指先が震えた
時々、本当に時々だけれど、鎮真はわたしを眩しいものでも見るかのように見つめてるのに気付いたのはいつだったろう?
視線が合うと、彼はどこか慌てたようにへらりと締まりのない顔を見せる。
昔――体がないころに――見ていた表情とは違っていて、それが、とても、もやもやする。
「姉上?」
妹の呼びかけにハッとした。
鏡の向こうから不思議そうな目がこちらを見つめている。責められているわけではないのについ慌ててしまう。
「あ、ごめんなさい痛かった?」
「いいえ。お手が止まったので、何かあったのかと」
「なんでもありません」
少し強めに言い切って、再び手を動かす。
そっとそっと、痛めてしまわぬように丁寧に髪を梳る。
髪を結おうとしている手が止まってしまったら、問いかけてくるのは当然のこと。
だけど、何を思っていたかなんか思い出したくもなくて、空は熱心に妹の髪を梳く。
それこそがまさに上の空になっていましたという証拠なのだとは、残念ながら気づかなかった。
空が実体を持ってからまだ一年も経っていない。幽体でいた時間は長かったが、その間は文字通り妹しか眼中になかったと言っていいため、他人からどう見られるかとかいった経験値は無しに等しい――妹とは逆に。
妹の方、現はというと、最近おかしい姉の様子にちょっと心配はしていた。
もって生まれた能力と育った環境から他人の思考を読むのは得意な方。
今も漏れ伝わってくる感情は、ぐちゃぐちゃとしていてまとまりはない――ないが、重苦しいものではなく、むしろどこかふわりとしたものも感じた。
だから、基本的には心配するようなことではなく、むしろ温かい目で見守る方がいい案件なのだろう。それに、現でなくとも、よほどの朴念仁でもない限り、最近の姉がおかしいのは一目瞭然という状態でもある。
聞くべきか聞かざるべきか。
つっつかれるのを姉がどう思うかというと問うことをためらってしまう。
鏡越しに見る姉は、今は集中しているのだろう。三つ編みに苦戦している様子が見られる。
けれど、また手が止まる。何かを考え込むように。
十数秒ほど待ってみても反応がない。
「姉上?」
もう一度呼びかければ、今度は肩がはねる。
「ごめんなさい!」
なんでもないのと繰り返す姉の姿に、胸中だけで息を吐く。
本当に、どうしたものだか。
ほどけてしまった髪に伸ばされた手は、誤魔化しきれないほどに揺れていた。
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相談をされたならちゃんと向き合うけれど、それまでは知らないふりをしておこう。姉には。