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しんせつ

掌の上で踊らされ

 きらきらとした光に彩られる古風な建物。
 市内の大通りで行われているイルミネーションに比べ、こちらはずいぶんとおとなしく、けれど人が少ない分趣はある。
 ちらほらと年若い男女の姿が見られるあたり、騒がしいだけのあちらよりももしかしたら人気なのかもしれない。あてられる方はたまったものではない。
 こっちは年末に向けて慌ただしすぎて身なりを整える余裕すらなくなってきているのに。
 視界を阻む伸びすぎた前髪を払い、鎮真は一人やわらかく照らされた夜を歩く。
 近年始められた捜査団本部のイルミネーションはどうやら盛況らしい。
 敷地の一部だけ、週末のみ、さらに露店も何もないそぞろ歩くだけという縛りがある一般公開だというのに。
 光と色味を抑えての雰囲気づくりは古い建物であることを利用してのことだろう。そこそこ広い敷地に加え、市街地から少々離れているため、建物にあった時代に戻ったかのように錯覚する。
 先ほどすれ違った一団は淡い色のドレスだったり、羽根がはえていたり……つまるところ、仮装をしていた。
 ハロウィンのノリで呼べるわけかと素直に感心する。危機感も募るが。
 何せ魔導師の地位や価値が下がっていく一方だというのに、肝心の上層部が対応を取ろうとしていない体たらく。
 魔法を使えない人間には分からないものだという、不遜なのか開き直りなのか分からないことを言う連中もいるが、分母が増えなければ業界全体が先細り必須。
 そこで、魔法を扱う職業の中でも比較的所属人数が多いところへ偵察に来たのだが、なるほど確かに親しまれている。
「協会でも真似て一般開放してみるか……?」
「最初から夜にするのは止めておいた方がいいですよ」
 独り言に、予想外の返答をもらって慌てて振り向けば、案の定立っていたのは現だった。
 どういう訳か、一般客と同じく仮装をしている。淡い色の狩衣に髪を結って高下駄をはき、おまけに半透明の布を被いている。もしやと思って腰のあたりを見やれば、予想通りに横笛があった。
「お久しぶりです。お似合いですね」
 余計なことは口に出さない。特に、なぜ男装かなんて聞かない。
「お久しぶりです。今日は偵察ですか?」
「ええまあ」
 隠すことでもないので頷いて、そういえばと先ほどの真意を問う。
「最初から夜にするのは止めておいた方がいい、とはどういうことです?」
「イルミネーションをするのは……派手目ならいいかもしれませんけど。
 今まで門戸を閉ざしていた協会が、しかも『魔導師』が夜に一般人を誘う。
 イメージからして無理があるかと」
 最初は昼間にするのが無難ですと続けられ、大きく頷く。
 どうにも視点が協会寄りになりすぎていたようだ。
 夜に魔導師の元へ、なんて、おとぎ話ではよくある怖い話の筆頭。まず人が集まらないだろう。
「それに夜の開放は警備面で面倒なんですよ。ここは重要区画自体が中洲になっていますから、橋さえ固めてなんとかなりますけど、そちらは違うでしょう?」
「ごもっともです」
 軽く考えていた鎮真に対し、実際に運営してきたのだろう現の言葉はとても重い。
「そもそも、協会がしていなかったことの方が意外です。エドモンドさんとかこういうのお好きでしょう?」
「今までずっと却下されてきたみたいですよ。いつまでも意地を張っているわけにもいかないでしょうに」
「ほんとうに」
 うんうんと頷く現を見て、それから周囲を伺う。
 ここにこの姫がいらっしゃるということは、姉姫様も近くにいるのではないかと期待して。
「姉上なら都の方へお帰りですよ」
 さらりと言われた内容に振り返れば、何とも白々しい笑みを浮かべた現の姿。
「お戻りされていたのですか」
 自分でもどうかと思うくらい、落胆の色の濃い声音。
「どこかお体でも? 現姫のおそばを離れられるほど」
「……いえ、特にそういう訳では」
 困ったような返答に、鎮真はもどかしく感じるが、妹姫がこういうからにはそう大事ではないのだろう。きっと。
「ちょっと、鬱陶しいと思われたのかもしれませんね」
 自然と落ちていた視線を上げれば、いつの間に近づかれたのか、思ったよりも近くに現がいた。
 いつもよりも勝気な笑み。つと伸ばされた指先が、鎮真の前髪を軽く払う。
「おいたは、ほどほどにしてくださいね。志津姫?」
 意図的だろう低く出された声。にこっと笑った顔はいつかの少年のよう。
 そのまま現は踵を返して人ごみに紛れる。その名に反して、現のものではないかのように。
 左側が何かにぶつかったことで視線をやれば、それなりに立派な幹をしたイチョウの木。鎮真はそのまま木に体重を預け、重力に逆らわぬままにずるずると座り込む。
 ちょっと外れた場所だけに、さほど見とがめられないだろう。とにかく、今は誰にも見られたくない。
 楽しげに去っていった現の足取りから、よほど自分が愉快な顔をしているだろうことだけは察せられた。たぶん、顔どころが耳まで赤い。
 思い出は思い出のまま綺麗に残しておければ良かったのにっ
 何度思っても、今更どうしようもないことは分かっているけれど。

鎮真がときめくのは着飾った空と男装した現。たぶん、目の前にしたときに余裕がないのは後者の方。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/