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しんせつ

なんてこった

 ある日、侍女の一人が嫁に行くことが決まった。
 咲夜はそれをとても喜んだ。仲のいい侍女だったからすこし淋しい気持ちもあるらしいが、長年思い続けていた相手と結ばれたと聞けば、恋に憧れる年頃の彼女が舞い上がっても仕方ない。
「良かったな三冬」
 楽しそうに笑う彼女に和真はただ頷く。
 ここまで上機嫌な咲夜は珍しい。大抵はすぐに怒ってしまう。
 周囲の侍女が言うには、和真の言動が原因らしいが。
「きっときれいな花嫁だぞ。相手は幸せ者だな!」
「そうだな」
 言葉使いが荒いと叱られているにもかかわらず、家族や親しいものの前では相変わらずの口調。和真がさっきから室内の侍女を気にしているのを知ってか知らずか、とても楽しそうな咲夜。
 侍女は仕方ないといった様子で笑っている。どうやら今はお目こぼしをしてもらえるようだ。
 喋り続けていた咲夜の口から、ほぅと感嘆のため息が漏れる。
「いいなぁ。花嫁さんか」
 それがとてもとてもうらやましそうな響きだったので、つい口を挟んでしまった。
「咲夜も、きっときれいな花嫁さんになれるよ」
「そ、そうか?」
 照れたように笑う彼女にもちろんと頷く和真。
「義父上も侍女たちもきっとが張り切るし、うちの威信もかかっているし」
 うちではただ一人の姫だから、皆彼女を着飾らせることを楽しみにしていることだし。きっと豪華なものになるだろう。
 でもそうなるとさびしいなんてことを思っていると、だんだん咲夜から笑みが抜け落ちていく。
「咲夜?」
「なんだ」
 呼びかけに応える声は堅い。
 何か気に障ることでも言っただろうかと首をかしげかけ、はっとした。
「追い出すとか、そういう意味じゃない」
 誤解してほしくない。きちんと向かい合って和真は訴える。
「ぼくたちは家族だ。仲良くいたいけど、でも……いつまでも一緒にはいられない。
 すぐじゃないにせよ……咲夜は、いつかお嫁にいくことになるだろうし」
「もういい」
 きっぱりとした声に含まれているのは拒絶。
 こちらを見る表情には、先ほどまで浮かんでいた怒りはない。
 諦めの色。……彼女がこの家にやってきたときによく浮かべていた表情。
「戻る」
 来た時とはうって変わって静かに立ち上がる咲夜。
 主を思ってか、彼女つきの侍女がこちらを睨みつけてくる。
 和真は引き止めることもできずにただ見送ることしかできなかった。
「ど、どうしよう。怒らせた」
 長い付き合いの侍女に問いかければ、彼女は苦笑いを返す。
「どうして咲夜様があのようなお顔をされたか、おわかりです?」
 問い返されて和真は考える。
「追い出されると思ったから? 邪魔者だと思っていると思われたとか」
 言っていて辛くなる。
 和真も咲夜も、本当の両親はすでにない。鎮真に引き取られて家族になった。
 だから……
 暗い考えに陥りそうになった和真の耳に大きなため息が聞こえる。
 呆れながらもどこか暖かさを持った微笑みで侍女は言い放った。
「和真様はだめだめですねぇ。本当……」
 言葉を切る。胸中に苦いものが広がるのを自覚しつつ、侍女――茜は口を開く。
「そういうところは鎮真様に似なくていいんですよ」
 駄目と言われて怒ればいいのか、義父に似ていると言われて喜べばいいのか。
 和真は複雑そうな表情で押し黙る。
 その顔を見て、こらえきれずに茜は笑う。
 ああもう、本当に――河青ちゃんにそっくり。

鎮真の養子二人組。微笑ましい中の一抹の寂しさ。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/