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終の朝 夕べの兆し

Vol.1「sensus impotentia」 4.嵐の元

 向けられる視線の数がいつもより多いことをはっきりと認識して、フェンネルは一人ごちた。
 はっきり言って、自分が目立つことは分かっている。それが偏に人相の悪さから来ることも。おまけに最近では仕事とはいえ、同じ場所で勧誘を繰り返しているのだからよく見られてはいないことも分かっている。
 けれど、今日のこの注目され具合はやはり彼女のせいだろう。
 いつもしている眠たげな表情ならまだしも、目がはっきりと覚めていて楽しそうに笑っているのならば、非常によろしい見目も相まって目を引きまくるだろう。
 ――少しでも彼女のことを知っていれば、それはそれは恐ろしい事態だとわかるだろうが。
「そうだ先輩。一品だけならおごりますよ?」
 思い出したように言う彼女に、散々人の食事を摘んでおいて一品だけかと言いそうになったが、止める。そんなことを言おうものなら、その一品すらおごりでなくなり、逆にこちらがおごる羽目になりかねない。
「それじゃ、遠慮なく」
 給仕を呼んで注文をだし、しばし待つ。
 いつもはおどおどとしている給仕の視線がやたらと鋭かったのは気のせいだろう。多分。
 それもこれも、無意味に愛想よく笑っている後輩のせいだ。きっと。
「お待たせいたしました」
 音を立てて置かれた皿を見て、後輩は途端に表情を固くした。
 この反応は知ってるな。
「なに、それ」
 突き放したようなぞんざいな口調。これもまた馴染んだもの。彼女はとりあえず敬語を使うときがあるだけだから、ため口になることも稀ではない。
「この辺の名物」
「それって、高かったと思うんだけど」
 小さな皿に盛られたのは、一見すればただの木の実。ざっと見ても十は入っていないだろう。
「相当、な」
「ちょっと!」
「一品は一品、だろ? うまいぞ」
 ナッツのようなそれを示し、出来るだけおいしそうに食べてみる。まあ実際、味は頗る良いのだが。
「嫌よ。それ虫でしょ」
 大嫌いな野菜を間違えて食べてしまったときのような苦りきった表情で返す彼女に軽く笑う。
「何だ知ってたのか」
「昔、父さんに騙されて食べさせられたの!」
「けっこううまいぞ」
「それも知ってるってば」
 拒否する様子が楽しくて、わざと皿ごと目の前に持っていってやれば、ぎゃーぎゃー騒ぎながら顔をそらせる。
 そこへ、からかうような声がかかった。
「おや、デートですか? 協会の魔導士」
 聞き覚えのある声に間髪いれず返す。
「うらやましいか? 宮廷魔導士」
 振り向けば、昨日であった宮廷魔導士の姿があった。
 相手としては、してやったりといったつもりでの発言だったのだろう。あっさりと返されたことを不服に思っているようで、苦い顔をしている。
 くいと袖を引っ張られてそちらを見れば、つまらなそうな後輩の姿。
「誰?」
「ライバル」
「ああ、古巣の人ね」
 たったそれだけで把握してしまうのだから恐ろしい。
 じろっと値踏みするように彼女は宮廷魔導士を見上げ、なにかに気づいたように小さく漏らす。
「スノーベル?」
 その言葉に改めてフェンネルは宮廷魔導士を見る。
 青みが強かったから気づかなかったが、彼の瞳は紫。
 それはまさしく魔道の祖スノーベルへと繋がる印。
 けれど少年は不服そうに言い返した。
「違う。フィノッキオだ」
 それは家名に誇りを持った言い方だった。
「ぼくはスノーベルじゃない。ニーノ・フィノッキオだ」
 ことさらスノーベルトは違うと主張する宮廷魔導士(ニーノ)相手に、彼女は笑う。
「ダイアナ・スノーです」
 挑むように、揶揄するように。
 ニーノとて分かるだろう。彼女の瞳は彼と違い、はっきりとした菫色。
 スノーベルの血族相手におもいきり喧嘩を売ったも同然だ。
 ……と、いうよりも。
「おい」
 フェンネルの呼びかけに彼女は応えない。
 ただ、何を思ったかフェンネルの手に自らの手を重ね、面白そうに宮廷魔導士を見上げて一言。
「まだお仕事の話がありますか?」
「……いえ。デートをお邪魔して申し訳ない」
 それだけを告げて、ニーノは踵を返した。
「おい」
 再度のフェンネルの呼びかけに、ようやっと彼女は視線をこちらへ向けた。
「何か問題ありました?」
 あの宮廷魔導士に用があったのかとの問いかけ。しかし、フェンネルが言いたいのはそちらではない。
「それで通す気か」
「悪いですか?」
「ディアマンティーナ」
 たしなめる様に名を呼ぶと、ふ、と彼女は笑った。艶やかに。
「愛称だからいいじゃない」
 返事をしないフェンネルに、一層楽しげに笑う彼女。それからふと真顔に戻る。
「フェンネル先輩は、変わりましたね」
 急な話題変更の問いかけは、なにか意味があるのだろうか。
 けれども、心当たりがある状態では答えはあいまいなものになる。
「……そうか?」
「なんだか楽しくなさそうです」
「そりゃあ、仕事となったらな」
「それだけ?」
 探るような視線。いや、これは面白いものを見つけたときの目だ。
 何をまだ企んでいる?
「で? ヴェンティへはいつ向かうんだ?」
「明日ですよ」
「それを早く言えっ」
 明日出立するならば今日のうちに準備をしておかなければならない。
 例えば、協会への報告だとか。基本、協会に所属している人間はどこにいるかと報告する必要がある。
 昨日のようにいきなり用事を言いつけられる可能性もあるからだ。
 立ち上がったフェンネルを彼女は不思議そうに見上げる。
「どうしたんですか先輩」
「協会に戻るんだよ」
「じゃあここで待ってますね」
 へらりと笑って手を振る彼女に、フェンネルは口を開くのも億劫になり、問答無用で首根っこをとっつかまえて引きずっていった。

 そういう理由もあり、出来る限り急いで協会に戻ると、受付で叫ばれた。
「フェンネルっ!」
「グレン先輩?」
「何してたんだお前。コティ導師が怒って……」
 近寄ってきたことで分かったのだろう。グレンは言葉を止めてフェンネルの後ろを見つめてぽかんとしていた。
「ディアマンティーナ……なるほどな。そうか……いや、わるかったフェンネル。お前は正しい」
「それ。どういう意味ですかグレン先輩。それからわたしは『ダイアナ・スノー』です」
「コティ導師がどうしたんですか? 先輩」
「お前にジュリアーニ伯のご子息の案内を頼んでたらしいんだが」
「ある方、としか言われなかったんで、てっきりこいつだと思ってました」
「名前も言わなかったのか。まあそれでもお前は正しい。放置するほうがどう考えてもまずい」
「わたしを無視するのね」
「いやいやそういうわけじゃない。ただの確認だ」
 低くなったディアマンティーナの声に、グレンは慌てて訂正を入れる。
 もともと高く甘い響きを持つソプラノヴォイスだから、多少低くしてみたところで怖くも迫力もないのだが、そこは数年でも同じ学院にいればこそ分かるものである。
「代わりにウィリアムが行かされたから後で礼言っとけ。ま、あいつも納得するだろうけどな」
 貴族とディアマンティーナのお守り、どっちが良いかなんて言わなくても分かるだろうと含ませた口調にフェンネルは笑うしかない。
「そうだグレン先輩、頼みがあるんですが」
「なんだ?」
「明日からちょっと出かけてきますんでその書類を」
「ああ、卒業課題な。わかった、こっちで出しておく。
 ……くれぐれも無事に帰すように」
「先輩?」
 明らかに不服そうなディアマンティーナの声にグレンの肩が揺れる。
「わたしがいて、誰かが害されるとでも思ってるんですか?」
 自信に満ちた声。
 グレンはあっけにとられたように彼女を見返し、フェンネルは喉の奥で笑う。
 そうだ。こうだった。
「いや? お前の防御はそう簡単に破られるもんじゃねぇだろ。
 ――まあ、防御魔法なんざ使わせる前に、倒しちまうけどな?」
「さすが、フェンネル先輩は言うことが違いますね」
 くすくすと笑うディアマンティーナ。応えるようにフェンネルも笑う。
 久しぶりに、楽しくなりそうだ。