1. ホーム
  2. Vol.2 1お話
  3. 終の朝 夕べの兆し
  4. Vol.2 1
終の朝 夕べの兆し

Vol.2「progressus」 1.追って、追われて

 寮に戻ってまずしたことは荷物整理。
 つい最近、数泊の旅から帰ってきたからそちらの荷物はすぐに作り終えた。
 だが、本部への移動もほぼ確定……となると部屋の荷物をすべて運び出さなければいけない。
 ざっと部屋を見回して見たが、思ったよりも荷物がない。
 本棚と机、寝台は元々設置されていたもの。クローゼットを開けてもほぼ空。
 自分はそんなに物を持たない人間だったろうか?
 いや、【学院】の寮を出るときには、それなりに荷造りに苦戦した覚えがあるのだが……
「結局、長居する気はなかったってことかね」
 苦笑が漏れるが仕方ない。
 適当に荷物をまとめて、後は受付の人間に告げるだけだ。
 フェンネル自身はこれからディアマンティーナを追いかけて、一年近くは旅をしなければいけないが、荷物は早めに送ってもらっておいたほうが良いだろう。
 翌日、フェンネルは協会を出発することになった。

 荷物を持ち直してフェンネルは考える。
 ちなみに現在地は、ルビーサファイアを待ち伏せしていた食事店ノワゼット。昼食用の弁当を注文したところである。
 彼がこんなにのんびりしているのも訳がある。
 兄から逃げるように旅立ったディアマンティーナを追いかけるのには、彼女がどこへ向かっていったかを知らなければいけない。
 通常なら、あちこちで聞き込みを取ることになるのだろうが、フェンネルは幸い魔導士だ。魔導士ならば、いろいろと出来ることが増える。
 魔導士は、たいていの場合いくつかの魔法の道具を持っている。例えば、術の威力を増幅するものだったり、逆に術の威力を抑えて身を守る護符だったり。
 それらは魔力波動というものを出しており、そのパターンさえ認識していれば、場所を探すことは結構簡単に出来る。
 ディアマンティーナもフェンネルも、互いにそれぞれの場所を把握しようと思えば出来る。伊達に付き合いは長くないし、どんなものを持っているか、どういう魔力波動かは確認済み。
 だというのに……
「知ってたな」
 苛立ち混じりに呟く。
 魔力波動はかなり近い。多分、隣町辺り。しかも、昨日からまったく動いていない。
 そこから導き出されることは一つ。
 ディアマンティーナは兄が来ることを知っていた。
 兄がフェンネルに自身の護衛を依頼することも知っていた。
 魔力波動を読み取られないようにすることもなく、先を急ぐように逃げることもせず留まり続けるということは、フェンネルに早く追いつけといっているようなものだろう。
 そこが、気に入らない。
 とはいえ、追いかけないわけにもいかないのだが。
「協会の魔導士!」
 すでに馴染みつつある呼び名に振り向けば、案の定そこにはいたのはニーノ・フィノッキオ。
「よお宮廷魔導士」
 軽く問い返せば、彼は辺りを見回した後にフェンネルの正面に立った。
「まだ先輩に付きまとう気か?」
「いや? 少なくとも俺は担当からはずされた」
「そうなの……か?」
 きょとんとした顔はまだ幼い。ほっとしたような顔をして、それからまた引き締める。
「まだ、協会は狙ってるのか」
「そりゃあ二重属性とあれば、そう簡単に諦めないだろ」
「でも……どうして外されたんだ? それに……」
 視線が足元の荷物へ向かう。
「ああ。本部に引き抜かれて子守させられる」
 端的に答えたフェンネルに、ニーノは口ごもる。
「本部に引き抜きと子守が繋がらないんだが」
「的確だと思うがな」
 ようやっと運ばれてきた弁当を受け取り、フェンネルは席を立って歩き出す。
「じゃあな宮廷魔導士」
「待て!」
 なぜかその後ろをニーノがついてきた。
「今、協会に『スノーベル』が来ていると聞いたが本当か?」
「答えるメリットがあるのか?」
 つっけんどんに答えれば、むっとした表情で見返してくる。
 その様子が誰かを思い出させて、自然と口が綻んだ。
「来てるぞ。ついでに言えば、もっと前にも来てた」
「は?」
「そいつのお守を引き続きってことだな」
「……ミス・スノー?」
 問いかけには笑みで答える。
「ところで、お前、王都から来たんだよな?」
「ああ。それが?」
「帰るんだろ?」
「まあ、報告に帰るが」
 先輩に挨拶したかったのだけれどと呟く相手に、フェンネルはにやりと笑う。
 これは、ちょうど良い。
「乗せてけ」
「は?」
「情報料がわりだ。王都までの馬車に相乗りしても文句ないと思うが?」
 視線が鋭くなるがかわいいものだ。余裕を持って見返すと、ニーノは呆れたように言葉を吐いた。
「……着いて来い」
 先導するためだろう、先に歩き出すニーノ。
 後ろをゆっくりとついていきながら、フェンネルは薄く笑う。
 こちらが魔力波動を元に、ディアマンティーナの居場所を確認しているように、彼女のほうもフェンネルの現在地を把握しているだろう。
 ならば、自分を迎えに来ると思っていた相手が素通りすれば、多少なりとも慌てるに違いない。
 振り回されることになるのだから、この程度のいたずらは許されるだろう。
 さて、近いうちに乗り込んでくるだろう後輩に、どういう言い訳をして交わそうか?
 楽しそうに笑うフェンネル。
 ニーノが胡散臭そうにみていたことは分かっているが、笑いはしばらく止まりそうもなかった。