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終の朝 夕べの兆し

Vol.1「sensus impotentia」 6.はじめの第一歩

 和やかに始まった旅……とは言っても、行き先もそう遠くない。目的地は旅慣れた者なら昼過ぎには着く距離の町。ならば旅とは言わずただの移動といっていいだろう。
 そうはいっても、『旅慣れたもの』ならの話。
 フェンネルとて旅らしいものをしたのは、一年ほど前の卒業試験が最初で最後。
 ディアマンティーナは言わずもがな、ルビーサファイアやニーノ達宮廷魔導士が徒歩での旅をしたことがあるとは思えない。
 ヴェンティに到着したはいいが、夜になって門がしまっていて入れない、という事態になることは目に見えている。
「ヴェンティはここから北にあるんでしょう?」
「ああ、主街道沿いのポポラの街を経由して北上だな。とりあえず今日はポポラで一泊か」
「馬車は使わないのか?」
「誰が金出すんだ誰が」
 いかにも不思議そうに聞いてきたのはニーノ。
 こいつ、いかにもぼんぼんって雰囲気だったが、元の育ちもよろしいらしい。
 そういう意味では、ディアマンティーナも姫育ちじゃああるのだが、こちらは最初から馬車に乗ろうというつもりはなかったらしい。
 【塔】はどうだかしらないが、【協会】は研究一辺倒の魔導士だけではないのも大きいだろう。
 比率的には少ないが、実践型のアウトドア派魔導士もかなりの人数が在籍している。
 故に【学院】で、たまたま『アウトドア派魔導士』が担任になった場合、かなりの確立で体力面でしごかれることになる。
 そして運がいいのか悪いのか、フェンネルの場合は学院一のアウトドア派魔導士が担任で、ディアマンティーナの時には学年主任だった。
 だからまあ、多少なりとも体力はついているかと思っていたのだが……

 道を行く間にときおりあったおしゃべりはとっくの昔に消えてなくなり、後ろから聞こえてくるのは辛そうな息遣いのみ。
「お前ら……もう少し体力つけろ」
 怒りというよりも呆れを多分に含んで言ったフェンネルに、残り三人は恨みがましそうな顔を返す。
「……先輩と……一緒にしないで……」
 ディアマンティーナはおもいきり不服そうに言うが、声にハリはない。
「お前、クリフォード先生から逃げたいから卒業しようとしてんじゃないだろうな」
 そう問いかければ、何が悪いのかといった様子で見返される。どうやら、理由の一つではあるらしい。
 以前から、体力を使わなければいけない場面では極力魔法で何とかしようとしてきた――いわゆる面倒くさがりな彼女らしい。
 身長に比べて軽いのは持ち上げてみれば分かるだろう。もっとも、それをすると拳が飛んでくるだろうが。
 遅くとも、昼にはポポラに着いている予定だったのだが――というより、着いていないとおかしいと思っていた――この調子では無理そうだ。
 大して起伏があるわけではないから街はすでに見えている、とはいえ歩くスピードを上げろというのも無理だろう。
 どこか休憩が出来るような場所があればいいのだろうが、そもそも休憩を必要とするような距離でないためそれも望めない。
「まあ、あと少しだ。頑張れ」
 結局はそう言うしかない。言われる側も分かっていたのだろう、黙々と歩く。
 ちなみに、ポポラの街に着いたのは日が中天から少し傾いた辺りだった。

 はじめて来たポポラの街は、予想よりもにぎやかに見えた。
 宿を取り荷物を置いて、まずは昼食をとる。
「久々にこれだけ歩いたわ」
 つけあわせの温野菜をつつきつつ愚痴るディアマンティーナに返す。
「クリフォード先生が担任じゃなくて良かったな。毎回こんな感じだったぞ」
「知ってるわ。兄さんもいろいろ言ってたもの。フェンネル先輩は座学より好きそうだけど」
「まぁな」
 向かいでは黙々と一心不乱にパンをかじるルビーサファイアと、まだ疲れが抜け切っていないのか微妙な表情のニーノ。食器を操る様は流石宮仕えをしているだけあって見事なものだ。
 食事をする様子にもそれぞれの性格や環境が透けて見えるようで少し面白い。
「はじめて来たけど、結構にぎわってるのね。この街」
「明後日に祭りがあるから。そこそこ屋台も出るはずだ」
 もう満腹になったのか、ルビーサファイアは満足そうにカップを傾けた。
「そうなのか?」
「ああ。それなりににぎわう祭りだ」
「この時期に珍しいな。収穫祭はまだ先だろ」
「ああ。収穫祭はな。明後日あるのは慰霊祭だ」
「慰霊?」
 意外な言葉に聞き直せば、ルビーサファイアは頷き返すだけ。
 慰霊というからには、昔この近辺でなにか起きたのだろうか?
「慰霊って……昔何かあったの?」
 当然といっていいはずのディアマンティーナの言葉に、なぜかルビーサファイアは不思議そうに見返してくる。
「何で知らないんだ?」
「わたしパラミシア人よ。この国のことはあんまり知らないわ」
「そうか。昔、この近くの村が一つなくなった。その慰霊だ」
 たまたまとはいえ、何も口に含んでいなくて良かったと思う。
 随分さらっと、とんでもないことを言ってくれるものだ。
 ちらと同席者の様子を伺えば、ディアマンティーナは彼女らしいつまらなそうな表情。ニーノは少し青ざめて見える。
 そういえば、と思い出す。ルビーサファイアはこの辺りの出身だったはずだ。
 なら、家族や親戚が被害にあっていたのかもしれない。
「で、ディアマンティーナ。エブル草の採取、だったか?
 ちゃんと調べてるんだろうな?」
「失礼ね。そのくらいは自分でしています。そこまで先輩に頼んだらバレちゃうでしょ」
 そう答えるということは、つまりばれなければ手伝わせたということだろう。
「エブル草はヴェンティから少し南にある、川沿いの野原に群生してるって書いてあったわ。だから、エブル草を取るだけとってヴェンティに行けばいいわよね」
「まあ、今日の様子からしてポポラにとんぼ返りは無理そうだしな」
 ぽつりと言えば、痛いところを突かれたとばかりに視線をそらすニーノ。
 ディアマンティーナはそれすらもなく、かわいらしくないことこの上ない。
 これじゃあ旅というより引率だ。
 ため息をつきたい気持ちはかなりあるものの、それでも――それでも数日前までの状況と比べると、今のほうが楽しく思えてしまう。
 そこが問題なのだろう。