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どこかとおくで…

幾つかの選択肢

 少し油断をしていたらしい。自分の事は自分が良く分かると思っていたが。
 久々に調子が良くて、少し外の景色でも見ようかと、立ち上がったまでは良かったが、歩く事はままならず、その場にへたり込んでしまった。
 立つことはおろか、這ってでも移動する事も出来ず途方にくれているときに、人が来たのは良かったと喜ぶべき事だろうか。
 わざわざ見舞いにやってきた、佐貫(さぬき)の翁の肩を借りて何とか寝床に戻る。
 延々と説教されるかと思ったが、翁はいつまで経っても口を開かない。
 拍子抜けして、まじまじと見かえせば、病に倒れている私よりも青い顔で部屋の片隅を見つめていた。
 なんと目ざとい。
 見つかる事のないようにと、隠しておいたものがあらわになっていた。
 立ち上がったときに引っ掛けたのか、普段は厳重に包んでいた布がはだけ、そこから銀の輝きがもれている。
「剣なのか……」
「ああ、剣だ」
 取り繕う事もせず答える。嘘をついても仕方が無いことだからな。
 この数ヶ月、相応しい刀を作るために通い詰めた鍛冶屋の作。
 意思を示すようにまっすぐな両刃の剣。
 刀ではなく、太刀でもなく、剣。
 それを悟っているからこそ翁の口調も苦い。
「お前は、本当にそれでよいのか?」
「良いも悪いも無いだろう?」
 落ちてきたうっとうしい髪を払って答える。
「人はいつか死ぬものだ。
 もとより、病に冒されたこの身は長くは生きれない」
 長く洗っていない髪は、それでもまめに梳いてあるため痛みは酷くは無い。
 ぬばたまの黒に近い紺青の髪。
 それ故に、髪をつかんだ手は普段でも白く見えた。
「死を恐れぬか」
「そんな出来た人間ではないよ」
 苦渋に満ちた声に、あくまでも軽く返す。
 自分よりも若い者ばかりが逝ってしまうと、翁が嘆いたのはそんなに遠い昔ではない。
「私はいずれ死ぬが、生きる。遺志を継ぐ者がいる限り」
氷火理(ひかり)
 諌めるように翁が言うが、聞く耳はもたぬ。
「もとよりこの身は剣。それが血の通わぬ真の剣になるだけだ。
 布津(ふつ)荒雅(あらまさ)のように」
 知らず、利き手で心の蔵を掴むしぐさをしていた。
 翁から見た私は、どのように見えたのだろうか?
 深く深くはかれる息。疲れ果てたように翁は座り込む。
「戸塚の家に生まれた宿命か」
「いや。だからこそ、遺すことの出来るものもある」
 それこそが、それだけが今の私に出来る事でもある。
「加賀見の小僧がうるさいぞ」
「だろうな」
 きゃんきゃんうるさい、生意気盛りの腕白小僧の姿が浮かぶ。
 『そうやっていっつも一人で突っ走るからぼくらが迷惑するんでしょうが!』
 たいして労せずに、清の怒鳴り声を思い出せる。
「八栄の嬢に馬鹿にされるぞ」
「慣れてる」
 この姿を見たら寡黙な少女は冷たい目で見るのだ。
 『少しは考えてから動いてほしいわ』
 そういうくせに、私の行動はいつでも環にばれている。きっと今回も。
「昴が、悲しむぞ」
「……そうだな」
 穏やかで、優しい昴。私達三人は彼と共に歩んできた。
「うれしいな」
 漏れた言葉に翁が訝る。
「そうじゃないか?
 私が死んで、悲しいと思ってくれる人がいる。
 それは……とても嬉しい事じゃないか?」
「氷火理。そのようなこと、容易く口にせんでくれ」
「いいや、言う」
 翁の懇願も、今回ばかりは聞くことが出来ぬ。
「半数が死んだ病だ……残された時間は少ない。
 病などに殺される訳にはいかぬ。だからこそ、私は決めた」
「だが半数は生きておる!」
 こんな風に怒鳴られたのは久しぶりだった。
「そなたは生きるのが怖いのじゃ。諦めたふりをしておるだけじゃ」
 だから、すこしだけ話を聞いてしまった。聞かなければ……良かったと思った。
「ああ、そうかもな」
 同意する声は、自分でも弱々しいと思うほど。
「病で死ねば、人としてただ死ぬことになる。
 剣が一つ失われれば、残った者がどれだけ失われるか分からぬだろう?」
 病によって『人』として『死ぬ』こと。
 病を克服し、されど戦う力はすべて失われ『常人』として『生きる』こと。
 呪をかけ、自ら命を絶ち、『剣』として『生きる』こと。
 もしかしたら……私が気づいていなかっただけで、他にももっと選択肢はあったかもしれない。
 だが、きっと。
 私が選ぶのはいつも同じ道だのだろう。
「なぜ、死に急ぐ?」
「戸塚の性分だな。きっと」
 それから後、ある鍛冶屋が黄金に輝く剣を作ったと言う。
 剣を受け取った青年の名は、昴といった。

暗い話でごめんなさい。思いっきりあちこちに小ネタちりばめてますが、本格連載の予定は今のところなし。短編集となっております。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/