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終の朝 夕べの兆し

Vol.1「sensus impotentia」 8.静かに迫る

 娯楽が少ない田舎ゆえか、もともとの人数が少ないせいか、祭りへの参加はすぐに町中に広まったらしい。
 入れ替わり立ち代り村長宅に人々がやってきてはルビーサファイアに礼を言い、受け取ってくれと野菜やらを持ってくる。そんな村人達に対し、気持ちだけで良い、土産話を聞かせてくれとルビーサファイアは太っ腹にも対応していた。
 乗合馬車がなんと五台も来て、子供達は大はしゃぎ、大人達はさらに恐縮して礼を繰り返している。
 ほぼ全員に近い村人が、祭りへ参加するために隣町へと旅立って行く。
 ガラガラと音を立てて去る馬車の姿が見えなくなった頃、ニーノが不審を隠さずに問いかけた。
「先輩、どういうつもりです?」
 訝るのも当然だ。村人を労る為などと言っても、実際は大移動させたということになる。王の許しなくここまでの大人数の移動が許されることはまずない。
 まして彼女は『王からの褒美』などと言ったのだ。
 王の言葉を語るなら極刑になることなど分かっているだろう。
 だというのに、ルビーサファイアの返事はあっさりとしたものだった。
「何か問題あるか? 王の評判があがる――悪いことではないだろう?」
 そう。確かにルビーサファイアの言うとおり、王の評判が上がるだけで――特に問題はないだろう。
「お金は」
「今までの給料だ」
「……どうして」
 今度の問いかけには戸惑いが多分に含まれていた。
 どうしてそんなことをするのか。
 ルビーサファイアはこの町で好かれているようだから、彼女の名ですればいいことなのに何故王の名を出したのか。
 ニーノが聞きたいのはその辺りだろう。とはいえ、こちらも別件で聞きたいことがある。
「で、どうして俺たちはここに残るんだろうな?」
「今から戻っても日暮れるだけだ。
 それに、寝る場所も提供していただける。何の問題がある?」
 真顔で問題あるかと問い返すルビーサファイア。
 『残る』のではなく『残らざるを得ない』のだと暗に言っている。だが――
「村人のほとんどいない町に残ったのはどうしてかしらね」
 にまりと笑うディアマンティーナ。どうやらこいつも何も知らされていなかったらしい。
 依頼人に内緒で何を企んでいたんだというところだろうか?
「誰かが残っていないと危ないだろう。夜盗対策だ」
「本当に、それだけかしら?」
 意味深に笑う彼女に返る鉄壁の無表情。
 なんだかんだでころころと表情の変わるディアマンティーナと、あまり表情の変わらないルビーサファイアは好対照だ。
 しかし妙な迫力は感じたようでニーノは少し後ずさっている。
 残ることになった村長が声をかけなければそのまま睨みあっていただろう。
 とりあえず休むことに反対はなかったようで、二人とも村長に連れられて彼の家に――今宵の宿へと向かう。
 同じく着いていこうとして、フェンネルはふと思い出し空を見上げる。
 エブル草が咲き誇る野原でルビーサファイアが見上げていた南の空は、何の変哲もなく、この時期にふさわしい青い色をしていた。

「先輩はどう思います?」
「何がだ」
 主語を伴わない問いかけにそっけなく返せば、後輩は不服そうに言葉を重ねた。
「ルビアのこと。どうしてこの町に留まりたかったのかしら?」
「なんか理由があるからだろ」
「それがなにかって聞いてるんですけど」
 やることがなくて暇なのか、やたらと食い下がってくる彼女に視線を向けず、フェンネルは人気のなくなった町を見続けていた。
「先輩、聞いてます?」
「聞いてる。ディアマンティーナ、お前は結論を急ぎすぎるんだ。
 ……すぐに分かるだろ? このタイミングで町に残ることを選択したんなら、な」
 予想もしなかったのだろう返答に彼女はぱちくりと瞬き返し、ついで不満そうに唇をゆがめる。
「つまらないわ」
「そうか」
「そうよ。そのときまで分からないってつまらないわ」
「先が分からないってのは楽しいじゃねぇか」
「確かに先が分からないのは楽しいわ」
 不服そうにだが同意するディアマンティーナは何が言いたいのか。
 しぶしぶフェンネルが視線をやれば、意外にも彼女はまっすぐに彼を見返してきた。
「でも、楽しいだけじゃないでしょう?
 何が起きるか、どんな可能性が高いか見極めておかないと。
 先手を取られるだけでやり辛いもの。予測できてれば守りやすいし」
 そう。意外なことに――ディアマンティーナの専攻は防御魔法だった。
「なんだお前、そんなに自分の防御に自信ないのか?」
「守れるというより、守りますよ? ただ、自信家じゃないんです、わたし。
 情報はあるに越したことないもの。過大評価も過小評価もしてないつもり」
「確かにな」
 意外と正論を吐くものだとフェンネルは感心した。
 彼も自分の力に自信はあるし、【学院】では並び立つものなどそうそういなかったが、世界は広い。どんな場合だって想定はしておくべきだ。そういう意味で彼女は正しい。
 ただ……
「暇なら、さっさとレポート書き始めりゃいいだろ」
「メモくらいにはまとめてます。羊皮紙そんなにたくさん持ってきてないもの。
 荷物も増やしたくないし」
 その荷物を自分で持たないくせにとは言わない。とはいえ、一応のやる気が確認できただけで良いとしよう。
 不満そうなディアマンティーナから視線を空へと向けて、ふと違和感を感じた。
 なにがおかしいというのだろう?
 目を凝らしてみる。南の空には相変わらず青い空が広がっており、所々に浮かぶ雲。
 ――その一角が、妙に灰色がかって見えた。
「なんだありゃ?」
 フェンネルの呟きに、ディアマンティーナも何かを感じたのか。
 同じく窓に並び空を見上げる。
「なにかあるんですか?」
「あの木の上のほう、なんか色が違うだろ?」
「……そういえば」
 戸惑いながらも同意を示し、けれど納得の行かない表情をする彼女。
 ふつうなら、空の一部の色が違おうと別にどうということはないだろう。ただ、気になる。
 フェンネルは小さく呪文を紡ぐ。
 とにもかくにも、もっとよく見えなくては意味がない。『遠見』の術を自身にかけて再度南の空を見つめる。
「鳥……?」
 同じく遠見の術を使ったのだろうディアマンティーナが自信なく呟く。
 だが、鳥にしては随分と小さいように思える。
「……虫じゃないか?」
「まさか飛蝗?」
 フェンネルの言葉にディアマンティーナが眉根を寄せる。
 虫――主にバッタの類――が群れをなして飛来し、あらゆる植物を食い尽くしながら移動する現象が起きているのかという彼女の言葉にフェンネルは首を振る。
「いや」
 形が違うような気がする。
 いくら遠見の術とはいえ距離の制限はある。もう少し近づくなりなんなりしなければ詳しくは見えない。
「待て。こっちに向かってきてないか?」
「え……本当」
 我ながら、なんとも緊張感のない会話だ。
 飛蝗ではないにしても、ちょっと対応を考えなければいけないかと考え始めたとき、扉が乱暴に開かれた。
「ルビア」
「二人とも手伝ってくれ」
「なんだ? あの虫を退治しろってのか?」
 タイミングからしてそうだろうと判断したフェンネルに対し、ルビーサファイアは否と答えた。
「ウォラーレ・ピストリークスが来る」
「……は?」
 それは、この辺りでは第一級に数えられる危険モンスターの名前。
 その退治を手伝えと?
「……依頼料、いくらか返してもらっても良いわよね」
 ぶすっとした顔でいうディアマンティーナの訴えに、思わずフェンネルは大きく頷いた。