学が秀でている部分はある。
 たとえば、先日の汽車がそうだ。
 あれだけの大人数を定期的に運ぶ術は魔法にはない。
 いや――人の魔力では無理というだけで、魔力量の多いエルフたちなら知っているのかもしれないが、人が扱えない時点で自分たちが感じられる価値は低い。
 机上の空論。いくら理論上はできるとしても、実際にできるか否かではかなり違う。
「ダイアナは口が立つな」
「本当、相変わらず口が減らない」
 呆れを含めて言うフェンネルと違い、ルビーサファイアは淡々とした感想を述べる。
 フェンネルが知っているディアマンティーナは、中心にいるくせに客観的で、冷静というよりも冷徹。
 冷徹そうでいて、懐に入れたものにはお人よしな面もあるルキウスと違い、彼女は近くの人間でもちょっとしたことで切り捨てるような雰囲気がある。
 自身が守るに値する相手か。ただそれだけの理由で守り、見捨てる。
 そういった危うさも彼女の持ち味だと思うあたり、彼もだいぶ毒されているといえよう。
「それで、この賄賂はいったいなんだ?」
 揶揄するように言えば、後輩は大きく瞬きする。
「賄賂なんですか?」
「なら先払いか?」
「もう」
 先回りして言ってやれば、拗ねたようにそっぽを向く。
「先輩最近楽しくないわ」
「何年の付き合いだと思ってる」
 振り回され続ければ嫌でも慣れる。
 言外に含まれた内容に気づいているのだろう。むっとした顔のまま、ディアマンティーナは小さく口を動かした。
「レポートに必要な、関連資料探しを手伝ってください」
「そのくらいならいいか」
 軽く答えて、残りの食事を片付けにかかる。
 もちろん全部食べることなど無理なので、残りは詰めてもらって夜食となった。

 翌日は朝から薄暗い図書室で資料探しを始めることになった。
 本というのは貴重なもので、保存状態を良くするために細心の注意が払われている。
 オリジナルはもちろん、写本の数にも限りがあるので、図書室に入るにはいろんな規制があったりする。そのため、ルビーサファイアは入室を許されず、入口で室内に背を向けたまま立っていた。
 室内にいるのはディアマンティーナとフェンネル、そして司書の三人だけ。
 ここの図書室は半地下で太陽光は一切入らないようにしてあるため、光源は壁に設置されたランプのみ。薄暗い室内はなんとなく薄気味悪い。
 最近流行りのガラスでできたランプシェードはガス灯専用に作られたという。
 けれど。
 少し背伸びをして中を覗いたディアマンティーナはつまらなそうに言う。
「外はガス灯、中は蝋燭……お金がないのね」
「それは言うな」
 反対側で本を探していたフェンネルは思わず口をはさむ。
 ディアマンティーナが知らないはずがないが、魔術というものはとかく金がかかる。
 けれども不満そうに彼女はつづけた。
「だっておかしいわ。格好つけたいだけみたいで」
「室内のガス灯はまだ普及しないだろう。グラースホール火災の犠牲者も多い」
 ルビーサファイアの静かな声に、ディアマンティーナも文句を飲み込む。
 他国のことだからあまり気にしたことはなかったが、死者百人を超えた大火災はさすがに耳にしている。
「確か、換気の問題もあったはずだしな。もっと技術が進まないと無理だろ」
「ふぅん?」
 意味ありげな視線をくれるディアマンティーナ。
 彼女へ向かって司書――ディアマンティーナを迎えたニコラ――が口を開く。
「蝋燭はお嫌いですか?」
「いいえ? ただ、便利なものは使えばいいのにって思っただけで」
「ほう?」
 薄笑いを浮かべるニコラに対し、彼女は本から視線を離さないままに言い募る。
「だって楽ができるということは、今まで必要だった時間を減らせることでしょう?
 なら、その減った時間を有意義に使おうと思わないのかしら?
 本来やりたかった研究に充てる、とか」
「お前合理主義者だよな」
「魔導師ってそういう面も持っていないと困るでしょう?
 効率を度外視してでもできることってそう多くないのだから」
 呆れ半分のフェンネルに対し、ディアマンティーナは不服そうに返す。
 確かに、合理的な面を持っていないと困ることは困るが、変なプライドからそれを認められない者も多いのだ。
「貴女は、科学を容認するのですね」
 そう言い放ったニコラのように。
「協会所属ですもの。塔よりは理解があると思うけど、容認なんて言い方はないでしょう?」
 こてりと首をかしげて、どこか楽し気に微笑みながら言うディアマンティーナ。
 とても綺麗な笑みなのに空恐ろしく感じてしまうのは、今までの経験ゆえだろう。
「そもそも、魔法以外を認めないなんて狭」
「お前はかなり柔軟な方だと思うぞ」
 余計なことを言い募る後輩の言葉を遮って、資料を渡すついでにぐしゃぐしゃと髪をかき回す。
 整えた髪を乱されたからか、ディアマンティーナはフェンネルを見返して不満を述べた。
「考え方が柔軟なのはとてもいい武器でしょう? 学者ですもの。
 いろいろと知識を貯めて知恵も働かせなきゃ」
「単純に面白そうだからだろう」
「先輩ってばルキウス兄さんと同じこと言うのね」
 言い切ってやれば、見慣れたふくれ面に戻るディアマンティーナ。
 ルキウスと同じと言われるのは嫌な感じもするが、同じような目にあっていれば仕方ないかと思いなおす。
「でも先輩、わたしが言いたかったのは別のことです」
「別のこと?」
 おうむ返しに問いかければ、不服そうな顔のまま後輩は一言照明とだけ返してきた。
 どうしてそこに戻るのかわからずに沈黙すれば、彼女は焦れたように疑問を口に出す。
「明かりの術を使っているならわかるのですけど、どうして火を使うの? 書庫だから火気厳禁でしょう?」
「俺に聞くな」
 ここのことなんか知るかと付け加えて、司書の方へ視線をやるフェンネル。
 聞かれていることは分かっているだろうに、ニコラは聞かぬ存ぜぬとばかりに手元に視線をやったまま。
 資料を読み込みつつも、ぶつぶつ文句を言い続けるディアマンティーナの頭を軽く叩いて、フェンネルも資料探しに戻る。
 本の山から必要な資料を探しつつ、考える。
 あまり考えたことがない――というより、考えることを止めていたが、やはり魔法の未来……正確には魔導師の未来は、あまり明るくない気が、する。
 とはいえ、そもそもそんなことは昔から何度も言われてきたことだ。
 王宮べったりだったがゆえに、政争に巻き込まれたり積極的に乗っていったり、王様が魔導師嫌いだからと雑に扱われることだってあった。
 しばらくは安泰といえるのはせいぜい魔法医くらいだろう。
 そう考えてしまえば、ディアマンティーナの言うことも外れてはいないのだ。
 結果が同じなら手間の少ない方を選ぶ。余った時間を別のことに利用する。
 学者なら時間はいくらあっても足りないくらいだろう。
 フェンネル自身も学院在籍時は、寝る間を惜しんで本を読み漁ったものだ。
 学院にしか置いていない本は多く、禁帯出の本から狙って読んでいった。
 それでも読み切ることなどできなかったのだけれど。
 だから、勉強の時間のために他の時間を削るのは分かるし、ディアマンティーナの言うことは正しい。
 それでもプライドやらで否を唱えるものは後を絶たない。
 そして、そういった輩が問題を起こすのだ。