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終の朝 夕べの兆し

Vol.1「sensus impotentia」 10.復活の舞台へ

 村人の無事を確認して、オトゥールに戻ってきてから二日がたった。
 ディアマンティーナはやはりレポートに苦心しているようで、フェンネルの仕事中にもなにかと助力を求めてきていた。といっても、フェンネルの仕事イコールルビーサファイアの勧誘、な訳だが。
 しかし肝心の勧誘がうまくいくとはあまり思えないも事実。
 そろそろ、いい加減に潮時じゃないのかとフェンネルは思っている。
 上層部がそれを認めるかどうかは別として。
 そして、面倒ごとを持ってくる、諦めの悪い上司からの声がかかった。
「オリス!!」
「ベルジュ導師……と、コティ導師」
 憎憎しげな様子のベルジュ導師と睨んでいるコティ導師の態度に疑問を抱き、次いで思い出して納得する。
 そういえば、案内しろといわれていた相手を放置して、おまけに数日留守にしていたのだ。怒られて当然とはいえよう。
 そういえば、ウィリアム先輩にも礼を言わなければいけなかった。
 フェンネル自身は大人しくしていたつもりなのだが、周囲の感情はよほどよろしくなかったらしい。
 鬼の首を取ったかのように小言を続ける導師たち。攻めるには絶好の材料を手に入れたということだろう。
 言わせるだけ言わせておけばいいとフェンネルは思っていたのだが、さすがにこれ以上廊下でというのも。なとど考えていたところ。
「そんなに言うなら、もらっても良いのかな?」
 涼やかな声が割り込んできた。
 どこか聞き覚えのある声を不審に思いながら視線をやれば、人好きのする笑顔を浮かべた一人の男性の姿。
 フロックコートにトップハット、手にはステッキという典型的なパラミシア人の服装で、案の定、見覚えがあった。
 やわらかい琥珀にも似た色合いの髪は、彼自身の控えめさとよく合っている。
 しかし導師達が気にしているのは、少しくすんだ色合いの――やはり、紫の瞳。
「スノーベル……」
 ポツリと漏らされた言葉。
 魔導士という職業についている以上、大なり小なり言われることではある。
 個人個人の素質があるとはいえ、『スノーベルの血族であるか否か』は魔導士にとって一つのステータスになる。
「……貴方は?」
「おっと失礼。後輩を『いらない』と言われたので、つい口を出してしまいました」
 不信感を隠さないベルジュ導師に対し、彼はいけしゃあしゃあと答える。
 そうだ。弟妹達が過激なせいで霞んでいたが、人好きするやさしげな雰囲気で毒を吐く人だった。
「後輩?」
「では【学院】の?」
「ええ。協会本部に所属する、ガイウス・スノーベルです」
 にっこりと笑う様子は人が良いお坊ちゃんにしか見えない。だが、名乗られた名前に導師二人は息を飲んだ。協会本部所属で、スノーベル姓を名乗るということは、本家に近いと思ったのだろう。
 そして。
「今回は妹のわがままで振り回して悪かったね」
 ニコニコと笑いながら注釈を入れてくれる。さりげなくフォローを入れてくれたのはありがたいことだが。
「でも、乗り気になってくれたのなら幸いかな」
「乗り気?」
 気になる言葉を繰り返せば、ガイウスは不思議そうに見返してきた。
 それから、なにかに思い当たったのか、深く深く息を吐いた。
 その反応に、こちらも思い当たる。
「……あの子は、何も言ってないんだね?」
「ええ。なにか伝言でも?」
「結構大事な手紙だったんだけど……まあいいか。こちらで欠員が出たから、君を引き抜きたいと思って」
 さらりと言われた内容に、導師達の顔色が変わる。
「ルキウス絡みですか」
「出来るのにやらない子だからね。上手くたきつけてやれば良いんだけど、なかなか上手くいかなくて」
 だからこそ、上手くたきつけられていた時の相手――フェンネルに目をつけたということだろう。学生時代は何だかんだでトラブルを起こしつつも、教師陣に文句を言わせない程度の実績は上げてきていた。
「とはいえ、【学院】の元主席を簡単に手放すと思っていなかったから。渡りに船だね」
 うんうんと頷きつつ笑顔でしめる。
 もう決定したといわんばかりの発言に、導師達は異を唱えなかった。
 いくらスノーベルの姓を持っているとはいえ、本部でのガイウスの立場を図りかねているというのもあるだろう。それに何よりガイウスは年若い。重要なポストについていると思われなくて当然だ。
 もしくは――ガイウスの地位を正確に把握していて、それが故に反論できないというところか。
「そういえば、あの子はどこに?」
「寄宿舎にいると思いますけど」
「グレンに聞いたほうが早いかな」
 では失礼とにこやかに微笑んで、ガイウスは踵を返す。
 ぽやっとして見えるのに、そつなくこなしてみせる。相変わらず、得体の知れない人だとフェンネルは嘆息する。
「オリス」
「はい?」
「彼は、何者だね?」
 何を言っているのだろうかと導師を見返す。
 フェンネルの斜めの視線に気分を害したのか、一瞬だけコティ導師の眉が寄った。
「本人が名乗っていたでしょう?
 ガイウス・スノーベル。二期上の【学院】卒業生ですよ」
「フェンネル君!」
 後ろから名を呼ばれて振り返れば、先ほど去っていったはずのガイウスと、呼ばれたのだろうグレンの姿。
 二人の苦い顔を見れば、何が起こったかなど察しがつく。
「あンのくそ魔女っ」
 手紙を預かっていたという彼女は、近々兄がやってくることも聞いていた――もしくは察することが出来ただろう。つまり……逃げた。
「まったくあのお転婆は……」
 米神を押さえつつガイウスは呻る。
「フェンネル君。悪いけどあの子を頼めるかい?」
「それは……どういう意味で?」
 詳細が察せずに問い返せば、複雑そうな表情で彼は答えた。
「あの子が卒業試験中で、本来なら自らの力のみで行わなければいけないことは分かっているよ。ただ、女の一人旅はいくらなんでも危なすぎる――いくらあの子でもね」
 本人もそれは分かっているだろうと続け、けれどガイウスは深く深く息を吐く。
「一人じゃ危ないから護衛を、と言っても……あの子は人を寄せ付けない。自分が認めた相手でなければ」
 信用されている、というのは分かる。【学院】時代は実兄さしおいて保護者扱いだったのだから。とはいえ。
「何故、私に?」
「ルキウスが君に貸しがあると言っていたから?」
 ひくりとフェンネルの表情が固まった。
 心当たりは、なくもない。というか、ルキウスとの間の貸し借りなんて、互いにありすぎて――
「アンモビウム」
 先制されてフェンネルは口ごもる。
 何のことだと思っていると、種明かしとばかりにガイウスが話し始めた。
「ドライフラワーをね、君宛の手紙にこっそり入れてたみたいなんだよ」
 くすくすと笑いながら話す姿はとても楽しそうだ。
 だが、話の内容についていけない。ドライフラワーというからには『アンモビウム』は花なのだろうか? そして『入れてたみたい』ということはガイウス以外の誰かを指している。
「花言葉は『不変の誓い』。なにか、心当たりがあるみたいだね?」
 思い出したのは、傷だらけの自分とあいつ。挑むように睨んできて、けれど小さくつむがれた言葉は不貞腐れたような宣言だった。
「手続きその他はこちらでやるから。ディアマンティーナを頼んだよ」
 とんと軽く肩を押されて、そのまま開いていた扉から外へ追いやられるフェンネル。
 なにかを言う間もなく扉は閉ざされた。
 瞬きを一つ二つ。ようやく事態に思考が追いついて、はぁと息を吐く。
 閉ざされた扉の向こうでは、ガイウスが導師たちと話している声が聞こえる。
 廊下へ……中に戻れば、今までの場所。
 振り返れば、見慣れたはずの協会の中庭。
 さんさんと輝く太陽は、普段と変わりないはずなのに。
 ふと、こぼれた笑み。
 多分それが答えで、本音なのだろう。
 まったくあのお転婆は、などと思いつつ、フェンネルは中庭をつっきて寮への道を急ぐ。意気揚々と自信に満ちた足取りで。