こっちが本職
久々のしっかりお休みの日。惰眠というよりは不足しがちな睡眠を補っていたら、あっという間にお昼近くになってしまった楸は、早めの昼食にしようと食堂へ歩いていた。
中庭の見える渡り廊下は直射日光が当たらず少し肌寒い。それでも季節は確実に初春を迎え、花のつぼみもほころび始めている。
気持ちいいなーなんて思いながらゆったりと歩いていると、後ろからパタパタと足音が聞こえてきた。
どうやら急いでいる人がいるらしい。避けるために端によれば、どこかほっとしたような声がかけられた。
「あ、いたいた」
楸の前に人はいない。後ろにはいるかもしれないが、基本的に休日の本部に人は少ない。ということは、探されているのは自分だろうか?
まあいいかー、呼び止められたわけじゃないし。
そう結論付けて楸は歩調を緩めずに歩く。
「待って待って! 橘さんよね?」
どうやら本当に自分が探され人だったらしい。
嫌々ながらも振り向く。もちろん顔には出さないけれど。
「はい、そうですけど?」
「ちょっとお話があるのだけれど、時間大丈夫かしら?」
振り返れば、楸よりいくつか年上の――入団して数年経つだろう女性がいた。
食事をしながらで良いならと答えながら、楸は相手を観察する。
制服は実働部隊のもの、所属を示す色は緑。
そういえば女性メインのチームがあったなと思いだしつつ、食堂への道をたどった。
ご飯を食べつつ、半分以上流しながらそれでも聞いた内容をまとめると、つまるところ引き抜きらしい。
なんだかんだ言ってPAは人が少ない。常に人数不足だ。
要は魔法を使える警官なのだから、それなりに体力がいる。そして、伝統的に魔導士は体力があるとは――ぶっちゃけて言えば、もやしが多い。
そんな中で女性の割合が多いはずもなく。
「だからってどうしてあたしに来るかなー?」
「ああ、直接も言ってきたのか」
休みの日の午後にふさわしい、のんびりとした空気の中。カフェオレをすすりつつ楸が愚痴れば、眠そうに本のページをめくっていたシオンが応じる。
「しーちゃんにも言ってきたの?」
「そうそう。俺の命令なら聞くだろうって」
ぱらりとページがめくられるさまを眺めつつ楸は嘆息する。
「そうは言っても、俺に人事権ないしなー」
からからと笑う主の様子に一抹の不安を覚えて、つい強めの口調で言ってしまう。
「売らないでよ?!」
「スペックだけなら欲しがるだろうってのはわかるけどなー」
「しーちゃんひっどーい」
口では言いつつもほっとする。
先日、一人だけ他所にやられたときには普段と勝手が違いすぎて妙に疲れたことを思い出す。
こっそりと瑠璃君に状況を伝えるよう頼んでおいたのだけど、何事もなくて良かったと本気で胸をなでおろしたものだ。
「カタログスペックだけ見たら、うちのメンバーすごいんだな」
ぽけーとした口調でカクタスが感想を述べる。
ゲームに夢中になっているかと思えば、しっかりと聞いていたらしい。
「そりゃあそれだけならなー。カタログに載せられないこともたくさんあるし」
うんうんと頷くシオンは自身のことを言っているのだろう。楸だって知られてはまずいことはある。
「ん? 出かけるのか?」
「ちょっとねー」
にこっと笑って部屋を出る。
あの光景はたぶん図書分室の方。疎ましく感じる方が多いとはいえ、今回は珍しく役立つ情報だった。
「何をお探しですか?」
声をかけてやれば、予想外だったのか肩を震わせる相手。
まったく後ろめたいならしなきゃいいのに。
にこにこにこと笑いながらの問いに、彼女は遠い目をした。
だから嫌だって言ったのにとか呟いているあたり、上に無茶を言われたらしい。
同情を覚えないわけじゃないけれど、それでもムッとする方が先に来る。
「あのね」
笑顔はそのままで、彼女が持つ本を掴み、そっと引っ張る。
思ったよりも簡単に渡してくれたことに安堵しつつ、言葉を続ける。
「しーちゃんに意地悪したら、ただじゃおかないよ」
相手の唇が戦慄き何か言葉を紡ごうとするけれど、音にはならずただ頷くだけだった。
それを見届けて、本を持ち直せば急いで去っていく。
恐怖の精霊にお願いをしたとはいえ、よく効いたものだ。……ちょっとやりすぎた、かな?
でもいいかと一人頷いて、楸は本を片手に部屋に戻る。
「一応、正式に話きたんだろ? なのに辞退するのか」
もったいなくないかと問いかけるカクタスはどうやらわかってないらしい。
「かーくんらしいけどねー」
「あ、なんだよそれ」
深々とため息をつかれてカクタスは反論する。
出世じゃないかとか活躍できる場所だろうにとか。
それは間違ってない。間違ってないのだけど。
「かーくんもみんなも一番最初を間違ってるんだよねぇ」
ため息交じりに吐いた言葉に反応したのは、窓辺で転寝していた瑠璃君だけ。
ある意味、あたしと同じ立場の彼とこっそり笑いあった。
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楸は真面目に不真面目です。
まともに働いて欲しければ、シオンに一任するのが一番です。