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終の朝 夕べの兆し

Vol.1「sensus impotentia」 5.和やかな出立

 翌朝、フェンネルは早速待ち合わせ場所へと向かった。
 目的地へと向かう道に続く、西の街門。
 いつも遅刻ぎりぎりなことが多いディアマンティーナはともかく、ルビーサファイア辺りはすでに到着しているだろうと思っていたのだが。
「何でお前がここにいるんだ」
 思わず出たのはその言葉。
 西門に人待ち顔で立っていたのはここ最近よく顔を合わせる宮廷魔導士、ニーノ・フィノッキオ。
「僕がどこにいったって問題ないだろう。
 お前こそ、どこかに行くのか? 協会の魔導士」
 問いかけに確信する。おまけに旅装までしていては間違いない。
 こいつはついてくるつもりだと。
 ディアマンティーナ経由ではないだろうから、ルビーサファイア本人から聞き出したのだろうか?
「まあな。後輩のお守りだ」
 疑わしそうな顔で見上げてくるニーノ。けれどそれ以上は口を開かず、沈黙を守り続ける。
 こちらが旅装だというのも気にかかるのだろうが、賢明な判断だろう。何せここは町の入口。ひっきりなし、とまではいかないものの、それなりに人の数は多い。
 待つことしばし、次にやってきたのはルビーサファイアだった。
 彼女も同じく旅装をまとい手に荷物を持っている。
 怪訝な表情でフェンネルを見、ニーノへと視線を移す。
「すまない。待たせたな、フェンネル」
「は?」
 突然の謝罪にフェンネルは間抜けな声を出し、言った本人のルビーサファイアまでもが不思議そうに見返してくる。
「どうかしたのか?」
「いや、どうかしたのかって」
 いきなり名を呼ばれればびっくりするに決まっている。
 まして、ルビーサファイアはフェンネルのことを今まで一度も名で呼んだことはない。
「フェンネル先輩お待たせ。……どうしたの?」
 そこへのんきに最後の一人にして依頼主がやってきたものだから、場はますます混乱する。
「……『フェンネル』?」
「お前、フェンネルというのか?」
 不思議そうな声はニーノ。そして確認するように問うルビーサファイア。
 なんとなく察しはついていたもののフェンネルは多少気落ちして言い返す。
「勧誘の最初に名乗ったはずですがね。フェンネル・オリスって」
「そうだったか。勧誘の名前など最初から覚える気がないからな」
「そうかい。
 で、あんたの言う『フェンネル』はそいつか? ニーノ・フィノッキオだと昨日は聞いたが」
 偽名を使ったのかと視線にこめて問えば、むっとしたように言い返すニーノ。
「ニーノ・フェンネル・フィノッキオ。フェンネルはミドルネームだ」
「ふぅん。たまたま同じ名前だったのね」
「ミス・スノー。そいつは」
「フェンネル先輩? レポート手伝ってもらうの」
 持つべきものは優秀な先輩よねと嬉しそうに続ける。
 フェンネル自身としてはげんなりとした顔になってしまうが。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。ルビーサファイア……ルビアって呼んでもいい?」
「好きに呼んでいい」
「じゃあルビア。案内お願いね。
 ほら先輩も、突っ立ってないで行きますよ」
「ああ」
 そうして歩き始めれば、案の定ついてくるニーノ。
「ルビア。その人は?」
「私の方の用で連れて行く。宮廷に仕えていたときの後輩だ」
「ふぅん」
 相槌を打つディアマンティーナを横目で見つつ、フェンネルも考える。
 『私の方の用』ということは、ディアマンティーナの依頼だけでヴェンティへ向かうわけではないということか。
 いや、目的地がヴェンティとは限らない。あの近辺で用があると考えるのがいいだろう。
「彼女が依頼主ですか?」
「そうよ。ダイア」
「ディアマンティーナ」
 ニーノの問いかけに答える彼女をさえぎって呼びかけるフェンネル。
「フェンネル先輩ひどい。愛称名乗るくらい、いいじゃない」
「かまわないぞ?
 お前がなんて名乗ろうが、オレはディアマンティーナとしか呼ばないからな」
 偽名で通すなら最初からこちらにも話を通しておけとの念押しのつもりで言う。
 後から正体がばれて、周りからいろいろ言われるのは勘弁願いたい。
 それが分かったのだろうディアマンティーナは、おもいきり不服そうな顔をする。
「そうですか。ああそーですか」
 不満そうに足を踏み鳴らして先頭を行く。
 あからさまに不機嫌な様子を見せるが気にしない。
 この程度でご機嫌伺いをするようでは、この女と付き合っていられないからだ。
 ずんずんと進むディアマンティーナの隣へと足早にルビーサファイアが並ぶ。
 さすがに依頼人を一人放っておくことは出来ないからだろう。
 背中でも怒りを表現する後輩をしばし眺め、フェンネルはゆっくりと足を踏み出した。
 もともとコンパスが違うのだから、そう急がずとも追いつける。
「お前がフェンネル・オリスだったのか」
「あ?」
 ぱたぱたと軽い足音とともに、小さな問いかけ。
 首をめぐらせた先には、純粋な好奇の目をした宮廷魔導士――ニーノの姿。
「【学院】の主席、だったと聞いたことがある」
 それか。
 確かにフェンネルは【学院】の主席だったが。
「やる気のない天才のおかげでとれた主席なんざ、意味ねぇよ」
 あいつが本気出していれば主席の座など取れなかった。フェンネルはそう思っている。
 勉強や実践では拮抗していたが、そもそも魔導士としての才能はフェンネルと比べるまでもなく相手の圧勝だ。
「やる気のない天才、ねぇ」
「あ?」
 前から聞こえてきた呆れた声。
 くるりと振り返ってディアマンティーナは繰り返す。
「フェンネル先輩は天才っていうけど、兄さんは秀才だと思うの」
「あれが天賦の才以外の何だってんだよ」
「それもそうね」
 言いたいことがわかったのだろう。ディアマンティーナはあっさりと認めた。
「努力派だってのは認めるがな。ヒマさえありゃあ本読んでたし」
「フェンネル先輩だって、夜中にこっそり図書室で猛勉強してたんでしょ?
 努力する姿を人に見られるの嫌だからって」
「……ルキウスの野郎」
 まさかここでばらされると思わなかった。
「フェンネル先輩も兄さんも、互いに張り合ってるから見てて楽しかったわ」
 そう言って微笑むディアマンティーナは言葉通り楽しそうだった。
 軽く息を呑む声が聞こえて横へと視線を転じれば、若干赤く染まった顔で彼女を見ているニーノの姿。
「惚けた顔してどうした宮廷魔導士?」
「いえ、その……ミス・スノーって……美人だったんですね」
 反発するかと思っていれば、素直に感想を述べるニーノ。
 確かに十人中九人は美人だと言うだろう。だが。
「あいつの兄貴はもっとお奇麗だぜ」
「えー。ケイン先輩のほうが美人でしょ?」
「……学院ってどんなところなんだ」
 口々に言う二人にニーノは呆れた表情で返す。
 たまたま、本当にたまたま見目のよい連中がそろっただけだろう。
 確かにフェンネル自身、「美人」という言葉のハードルが高くなったとは思う。
 もっともディアマンティーナを筆頭に内面のことを鑑みて、近づこうという人間は少なかったが。
「別に【塔】とかわんねぇと思うぞ。寮で生活含めて管理されて勉強するトコだ」
「先輩たちといると、他の女子にいろいろ文句言われたけどね」
「こっちはこっちで言われてたぞ。まあ最初だけだったか、だんだん笑うだけで逃げてったよな」
「失礼しちゃうわ。わたしの笑顔を見る為だけに、いろいろと手を尽くす相手もいるのよ?」
「嬉しいか? それ」
「うっとおしいわ。ものすごく」
 軽口をたたいて道を行く。
 町の近くは野盗の類も少ないが、それでも徒歩の旅となれば危険だ。
 魔法を扱うといえ、ディアマンティーナもルビーサファイアも女の身。
 故に、ルビーサファイアはニーノを頼り、ディアマンティーナはフェンネルを頼ったのだろう。
 互いに勧誘合戦を行うもの同士とはいえ、女二人の間に立たなくて済む状況はありがたい。
 普通に考えれば、卒業試験生相手の課題なんてそう対して危険なものではないし、確認した内容もごく一般的なものだが、ディアマンティーナ相手では常識は通用しない。
 さて、何が起こることやら。
 面倒だと思う気持ちは無論ある。だが、どこか楽しみにしている自分もいることもまた、事実だった。