通じない
「おっきくなったらあーちゃんのお嫁さんになるのー」
「そっか。じゃあ楽しみにしてるかな」
そう応じてくれたのは、随分前のこと。
広間には人がたくさん。
人の中心にいるのは無論しーちゃん。
年に一度の正月に、今年はめでたい後継者のお披露目付なんだから、盛り上がらないはずがない。
ちゃんとした格好をしてるしーちゃんは本当に『貴族のぼっちゃん』で、普段あたしたちと馬鹿やってる人と同一人物とは思えない。
あたしにいたってはいとこなんだけど、あんな真似はできないなー。
これもやっぱり小さいころからの教育なんかの関係あるのかな?
あたしだって今日はちゃんとした格好をしてる。
ついさっき、親族の中でも本家に限りなく近いメンツだけで行った儀式で、名実共にあたしはしーちゃんの『盾』になった。
今は代々の『盾』に受け継がれ来た古式ゆかしいローブ姿。
ドレス姿のこーちゃんなんかに比べたら、ぜんぜん華やかじゃないけど。
それはそれであたしらしくっていいいと思う。
でも……できることならもっと着飾りたかったかも。だって。
「おめでとう楸ちゃん」
「あーちゃん!」
呼びかけにぱっと明るくなるのが自分でもわかる。
だってだって! あーちゃんに会うのってかれこれ一年ぶりだもん!
「大きくなったね」
「だってもう十六歳だもーん」
「そうか……俺も年取るはずだな」
「あーちゃんまだまだ若いって!」
あーちゃんは……アスターはうちの親戚で、年はおねえちゃんより四つ上の二十六歳。
あたしとは十歳違う。
でもその程度の年の差であたしの気持ちは止めらんない。
「学校は楽しいかい?」
「そこそこ~。仕事の方が楽しいよ♪」
少しくすんだ金髪と淡い空色の目が凄く好き。
背だってあたしより高いし。
好きになってから十年。初恋は実らないって聞くけど、そんな事あるもんか!
でも……分が悪いのも確か。
だってあたしと話していてもあーちゃんは上の空。
さっきからずっと視線はちらちらと。
「こーちゃん綺麗だよねぇ」
あえてそういうのは、あたしはそういうキャラだから。
そう思われているから、そう振舞うの。
「楸ちゃんもドレス着れば良いのに」
着れないこと、知ってていってるんじゃないと思いたい。
「あたしは『盾』としてのお披露目だもーん」
「じゃあ他に挨拶に行かないと」
「真っ先に挨拶するのは仲間にって決めてたの」
ようやくそれであーちゃんはあたしを見る。
ごまかさないで。あたしはもう子どもじゃないよ。
「一緒にしーちゃんを守るんだから」
知らないとでも思ってた?
本家の人間を守るのは『剣』と『盾』。
でも当主には、それに加えてすべての災いを引き受ける『影』がいる。
「成る程……ね」
自嘲の笑みを浮かべるあーちゃん。
「楸ちゃんはシオン様が好きなんだね。
命をかけて守りたいなんて」
また、はぐらかされた。
「しーちゃんは好きって言うより大事。あたしの命の恩人だから。
しーちゃんからもらった命だから、しーちゃんのために使うの」
それに……しーちゃんに何かあったとき、『影』のあーちゃんだって無事じゃすまない。
好きな人を守りたいって思うのは、男の人だけじゃないんだよ?
「あーちゃんは、どうしてしーちゃんを守ろうって思ったの?」
「……大人には色々あるんだよ」
そうやって言葉を濁す。
何それ? 大人だけが考えてるなんて思うの?
大体あーちゃんが『影』になったのだって、今のあたしとそう年の変わらない頃でしょう?
「子どもにだって色々あるよ」
そう応えるので精一杯。
あたしの言葉も、想いも……あーちゃんには通じてない。
お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/
楸の一人称は思ったよりも楽に出来上がりました。
設定はずっとずっと考えていた事なのですけれど、本編では絶対に日の目を見る事はなかったので。
シオンは命の恩人だから恩は返したい。
それに、シオンに何かあったときには自分の好きな人のほうが死んでしまうかもしれない。
二人を守りたいからこそ、楸は「盾」になる事を選んだ。アスター視点でも書いてみたい話です。