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ソラの在り処-蒼天-

鈍色の鍵

 ひっきりなしに聞こえる打ち合う音。
 今日は刃引きした真剣らしい。
 そっちはなるべく気にかけないようにしながら、墨をする。
 毎日練習していても相変わらずの悪筆で、熱心に教えてくれる人はもういない。
 外の音が激しさを増す。墨をする手を止める。
 怪我をしたんだろう誰かのうめき声。
 聞き覚えのある声はないかと心配して、次の瞬間に気合を込めた声が響く。
 突進していくあの子の様子が目に浮かんで、気を取り直して墨をする。
 うちは武家だ。
 主君に仕えるべく、磨くのは剣の腕でなければならない。
 だが、今自分が向かっているのは敵ではなく、文机の上の半紙。
 勉強が出来るというわけではないし、好きでもない。
 剣に比べれば、ましというだけだ。
 家は義兄が継ぐだろう。もしもの時には腕の立つ義妹も居る。
 自分には、こうした日陰の場所があっている。
 太陽に祝福されるはずがないのだ。

 剣なんていらない。命を奪うものなど持ちたくない。
 そう思っていたのに、何故手放すことが出来ない――?
 雨Tで視界が悪い。
 剣がすべる。手を離すわけには。
良将(よしまさ)
 小さな手が自分の着物のすそを握る。
 そう、この方をお守りしなければならない。
「やめろ良将」
 『敵』が投降を呼びかけ……敵?
 あげた顔。目に入ったのは倒れ伏した義兄の姿。

 雨音も聞こえず立ち尽くす自分に、場違いな明るい声がかかる。
「あーあ、やっちゃったね。
 でもちょうど良かったじゃない? これでもう後戻りが出来ないだろう?」
 声の主、先ほどまで背にかばっていた子どもをにらむ。
「なんだよ? ああ、お礼がまだだったね? アリガトウ?」
 のどを鳴らしてそれは笑い、背を向ける。
「ほら、さっさと行かなくていいのかい? 良将。
 潔姫(きよひめ)だっけ? 君のこわーい義妹が追ってくるよ?」
 笑い声が耳に障る。
「貴様」
「今更怒るの?」
 怒鳴りかけた自分に子どもの辛らつな声。
「ボクは選べといった。
 この子ごとボクを殺すか、それともボクごとこの子を守るか。
 ボクはともかくこの子を守るって言ったのはキミだよ、良将」
 あやかしに体を奪われた若君。
 守って欲しいと頼まれた。その証がこの剣。――義兄を傷つけた、この剣。
「選んだのはキミだ。最後まで面倒見るよね?
 ああ。でも今のボクだったらサクッとやられちゃうねぇ……この子ごと」
「黙れ」
 言葉を封じて先を急ぐ。
 兄を傷つけた自分を潔姫は許さないだろう。
 義兄を傷つけた自分を、自分は許さない。

漢字の名前は、良将は桓武平氏から、潔姫は嵯峨源氏から拝借しました。
「ソラの在り処」(蒼天・暁天とも)には、二人ともカタカナ名で登場してます。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/